42話 巡逢
静かに。会場に一人。ぼんやりと佇んでいた。
恐らくは誰かに話し掛けられるという事自体を。今まで想像すらしていなかったのだろう。
だから、俺に話し掛けられた彼女は一瞬、自分に向けられた言葉だとは思わなかった。
目の前に立った、俺の足に気付いて顔を上げて、目が合った。その瞬間まで。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
突然の事であり、想定外の事態だからだろう。
本来であれば、フォルテ達の様に礼儀正しい姿を見せる彼女が、素顔で応えた。
その事に彼女自身も気付き、どう振る舞うべきか僅かな間に真剣に考えているのが判る。
まあ、俺の場合には知っているからですけどね。
「俺はジャック、君は?」
「え?……ぁっ、はい、わ、私はエクリノワース・フォン・ラピノ・パーゼイルです」
「エクリノワースさんだね、宜しく」
「宜しく、御願いします……」
政治的な事など何も知らない無邪気な少年の様に笑顔を浮かべて右手を差し出す。
握手を求められ、一瞬、戸惑いを見せる彼女だが自分からは拒絶する理由が無い事に気付く。
相手が触れる事を厭う事は有っても。
その為、普通に握手し、普通に振る舞う俺は見る彼女の眼差しは「……変な人」と言っている。
フォルテとは違うけど、彼女もまた大きく偏った価値観の中で育ってきた。
だから、こうして普通に接してくる相手に対して免疫が無かったりするのは仕方が無い事。
フォルテも似た様な感じだったから判ります。
──と言うか、この世界の偏見や差別意識の根が自分の想像以上なんだと改めて感じました。
魔力主義は色々理由も有るから政治的な意味では仕方の無い事なのかもしれませんが。
こういった人種差別的な事も有るのだと。
外に出て見て、初めて理解出来た気がします。
だって、この婚活パーティーって一般の物です。その参加者──平民の中で、コレですから。
政治的な意味合いを含む王公貴族ではない人々が当然の様に忌避する様な状況ですからね。
これを問題だと思わない常識の方が問題です。
まあ、それは置いておくとして。
彼女も此処が王公貴族達の集う場ではないのだと思い出したみたいで、あっさりと割り切った。
身に付いた礼儀作法は失われてはいないけれど、話し方は普段の貴族としての物とは違い、年相応な少女らしさを感じられるものに。
フォルテやアン、メアリー様も可笑しくはない。ただ、俺の中では年齢以上に、しっかりとしている印象の方が強いです。
因みに、俺自身は真逆で不安しか有りませんが。元一般人が急に貴族振れる訳無いですから。
そういった意味では、俺は等しく彼女達を尊敬。しかし、一方では前世の価値観の自分が、彼女達の在り方に憐憫の感情を抱いたりもします。
飽く迄も、俺の勝手な感想です。
話を戻して。
エクリノワース嬢は話して見れば可愛らしくて、御互いに飾る事無く話す感覚は心地好い。
素の彼女はアンに近い感じがする──と言うか、原作の彼女と比べてみると違うと判る。
原作では主人公が王子という事も有ってなのか、もっと影が深い印象だった。
「もう少し強気で踏み込め!」と現れる選択肢を選びながら何度思った事か。
それを、はっきりと思い出した。
…………うん、俺も偉そうに文句は言えないね。今の今まで断片的にしか覚えてなかったんだから。薄情だと言われたら否定は出来ません。
ただ、誰だってそうなんだとは思います。
ニュースや記事を見て、ああだこうだと言っても何かを変えようとする訳ではないし、自分が変わるという訳でも有りません。
結局、それらは他人事でしかなくて。
無責任な無意味な自己満足の愚痴でしかない。
でも、それの何が悪いという事はなくて。
何もしなくても、大して影響が無いのが現実。
だから、我が身に降り掛かってきて初めて判る。如何に自分が何もしてはいなかったのかが。
ただそれだけの話なんです。
そうなって見なければ、本当には理解出来無い。本当の意味で、我が事には思えない。
人は皆、誰もが自分を中心に生きている。
自分が中心に居て、初めて理解出来る。
それだけの事なんです。
だから、俺の中で勝手にした覚悟が更に強まる。フォルテやアンに重なる、という事も有るけど。
彼女の未来を他人事には出来無い。他人任せには出来無い。そう強く思う。
(……結局、奥さんを増やしに来た訳かぁ……)
自分で振って、自分で落とす。いや、ブーメランだったと言う方が合っているのかな?。
まあ、もう何でもいいんですけどね。
中途半端だった覚悟が、明確になった。
それだけの事ですから。
……ああでも、関係各所に説明をするのは面倒。誰か代わりに遣ってくれませんかねぇ……。
そんな事を頭の片隅で考えながらも、顔や態度に出てしまう様な油断は有りません。
普段の俺は身内には無意識に油断してしまうのかバレバレな事も多いですが。それは相手が上手だと声を大にして言いたいです。あと、身内なんだから気を抜いたっていいじゃないですか。
寧ろ、俺のポーカーフェイスは上手な方です。
フロイドさんなんて……見ていられませんから。見たら面白可愛くて思わず笑ってしまいます。
皆に見せられないのが本当に残念です。
暫く、二人で談笑していますが、特に不審人物が近付いてくる様子は有りません。
最初こそ、彼女自身が驚いていた様に彼女と話す俺に驚いたり、注目されている感じは有りました。
ですが、子供同士で楽しそうにしている様子から関心が薄れれば周囲の人達も思い出します。
何の為に此処に居るのか。
自分の事に全力で集中する訳です。
だって、子供に負けてはいられませんから。
そういった訳で、今の状況は俺には好都合です。怪しまれる事無くエクリノワース嬢の傍に居続ける事が出来ますから。
護衛という意味も有りますが、悪目立ちをすれば逆に相手に利用される可能性が高いのですからね。然り気無く、というのが地味に重要。
その意味では、フォルテ達と過ごした日々が俺を成長されてくれていると実感出来ます。
特に、社交性という面で。
そんな中、エクリノワース嬢の肩越しに此方等へ近付いて来ている人物が目に入った。
エクリノワース嬢にも相手にも俺が視線を向けて気付かれない様に気を付けながら警戒します。
「御邪魔させて頂いても宜しいでしょうか?」
そう声を掛けてきたのは俺達と同じ位の美少女。
個人的な感覚でですが、基本的に美男美女の多い世界です。その中でも明らかに群を抜いているのがフォルテ達な訳ですが。
目の前の美少女も間違い無く、その中に入る。
アンやメアリー様と同様に、ヒロインとして登場していたとしても可笑しくはない程です。
ただ、原作はヒュームのみでした。
そういう意味では仕方が無いのでしょう。
陽光を浴びて、宝石の様に輝く青緑色の長い髪。同じく宝石の様な紫色の双眸は聖なる森の奥深くに祀られているかの様に神秘的。透き通りそうな程に綺麗な色白の肌は穢れを知らぬ絹糸の様に滑らか。自分と大差の無い身長ながら、スラリとした印象。しかし、華奢という気はせず、靭やかさを感じる。
そう思わせるのは特徴的な耳の為でしょうか。
見た目にはヒュームと殆んど変わらないけれど、左右に伸びる長い耳は異世界の代名詞の一つ。
そう、その美少女は“エルフ”です。
「えっと……」
「俺は構わないよ」
「はい、私も大丈夫です」
エルフの美少女を見て、「どうします?」と俺にエクリノワース嬢が視線で訊ねてきたので、笑顔で了承します。断るのも可笑しいので。
俺の意思を確認し、エクリノワース嬢も了承。
ただ、少しだけ彼女は仮面を被り直した。
それは女の勘か、御令嬢としての無意識なのか。理由は定かではないのだけれど。
何かしら感じるものが有ったのかもしれません。所謂、男には判らない類いの何かがね。
「有難う御座います
私はティウィーラセア・アルノーシャと申します」
軽く頭を下げて感謝し、挨拶をする彼女。
俺達も簡単に自己紹介をする。
エルフと一口に言っても、この世界ではズゥマと同じ様に種族総称になります。
前世の一般的なイメージというのは、耳が長く、美男美女が多い種族がエルフでした。
一方、この世界のエルフというのは、ヒュームと殆んど同じ姿で耳だけが長いだけの者が殆んどで。其処に前世で言う所のドワーフの特徴を持つ者に、ホビットの特徴を持つ者。
この三者を総じて、“エルフ”と呼びます。
所謂、エルフの特徴の“尖り耳”でヒュームとは簡単に見分けられます。
スマート系、マッスル系、合法ロリショタ系、と言えば判り易いかな。……逆に判り難いか。
全体的な比率は5:3:2といった感じです。
数の少ないホビット系のエルフはエルフの中でも地位が高かったりします。
ただ、十二歳を過ぎてからでなければ、どの姿に成るのか判らないんだそうです。
つまり、ティウィーラセア嬢も現時点では将来の方向性というのは不明な訳です。
これは個人的な偏見ですが、エルフは気位が高いイメージが強かったので、彼女の第一印象は良い。差別的な感じはしませんから。
まあ、エルフ内で種族格差や差別、内部分裂等の話は聞かないので、今の所は大丈夫みたいです。
将来的な可能性は無いとは言い切れませんから。その辺りは楽観視したりはしません。
尚、肌の色によって分ける事も無いので、ダークエルフの様な存在は有りません。
肌の色が褐色や黒褐色でもエルフはエルフです。まあ、黒褐色のエルフなんて居ないそうですが。
褐色の場合、ヒュームとの混血や、単なる日焼けなんだそうです。森の中に棲んでいるエルフばかりという訳では有りませんから。
そんな事を考えながら軽く雑談。
ティウィーラセア嬢は話し方は勿論なんだけど、雰囲気や仕草が非常に優雅です。
勿論、エクリノワース嬢やフォルテ達もだけど。
それらに無理をしている印象は一切感じない為、彼女が純粋に育ちが良い事が判る。
裕福な家庭に生まれ育った、という事ではなく。辛く厳しい環境に生まれ育ったという訳ではなく。俺みたいな紛い物でもない。
家族に愛され、礼儀正しく育てられている。
勿論、「そうなんだろうな」という俺の印象で、実際の所は判りませんけど。
「個人的な事だけど、エルフの方と会うのは初めてだったりするんだ
だから、注意する事が有れば教えて貰えるかな?
知らないで嫌な思いはさせたくないからね」
「はい、私の意見で宜しければ」
「それで十分だよ、御願い」
「判りました
基本的には、生活習慣や文化・価値観はヒュームの方とでしたら、然程違いは無いと思います
気を付ける、という程の事では有りませんが……
エルフの多くは耳を触られる事は嫌います
勿論、心を許している相手であれば別ですが」
「流石に初対面とかでは遣らない事だろうけど……
偶然、触れてしまうって事は有るだろうしな
有難う、知っていれば気を付けられるし、その時は理由が判るから謝り易くなるから助かるよ」
そう言えば、ティウィーラセア嬢は少し驚く様な表情を見せ──楽しそうに笑った。
他意──揶揄ったりする様な意図は感じないが、意味が判らなかった。
俺が小首を傾げていると、ティウィーラセア嬢はエクリノワース嬢と顔を見合せて、二人で笑う。
爆笑されたり、馬鹿にされている訳ではないが。微妙にハブられている感じは否めない。
ただ、「其処には踏み込まない方が良いよ?」と俺の中の小さな俺が警告してくれるので従う。
男が知らなくてもいい領域なんでしょうね。
フォルテ達やメレアさん達にも有りますから。
伊達に女性過多な環境で生活してはいませんよ。寧ろ、俺よりフロイドさんの方が心配ですから。




