39話 偽善
イェトの月、3日。
悩みの種だった二年連続参加という王国史上初のカルバニー秋楽祭ですが、何とか乗り越えました。
昨年は日本人的な気遣いが裏目に出た事も有って今年は御土産は持っては行かなかい様にしようかと思いましたけど、アンやメアリーの立場等、色々と考えると持っていかない方が問題に為りそうなので結局は持参しました。
持って行ったのは手作りの味噌と醤油です。
前世では完成までに何方等も時間が掛かる代物。しかし、世界が違えば物理法則も違ってくるのか、意外な事に短期間で完成しました。これには作った自分も吃驚な結果。良い意味での予想外でした。
勿論、より熟成させれば旨味やコクも深まる筈。失敗したらしたで、それも経験になりますからね。何事も遣ってみなければ判りません。
だって、此処は異世界なんですから。
それから序でにモレワレも持参し、振る舞われる事態を今回は想定した上で鍋も用意しました。
味噌は量が量がなので付けダレとしてですが。
物珍しさと、これからの季節に最適な料理です。その為、御好評を頂き、喜ばしい限りです。
後の事は実家に丸投げですけどね。
それから味噌と醤油ですが、何方等も製造方法をアン経由でガーガルガン子爵家に提供しました。
勿論、試作品も一緒にです。
ポルータ豆はガーガルガン子爵領の固有種なので競争相手は居ませんから確実に利を出せます。
その事を彼方等も理解している為、時間が有れば領地に遊びに来て欲しい、という旨の内容の手紙を受け取りました。ええ、時間が有れば、です。
十歳になり、フォルテ達と一緒に洗礼式が済めば問答無用でアイドリー子爵領での代官就任です。
もっと俺に自由を下さいっ!。
──とまあ、そんなこんなで、無事に二年連続のカルバニー秋楽祭は終わりました。
そして先日、二度目のフォルテの誕生日も過ぎた今日この頃。イェトの月に入り、秋から冬へ季節が移り変わってゆく中。
俺は結婚して以来、初めてフォルテと離れ離れになっています。
別に喧嘩をした訳でも、怪我や病気をしたという事でも無いんですけどね。
「おー、もう一年半振りになるのかな?
流石に、ちょっとは懐かしい感じがするね」
「…………なあ、本当に参加するのか?
今なら、まだ考え直せるぞ?」
「此処まで来て止められる訳が無いでしょ?」
「……まあ、そうだよなぁ~……」
つい、「無料じゃないんだし」と言いそうになる本音は飲み込んで。
項垂れるフロイドさんの事は放置する。
今、俺達が居るのは船の上で。向かっている先はセントランディ王国。そう、俺とフォルテが出逢い夫婦となった選定の儀を行った地です。
アンとはメルーディア王国ででしたけどね。
何故、セントランディ王国に向かっているのか。
その理由は、フロイドさん宛に送られてきた例の婚活パーティーのチケットに有ります。
パッと見には気付きませんでしたし、多くの人は見落としてしまっても当然だと思います。
ただ、日常的に山に入り、狩猟を行う身ですから意外と敏感なんです。血の臭いや痕跡には。
だから、チケットの隅に付着していた本の小さな一滴の血痕に気付き、気になったんです。
勿論、只の偶然という事も考えられますが。
その偶然の中に必然を感じてしまったからには、無視する事は出来ませんでした。
まあ、フォルテ達の説得は大変でしたけどね。
特にアンがね、フロイドさんも一緒に行くから、自分も行きたいって言って退かなかったし。普通に実力が有るから言い負けそうでした。
最終的には納得して貰いましたけどね。
今回の件は王国は勿論、実家にも内緒です。
別にね、こっそり奥さんの人数を増やそうとか。そんな事は微塵も考えてはいません。本当に。
ただね、事が事なので俺は偽名での参加。当然、手配した船等もフロイドさん名義でです。俺の名を出したら面倒臭いだけですから。
内ポケットに右手を入れ、取り出したチケット。例の婚活パーティーのチケットです。
正直、これだけなら俺は何も思わなかった。
仮に、血が付いている事に気付いても、自分から面倒事に関わろうとはしなかったでしょう。
でも、遣り込んだから覚えている。
些細な切っ掛けで思い出した事が有る。
(……まあ、可能性でしかないんだけどな~……)
何の確証も無い。しかし、無視も出来無い。
その可能性を知っていればこそ。知らんぷりして他人事で終わらせるという事が出来無かった。
もしも、これが転生物を読んでいる読者としての自分だったら、「出た出た、御都合展開だよ」等と言いながら読んでいる所だろう。
物語として考えれば、そうなるのは作者の意図が有って然るべき事なのだから。御都合展開で当然。寧ろ、偶然という物は一切存在しない。
しかし、今の自分にとっては物語ではなく現実。だから、必然は勿論、偶然も有り得る。
ただ、其処に本の少しだけ原作知識が混じる。
それが、俺自身の判断や言動に影響を及ぼす。
知らなければ、影響されはしないのだから。
「…………しかし、何でまた参加しようと?
正直な話、たった一滴の血痕で動く様な事か?」
顔を上げたフロイドさんが俺の真意を訊ねる。
フォルテ達には血痕を理由に、「フロイドさんにチケットを送ってきた友人が何かしらの事件に巻き込まれた可能性が有る」と言って押し切った。
フォルテは俺の意思を尊重し汲んでくれたけど、メレアさんは最後まで怪しんでいた──と言うか、立場上、俺の命令に近い決定だったから従っているだけでしょうからね。微塵も納得はしていない筈。現にフロイドさんに出発の直前まで念押ししていた所を見ましたから。何か遇ったら後が怖いです。
「コレを送ってきたフロイドさんの友人って決して弱い人じゃないんでしょう?」
「ああ、アルト様と比べるのは違うが、弱くはない
勿論、俺の知っている中で考えれば……中の中だな
中の上には本の少し届かないって感じだ」
「俺もね、その人の事は心配してないんだ」
そう言うと、流石にフロイドさんも驚いた。
驚いて──真剣な顔をする。メレアさんみたいに本気で主を諫め、咎めようとする様に。
だから、俺も「言いたい事は判るよ」と、苦笑を浮かべる事で言外に示す。
これが単なる我が儘ではない事を察してくれればフロイドさんも渋々折れるしかない。
何しろ、此処は船の上で、海の上。
無理矢理に連れて帰ろうにも引き返せない場所。勿論、厄介事には関わらせないという事は出来る。相手が俺でなければね。
其処まで計算しての俺の言動だったと気付いて、深い溜め息を吐くフロイドさん。
きっと脳裏には激怒なメレアさんが浮かんでいる事でしょう。御愁傷様です。
「そう思うなら、危ない真似はしないでくれ」
「約束は出来無いかな」
「……はぁ~~~………………マジで帰りたい……」
即答した俺を見てフロイドさんは再び俯いたので放って置きます。自力で立ち直って下さい。
そう心の中ではエールを送りながら、チケットを内ポケットに仕舞い、見詰めるのは海の先。
船の向かうセントランディ王国。
原作では直接は展開に関わらない事なんだけど。とあるヒロインのルートでのみ語られる事件。
後半パート──つまり、主人公達が十五歳を迎え本格的なRPGがスタートする様になってだが。
過去の事件として会話に挙がり、ストーリーにも絡んでくる別の事件の起因の一つとされる。
言葉にすれば、その程度の事なんだけど。
これが時間軸的には丁度、今頃に当たる。
そして、その事件の名称こそが些細な切っ掛け。後に“ルインベールの花嫁”と称される。
原作中、それ以外にはルインベールという言葉は一切登場しない。
その為、地名なのか、家名なのか、個人名なのか定かではなかったし、ストーリーの進行上は無関係という事も有って使い捨ての設定だった。
しかし、こうして生きている現実には存在する。
ルインベール商会。
それがチケットの婚活パーティーの主催の名。
偶然だと捉えるのか。必然だと捉えるのか。
それにより、最初の判断は分かれるだろう。
その先にも幾つもの選択肢が有り──今に到る。フロイドさんは巻き添えですけどね。俺の家臣なら一蓮托生という事で諦めて下さい。
それで、そのルインベールの花嫁事件を潰す事が最善の結果では有りますが。簡単では有りません。
何故なら、その概要は原作では不明。会話の中で主人公達が知っている前提で進んで行きますから。詳細は全く判らないんです。
ただ、この事件を含む複数の要因が重なった末に更に大きな事件が起きるのが原作での未来。
その全ては判らないし、潰せない。加えて、この事件一つだけを潰しても大局には抗えない。
そういう事も十分に考えられる事です。
だとすれば、無駄な事ですし、無意味でしょう。要因の一つを潰せても、只の自己満足です。
ただ、それでも。
これがゲームではなく、現実だからこそ。
遣り直しは利かないからこそ。
自分が後悔する選択だけはしたくないんです。
(──って考える様になったのも、フォルテの影響なんだろうな、きっと……)
フォルテを妻に選ぶと決めた事が、ではなくて。フォルテと過ごした時が、そうさせるのでしょう。共に心から笑って居られる未来を掴む為に。
その為には、こういった事では妥協は出来無い。こういった事にこそ、自ら立ち向かい、乗り越えて行かなくてはならない。そう思うんです。
勿論、本音を言えば楽がしたいですけどね。
生憎と、俺にはチートや転生特典は無し。
だから、努力して、足掻いて、立ち向かう。
それ以外には望むハッピーライフは得られない。
そんなハードモードな。だけど、皆と同じ人生を俺は歩いて行く訳ですから。
自分自身が、挫けたら、諦めたら、折れたら。
その分だけ、自分自身が被るだけですからね。
誰かの所為だなんて事は有りません。
そう、フォルテを見ていて思います。
王女として生まれ、美しい容姿に恵まれて。
それでも、魔力を持たない役立たずと。
そんな苦境の域を越え、絶望し、自殺していても可笑しくはない中で。
それでも、フォルテは生きる事を諦めなかった。自らの幸せを諦めなかった。
だから、今が有る。
フォルテは「アルト様の御陰です」と言うけど。俺自身は知っているからの選択。
妥協と……まあ、少しの主人公願望からか。
あの時、フォルテを選んだ事は否めない。
その選択を、今は微塵も後悔はしていないのは。間違い無く、フォルテと生きる日々が有ればこそ。フォルテを失いたくはないからこそ。
俺は、どんな事にも立ち向かっていける。
………………いや、それは流石に言い過ぎだな。うん、嫌な事は有るし、無理な事も有るもんね。
ただまあ、それ位の気概は有るって事です。
「さて、杞憂に終わるか、災厄に見舞われるか」
「頼む、不穏な事は言わないでくれ……」
「それは俺に言われても困りますけどね」
「判ってるけど、言いたくもなるって……」
そう話しながら俺は目を僅かに細める。
久し振りの船旅も、近付き大きく見えてきた港が終わりである事を告げている。
前回、来た時には訳も解らないまま、問答無用で連れて来られた訳ですが。
今回は自分の意思で遣って来ましたからね。
そして、船旅は終わりでも、本題はこれから。
誰かの為に、なんて事は微塵も考えてはいない。捲き込んだフロイドさんに悪いけど。これは完全に俺の我が儘。身勝手な独善であり、無責任な偽善。
全ては俺の望む未来の為なのだから。




