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38話 和味


 アンを妻に、フロイドさんを家臣にと迎えてから時が過ぎるのは早く、ゼホゥの月になりました。


 日常生活という面では、人数が増え、賑やかに。これと言った問題も起きてはいません。

 夫婦生活という面では一対一から一対二になったという事も有って、若干押され気味では有りますが負けるつもりなんて御座いません。返り討ちにする気概で負けじと応え、遣り返しています。

 要は、三人で滅茶苦茶イチャついています。


 俺とフォルテは兎も角、アンは実兄の前ですし、つい最近までブラコンだったのが嘘みたいにです。

 フロイドさんは「幸せそうで何よりだ」と他意や含みは無く満足気ですが。

 普通は少しは引くと思います。実際、姉上の時に俺は軽く引きましたから。勿論、姉上の幸せを願う気持ちは有りましたけど。

 それはそれ、これはこれ、ですからね。


 まあ、当事者にとっては周囲の反応なんて些細な事なんですけどね。

 だって、そんな事を考えていても、自分がアンとイチャつかなくなる訳では有りませんから。

 結局は意味の無い考え事なんです。


 ただね、そんな事を考えたくもなるんです。


 平穏無事な日々を送りたい。送らせて下さい!。そう本気で居るかも判らない神的な何かに祈る。

 しかし、その祈りは届かなかった。



「アルト様、おめでとう御座います」


「それ、判ってて言ってるよね?、態とだよね?」



 そうメレアさんに愚痴りながら手元を見る。

 カルバニー秋楽祭の招待状が今年も(・・・)届いた。

 コレって確か、毎年違う面子で遣るんでしょ?。どうして俺達は二年連続なんですか?。



「アン様、メアリー様と御一緒の為です」



 口に出さずとも雰囲気で俺の心中までも見抜き、容赦無く切り捨てる敏腕メイド。成長し過ぎ。


 ただまあ、言っている事は正論なんですよね。

 アンとの結婚は今まで国交が希薄だった両国間に新しい可能性を齎す事になりましたし。

 アンとの結婚の公表と共にメアリー様との婚約も公表されましたから。

 その為、直近のカルバニー秋楽祭に招待するのは決して可笑しな事では有りません。有りませんが、あからさま過ぎでしょう、陛下~……。



「今回はエイラ様御夫妻も御一緒ですから、少しは御気持ちも楽では有りませんか?」


「姉上達が一緒なのは良いけど、助けてくれるとは思えないからな~……」



 実の姉弟だろうとも、公式行事の場ですからね。その辺りは姉上も弁えた言動をするでしょう。

 寧ろ、下手に近付いて流れ弾や貰い火は嫌なので距離を置かれそうな気がします。

 だって、立場が逆なら、俺はそうします。

 後で愚痴られても、それはそれ、ですから。


 何にしても行かないという選択肢は有りません。直前で風邪でも引きませんかね?。…………いや、それはフォルテ達が心配するだけですね。

 寧ろ、“御見舞い”という名目が出来ますから、要らぬ隙を与えるだけで厄介なだけでしょう。

 ……やっぱり、行くしかないんですね。



「アルト様、実家(ウチ)から荷物が届いたぞ」


「荷物?──って、頼んでた物だ!」


「多分、そうだろうな」



 フロイドさんの抱える一辺1ミード程の正方形の木箱を見て、直ぐに心当たりを思い出した。


 アンを妻に迎えるに当たり、彼女の実家を訪問し挨拶をするのが普通なら筋なんですが。

 今回の場合、アンが遣らかした訳で。

 それでも、アンを妻として娶る俺に対して彼女の実家は頭を下げる為に遣って来た訳です。

 本人は怒られてもノーダメージの無敵モードで。恋する乙女のハッピーパワーは物凄いんだと改めて実感させられました。──という話は置いといて。


 ライガオン獣王国にも行ってみたくは有ります。そんな世間話から、ガーガルガン子爵領の話題に。其処で話に出た“ポルータ豆”が欲しくて、先方に代金先払いで送ってくれる様に頼んだんです。


 このポルータ豆は前世でいう大豆に当たります。しかし、この世界では食用としては不人気な穀物。塩蒸しにして酒のつまみにする程度で基本は飼料。だから、滅茶苦茶安価でした。

 メルーディア王国では気候や土壌の条件が合わず栽培されていませんから入手は諦めていましたが、アン達との縁で伝手が出来ました。世の中、物事も人の縁も、どう繋がるのかは判らないものです。


 フロイドさんが床に置いた木箱を子供が誕生日のプレゼントを開けるみたいな気持ちで開く。

 中身が判っている分、期待外れは有りません。



「しかし、ポルータ豆が欲しいなんてな……

アルト様も物好きだな」


「しかし、それ故に幾つもの功績を成している事も紛れも無い事実です」


「確かにな……でも、これに新しい価値が有るとは思えないんだよな……」


「無理も有りません、私達も最初は同じでした

しかし、実際に新たな可能性を目の当たりにすれば自然と疑う気持ちは無くなります

そして、それはスキルや魔法による事ではなくて、アルト様御自身の御力によるものです

どんなに素晴らしいスキルや魔法も持つ者次第では宝の持ち腐れに為りますので」



 ──とか話しているメレアさんとフロイドさんの事には触れません。絡むと面倒臭いので。


 それよりもポルータ豆です。

 黄緑色で、大きさは3セルチ程。見た目は空豆に近いかもしれませんが、空豆自体が存在しないので他の皆に言っても通じません。

 直ぐに【鑑定】と【アナライズ】を使い、目的の物である事を確認し、拳を握ります。

 これで日本人の魂、醤油と味噌が作れます。

 ええ、この世界には何方等も無かったんで。

 まあ、現存する魔道具が造られた時代になら共に有ったのかもしれませんが。遥か昔の事ですから。現代に到るまでに途絶えたり、廃れたりした可能性自体は否めません。無いもは無いんで。

 だから、自作する事にして原材料探しをしていた事は言うまでも有りません。

 我が家──この別邸の書棚は農業関係や動植物の図鑑等で一杯になっていますからね。

 これでもね、日々研究しているんですよ。


 二人を無視し、【亜空間収納】で木箱を空にし、事前に用意していた樽に四分の一程を取り出して、水を入れて浸します。


 別にホームシックという訳では有りませんけど。慣れ親しんだ味というものは安心感を覚えますし、妙に恋しくなるものだったりします。

 勿論、可能性が無ければ諦められたでしょう。

 しかし、有ると判れば欲しくなるのが、人の欲。その業の深さは生まれ変わっても失われません。


 因みに、和食に欠かせない昆布はイトッファにて発見した名前が違うだけの“モレワレ”という名の海藻が使える事が判ったので試作として幾らか家に持ち帰って実際に試してから母上に話したので既に新商品としての加工や養殖の準備も進んでいます。



「──ん?、兄様、何か落ちましたよ?」


「へ?……──っ!?、まっ、それは────」


「……“独奏の集い”?」



 フロイドさんが落としたチケットとの様な一枚の紙切れを拾い上げたアンが書かれた文字を読むと、手を伸ばした格好のまま硬直したフロイドさん。

 何やら、ダラダラと汗を掻いています。

 ──と言うか、物凄く判り易過ぎる反応ですね。疚しさしか感じられませんが?。



「何かしらの催し物でしょうか?」


「あー……フォルテ?、独奏って独りで演奏する事だって判ってるよね?」


「はい、勿論です」


「うん、それでね、独りで演奏する事から転じて、独り身の人達の集まり──婚活パーティーみたいな催し物だって事だと思うよ」


「そうなのですか…………え?」



 俺の説明に納得したフォルテだったが、そのまま疑問が残る様に首を傾げ──フロイドさんを見た。

 フロイドさんは皆の注目を浴び、顔を赤くする。うん、男の照れ顔って、何だか面白いですよね~。そう感じるのは同じ男だからなんでしょうけど。


 ──という俺の現実逃避は置いといて。

 フロイドさんに笑っていない笑顔のアンが近付き手にした紙切れをヒラヒラと動かして見せる。



「コレは何ですか、兄様?」


「ち、違う!、変な意味は無いし、他意は無い!」


「真剣な婚活の場に他意が有る者が居たら、それは悪意の有る詐欺師か何かだろうな

或いは、独り身の女性を弄ぼうとする輩とか?」


「ちょっ!?、アルト様っ?!」



 「何言ってんの御前っ?!」と言いたそうな表情で俺の予備解説に反応するフロイドさん。

 流石に焦るのも仕方が有りませんか。

 アンは勿論、フォルテまで雰囲気が変わったので伝説の勇者級の鈍感さでもなければ気付きます。


 此処に誓います。俺は絶対に浮気は致しません。浮気なんてしなくても奥さんが増えますからね~。浮気している暇なんて有りません。抑、浮気する気も有りませんけど。


 フロイドさんは未婚ですから、そういった催しに参加する事自体は可笑しな事では有りません。

 ただね、この手の催しは一般人(・・・)の間の物でして。貴族の子女は勿論、家臣でも参加しません。

 だから、アンが静かに問い詰めている訳です。

 当然ながら、メレアさん達の表情も険しいので。それが如何に迂闊な事なのか。判る事でしょう。


 まあ、煽った手前、そろそろ助けましょうか。



「それで、それは誰に貰ったんです?

自分で手に入れた訳ではないんでしょう?」


「も、勿論だ!、旅をしていた時の冒険者の友人が実家宛に送ってきた手紙を此方に一緒に送ってきた中に入っていた物で俺が欲しがった訳じゃない!」


「……其処まで力説するのが怪しいです」


「アンっ!?」


「まあ、アンの疑いたくなる気持ちも判るけどね

少なくとも今のフロイドさんに、その気は無いよ」


「アルト様の仰有る通りです!」


「むー…………ですが、今は(・・)ですよね?」


「そ、それは……」


「以前は今の自分を想像してはいなかっただろうし歳や立場が似ている男同士なら、酒が入った勢いで意気投合したりする事も有るんだろうから

そういった流れでの会話だったんだとしても意外と覚えてる人って居るからね

そして、そういう人って無駄に気を利かせる場合も少なくないから、そういう感じなんでしょ?」


「全く以て、その通りですっ!」


「「「「……………………」」」」



 あー……フロイドさん?。一連の誤解を解きたい気持ちは判りますけど、必死に成り過ぎです。逆に怪しくなってきますけど……気付いてます?。


 そう思いながら、フロイドさんがテーブルの上に置いた紙を何と無く手に取る。

 「前世で一度だけ参加した事が有ったっけ」等と思い出しながら、「何処の世界でも結婚するまでは行かない人達やタイミングを逃したりした人達って居るんだな……」と思ってしまう。


 黒と赤のインクを使って、きちんと刷られていて簡素な作りではなく、チケットと呼べる代物。

 印刷用の機械こそ存在していないが、版画印刷は存在しています。その為、広告やチラシの類いには普通に活用されていますし一般的にも普及しています。

 このチケットも版画で刷られた物みたいです。


 アンが読んだ大きな題字の下には「さあ、貴方もその手に掴もう、幸せな未来を」というシンプルで使い古されながらも率直なメッセージが書かれて。全体には花柄やハート柄、音符柄が鬱陶しくはない程度に散りばめられている。

 前世の記憶が有るから、余計にそう感じるのかもしれないけれど。

 この一枚のチケットに、人生を懸けている人達が少なからずいるのだと思うと笑えません。

 だから、このチケット──の事かは判りませんがフロイドさんが以前、チケットを送ってきた友人と話していた時の気持ちは判る気がします。

 皆、必死なだけなんですから。


 だからね、今の自分は恵まれていると思わずには居られません。愚痴ってはいても。

 だって、三人共本当に良い奥さんなんですもん。勿論、メアリー様も確定ですからね。

 フロイドさんは勿論、メレアさん達にも、心から幸せになって貰いたいと思います。



「………………ん?」




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