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 36話裏


 私、アンゼリカ・フォン・ガーガルガンは才能に恵まれ過ぎているが故に不幸だった。

 勿論、生まれた瞬間から不幸だった訳ではない。両親も兄姉も私を可愛がり、喜んでくれていた。


 子爵家という恵まれた環境の、六人兄妹の末っ子として生まれた私には三人の兄と二人の姉が居る。

 兄・兄・姉・姉・兄の順で、二人の姉は双子。

 直ぐ上の兄とは七歳、長兄とは十二歳も離れている為、親子に近い。

 勿論、兄妹は兄妹に違いはないのだけれど。


 両親にしても予定外の子供だったが、生まれたら可愛い我が子である事には違い無く。

 愛情を注がれている事も間違いは無い。


 ただ、それだけでは済まないのが悩ましい所で。貴族家に生まれたが故の苦しみだとも言える事で。何よりも、ズゥマであるが故の辛さだと言えた。


 幼い頃は父や兄の強さ・逞しさを尊敬したし。

 母や姉の美しさや家庭的な所に憧れた。

 大体の子供が遣る様に、両親や兄姉の真似をして少しずつ出来る事が増えてゆく。

 それを誉められる事は嬉しくて。

 新しい事を知ったり、出来る様になる事が純粋に楽しかった。


 しかし、私が五歳になる頃から何かが狂い出す。


 当時の私は単純に「強くなりたい!」と頑張って日々の鍛練を欠かさなかった。

 歳が離れている事、女の子である事から、鍛練の相手をしてくれていたのは家族に限られていたし、殆んどが一人で遣っているものだった。

 だから、自分の力が何処まで通用するのか実戦で試してみたい、という気持ちが強くて。

 あまり深くは考えていなかった。


 そうして、両親に頼み、参加した武闘大会。

 五歳以上から参加出来る九歳以下の部。

 私以外にも女の子は居たし、五歳の子も居た。

 その時の優勝候補だったのは伯爵家の嫡男という九歳の男の子。私よりも頭二つ以上身長差も有り、強そうな印象から当たるのが楽しみだった。


 勿論、試合が始まれば目の前の相手に集中。

 一人一人、その戦い方や特徴が違っていて。

 どう遣って倒しにくるのか。

 どう遣って倒すのか。

 それを考えるだけで心は躍る。

 夢中で戦い、拍手と歓声の降り注ぐ中。

 興奮と高揚は高まる一方で。


 気が付けば私は決勝戦の舞台に立っていた。

 相手は優勝候補の男の子。

 試合前の選手紹介でも前評判通りに誰もが相手の男の子の勝利を疑ってなどいなかった。

 それに苛立った訳ではないし、見返して遣ろうと思った訳でもない。

 私自身、純粋に自分よりも強いだろうと男の子に対する期待は小さくなかった。


 彼と全力で戦い、敗れ、その妻と成って支える。

 ズゥマの大英雄、ライガオン獣王国の初代国王と王妃の馴れ初めに憧れる女性は少なくない。

 状況は違えど、一対一で戦い、そうなる事は。

 ある意味では、運命的な事だと言えるのだから。


 だから、私は全力で臨んだ。

 そして──優勝してしまった。

 会場が一転して静まり返った。

 勝った筈なのに、誰もが声を失っていた。


 静寂を破ったのは国王陛下の拍手。

 審判の声が響き、会場から拍手が贈られた。


 しかし、決勝までの様な歓声は無かった。

 誉められる筈の、喜ばれる筈の、我が家ですら。その日の夕食は微妙な空気だったのだから。


 そんな家の中で私を誉めてくれたのが次兄であるフロイド兄様だった。

 どうして、そうなったのかを優しく教えてくれ。その上で「アンより強い男を探せばいいんだ」と。そして「アンジェラ王妃もオーストバルド王にしか敗れてはいないんだから」と言ってくれた。


 そう、あまり知られてはいないのだけれど。

 初代国王の妻であるアンジェラ王妃は無敗の中、オーストバルド王に敗れ、妻となった。

 つまり、私には相応しい相手が居るという事。

 ズゥマの女として、弱い男に惹かれはしない。

 だから、私は私を倒せる男に全てを捧げる。

 そう思ったら沈んでいた気持ちは軽くなった。


 そして──次々と男達を倒して行った。

 兄様と同い年の有望視されていた人にも勝った。


 勝って──孤立感は強まるばかり。

 心の拠り所だった兄様は修行という目的も含めて国外に単身出られて旅をする事に。

 「私も付いて行きたい!」と言ったのだけれど。その後の「だって私より強い人が居ないもの!」は不味かったと言った直後に自分でも気付いた。

 その場の雰囲気が悪くなるという程度ではなく、何か大事な物が音を立てて壊れた気がした。

 それ程に私は言ってはならない事を言ったのだと子供ながらに感じ取った。


 兄様が「まだ洗礼式も済ませていないからな」と尤もらしい理由を言ってくれたから、納得する様に頷いて有耶無耶にして話は終わった。


 でも、無かった事には出来無い。

 家族だから、何も言わないけれど。

 逆に、何もしてくれもしない。

 こういう言い方をするのは悪いのだけれど。

 私は厄介者なのだと気付いた。

 家の中にも、国の中にも、ズゥマの中にも。

 私の居場所は無いのだと気付いた。


 兄様が居なくなってからも鍛練は続けた。

 鍛練をしている間は嫌な事は忘れられたし余計な事は考えなくて済むから。

 だから鍛練に励み──私は更に強くなった。


 兄様が旅先から送ってくれている手紙が楽しみで届けば何度も読み返し、書かれている内容──主に戦った相手との事を想像し、鍛練に活かす。

 一人での鍛練だから、そう遣って対戦する相手を自由に想像・想定して好きな様に出来る。

 兄様の戦った人に実際に有って戦いたい。

 そう思う度に、心奥で小さな炎が燃え盛る。


 兄様が旅に出て一年以上。もう半年もしない内に約束の期限が来る。兄様が帰ってくる。

 そう思うと、私は私の成果を出したくなった。


 武闘大会の中にはスキルの使用が禁止されている大会も少なくはない。

 年齢別の部門は有るけれど、年齢制限の無い部に私は八歳で初参加し──優勝した。

 その結果には流石に自分でも驚いてしまった。

 トーナメントという事で運も有ったのだけれど。現役の騎士団の副団長や前回優勝者、前々回優勝者という歳上の男性を破っての優勝。

 自分でも信じられない程に私は強くなっていた。


 その結果、私には縁談のえの字も来ない。

 憧れられる筈の女性からの支持も無い。

 私には武しかなくなっていった。


 手加減をして男に縋る。

 そんな情けない女はズゥマではない。

 少なくともズゥマとしての誇りは持っていない。

 ただ、弱いから(・・・・)生きていく為には必要。

 そういう女性の事を侮蔑している訳ではない。

 飽く迄も、男に勝てるのに手を抜く真似はしないというだけの事なのだから。


 そして、兄様が帰って来た。

 ただ、大会で優勝した事は流石に言えなかった。兄様なら大丈夫だとは思うけれど。

 それでも唯一の理解者である兄様を失ってしまう可能性を考えたら──話す勇気は持てなかった。


 しかし、兄様は帰って直ぐに家を出ると言った。

 メルーディア王国のクライスト男爵に敗れた事、将来性も有る事、久しく無い功績による叙爵な事を熱く語り、仕えたいと言って両親や兄を説得した。

 それが家を離れる為の口実や言い訳ではない事は兄様を見てきた私には判った。

 判ったから動揺したし、頭も真っ白になった。

 それでも、現実は変わらないと知っている。

 だから、直ぐに我に返ったし、余計な事は言わず静かに話を聞いていた。

 だって、偶々(・・)とは言え盗み聞きですから。


 だけど、それはそれ、これはこれ。

 そんな事は……私には認められなかった。


 だから、私は家を飛び出し、単身敵地(・・)へ。

 そのクライスト男爵を私が倒せば兄様は私の側に居てくれるかもしれない。いや、居てくれる。

 強者に仕え、自らを高める事を望むのなら。

 私が強者となればいい。

 強者であると証明すればいい。

 そう考えたから。



「ったく……急に居なくなったから流石に親父達も心配してたぞ?」


「済みません」


「はぁ~……そんな笑顔で言われてもなぁ……」



 呆れた様に、困った様に、でも、嬉しそうに。

 苦笑する兄様の表情が、その心情を判り易い程に物語っている訳ですから。

 色々と心配してくれていたのが判ります。


 ただ、今は自分でも抑え切れないんです。

 だって仕方無いじゃないですか。

 同い年で、ヒュームで、私より圧倒的に強い。

 そんなアルト様に出逢う事が出来たのですから。

 もう叶わないと思っていた夢が叶うんですから。

 嬉しくない訳が無いじゃないですか。


 自慢じゃないですけど、本当に私は強いです。

 洗礼式が終われば、獣王国一は間違い無しとまで言われている位ですから。

 ズゥマの女性としては間違い無く最強です。


 その私を指導する様に圧倒的な強さで倒した。

 最後の投げられた技なんて掴まれてもいないし、足を払われたりしてもいない。

 遣られた身なのに訳が解らなかったし、兄様にも訊いてみたけれど、解らないそうですからね。

 兄様がアルト様に仕えたい、学びたいと思うのも今は当然だと思います。

 だって、本当に強い方ですから。


 そんな色んな意味で幸せ一杯な訳ですから。

 顔が壊れたんじゃないかっていう位に笑顔に。

 多分、客観的に見たら自分でも引いてしまう位に今の私は若気ているのだと思いますし、呆れる位に笑顔が抑え切れていないのでしょうね。

 抑え切れないから仕方が無いです。


 そんな事を考えていたら、不意に兄様の右手が。少し乱暴に頭を撫でられる感触が懐かしいです。

 ……アルト様も兄様と似た撫で方をされますし、男性の中では、これが基本なのでしょうか?。

 訊いてみたいし、聞きたくもない。

 知りたいけど、知らない方が良さそう。

 そんな矛盾する欲求に頭の中で葛藤する。



「まあ、御前が幸せになれるんだ

素直に喜ばしい事には間違い無い、良かったな」


「有難う御座います、兄様

これも兄様の繋いで下さった御縁です」


「いや、俺と言うかアルトが……まあ、いいか」


「?、私の事は置いておくとして、兄様は良い方は居らっしゃらないのですか?」


「あー……ずっと気楽に旅をしてたからな~」



 そう言って思い出す様に空を見上げる兄様。

 想い人が居る、という表情では有りませんから、本当に居ないのでしょうね。


 因みに、今は家に戻る道の途中。

 馬車に揺られていますが、乗り合い馬車は屋根が無い事が多いそうです。

 私は屋根無しの方が気持ち好くて好きですね。


 それは兎も角、兄様の好みを探ってみましょう。そういった話はした事が有りませんから。



「メレアさん、彼女は如何です?」


「…………は?」


「立場の違いや価値観の違いといった要因が幾つも有ったにせよ、アルト様を出し抜いた方です

戦闘能力という面では劣っていても内助の功という面では非常に優れた方だと思います

メイドをされていますから家事全般は愚問ですし、しっかりとした芯の強い方です

それに見た目に比べて豊か(・・)でしたよ」


「──ブッ!?、ナッ、何を言ってるんだっ?!」


「……兄様って意外と初なんですね」


「放っとけっ!!」



 顔を真っ赤にして外方を向く兄様。

 そんな姿を見るのは初めてで、新鮮です。

 それに……全く脈が無い訳でもなさそうです。


 やはり、男性は豊かな方が好きですか。

 私のもフォルテさんの様に育って下さいね?。


 それは兎も角、彼女には心から感謝していますが結果的に私も謀られていた訳ですから。

 遣られっ放しのままでは終われません。

 遣り返す為にも、兄様の幸せの為にも。

 これから色々と頑張りましょうか。


 ふふっ、こんな風に未来を思い描いて楽しみだと思うだなんて、数日前までは考えもしなかった。

 狭く閉ざされた闇の中、僅かな光さえも消え失せ自分さえも見失いそうだったのに。

 今は、こんなにも鮮やかに世界が違って見える。これが恋をする、愛を知るという事なのですね。




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