36話 決闘
「私はアンゼリカ、人呼んで“激紅のアン”っ!
クライスト男爵!、私は貴男に決闘を申し込む!」
仁王立ちし、ビシッ!っと左手の人差し指で俺を指差しながら言い放つ姿は格好良い。
先程の失態を完全に払拭、或いは開き直ってなら様に為ったんでしょうけどね。
引き摺ったまま、顔が赤いと只々可愛いだけ。
子供の背伸びにしか見えません。
あー……御茶が美味しい。
因みに、先程まで彼女も一緒に御茶をしていて、改めて目的を訊いたら、席を立って歩き、俺達から離れた所で立ち止まって──さっきの台詞です。
これを可愛いと言わずして、何と言うのか。
「にっ、若気るなっ!、私は本気だぞっ?!」
そう言われても……ねぇ?。
視線で訊ねればフォルテとクーリエさんは苦笑。メレアさんは「そうですね」と薄い反応。
まあ、俺のは揶揄いも入ってますからね~。
誰が好き好んで決闘なんて遣りますかって。
「くっ!、こうなったら無理矢理にでも──」
「──どうする気だ?」
「──ぅニャンッ!?」
身構えた彼女の頭を後ろから鷲掴みにする手が。背後を取られた事も有るんでしょうけど、その声が背筋が冷たくなる程に怒気に満ちていますからね。本能的に危険を察知したんでしょう。
身を強張らせた後、ガタガタと震えています。
それにしても今日は忙しい日ですね。
意外な人物の登場に驚き──しかし、納得。
成る程、こういう繋がりだった訳ですか。
錆び付いた機械が軋みながら動く様に振り向いた先に立っているのは──フロイドさん。
服装が以前とは違いますが、間違い有りません。一度だけとは言え本気で手合わせした仲ですから。
「に、ににに兄様っ!?、何故此処にっ?!」
「言わないと判らないか?、この馬鹿っ!」
「ギニャンッ!?」
掴んでいた右手は彼女の頭を放すと同時に拳骨と為って振り下ろされました。
相変わらず良い打撃音をしていますね。
そして、それが痛いという事も判ります。
だから、彼女が頭を押さえながら膝を着いたのも仕方が無い事です。
そんな感じで、彼女に気を取られていたからか。知っている相手だから。油断が有ったのは確か。
だから、流れを読み損ねました。
「改めてまして、私はライガオン獣王国の子爵家の次男でフロイド・フォン・ガーガルガン
クライスト男爵、妹の無礼、申し訳御座いません」
右膝を着き、右手を胸に当てて頭を下げる。
それは各国共通として認識されている公式な謝罪礼式だったりします。
フロイドさんが貴族だった事よりも、その謝罪の方が俺には何倍も吃驚する事ですが。
俺も伊達に鬱陶しい柵の中に居ません。
堂々とし、フロイドさんの謝罪を受け入れます。
公式な謝罪という事で何かしらの罰を与える事も出来ますが、そんな真似はしません。
意味が有りませんからね。
フロイドさんも席に招き、事情を訊きます。
現状、何にも見えていませんから。
「子爵家の次男で自由に旅をさせて貰えてたなんて理解の有る御両親なんですね」
「最初は説得に苦労したけどな」
「──という事は、御国柄、ズゥマの文化、或いは家風や慣習という訳じゃないんですね」
「貴族家なんてのはズゥマでもヒュームでも何処も似たり寄ったりだったな
基本的には家や国の為、だからな
そんな中で許してくれた事には感謝している」
そう言うフロイドさんの表情は嬉しそうで。
御両親や家族への想いが滲んでいます。
立場等は違いますが、俺達も母上や父上、兄姉に感謝する気持ちは大きいですからね。
柵は有りますが、冒険者として活動出来る方法を考えてくれていますし、手伝ってくれています。
その辺りには本当に感謝しています。
欲を言えば、放って置いて欲しいんですけどね。それは欲張り過ぎだって判ってもいます。
だから、愚痴る位は勘弁して下さい。
「それで家に戻られたんですよね?
それが何故、妹さんが俺の所に?」
「あー……実はな、帰ってから親父達に家を出て、御前に仕えたいって話をしたのを聞かれてな」
「……は?、俺に仕えるって……フロイドさんが?
どういう経緯で、そんな話に為ったんですか?」
「真剣に勝負して、俺は敗けた」
「いやいや、旅をしていた時に自分より強い人には沢山出逢ったって言ってましたよね?」
「ああ、だが、自慢じゃないが、同年代以下の者に敗けたのは初めてだったし、況してや洗礼式前だ
つまり、純粋な技量で敗けた
その相手に仕えたいと思うのは当然の事だ」
「全然当然じゃないですからっ!」と言いたい。心の底から叫びたい。
しかし、フロイドさんの真っ直ぐな眼差しを見てボケ・ツッコミみたいには言えません。
この人、本気で言ってますもん。
「まあ、ヒュームの価値観からすると急な話だし、戸惑う気持ちも判らない訳じゃない
その辺りは旅をしていたから培われたしな
ただ、俺は本気で御前に仕えたいと思っている
それが俺自身を高める事にも繋がるからだ」
「……その事を御両親達は?」
「勿論、認めてくれた
本当は貴族籍から抜いて貰うつもりだったんだが、もしもの時の為に、という事で抜いてはいない
家の件で迷惑を掛ける事は無い」
「其方等の妹の件は?」
「ぅっ……それを言われると痛いな……」
少し意地悪な事を言えば、苦笑しながら頭を掻くフロイドさん。これも信頼関係が有っての話です。
だからね、そんなに睨まないで下さい。別に俺はフロイドさんを貶めたい訳じゃないんで。
──と言うか、事の原因は貴女なんですが?。
まさか、忘れてはいませんよね?。
「しかし、それで妹さんが俺に決闘を申し込むのはどうしてなんです?」
「あー……それはだな……」
フロイドさんは一瞬、躊躇う様に妹の方を見るが話さなければならない必要性を理解し、口を開く。
フロイドさんの話によると。
ズゥマという種族は弱肉強食を地で行く武士達。その辺りは俺達も知っている事。
老若男女問わず、強き者には敬意を懐く。
その強さというのは概ね戦闘能力を指すのだが、純粋な武の技量、鍛え抜かれた膂力、スキルを含む総合的な戦闘能力、倒したモンスターの数や強さと細かくは個人の価値観により分かれるそうです。
それ故に、ズゥマの女性は強い男の子を産む事が使命であり栄誉だとする考えが強いんだとか。
自然界の繁殖事情と似ていますし、道理としても理解は出来る話ですから可笑しくは有りません。
そんな訳なんですが、自然界とは違う事情も。
ズゥマの女性もヒュームの女性も一般的に出産は四十歳位までです。高齢出産はリスクが高い事から避けるのが常識だと言えます。
ただ、ヒュームと大きく違う点はズゥマは男性も四十歳を迎えると生殖能力を失うという事。
勿論、個人差は有る為、その時期は前後しますが少なくともヒュームの男性の様に五十歳を越えても子供が出来るという事は無いんだとか。
だから、若い内に結婚するという事は同じだけど子供を成すだけではなく、後進の育成にも励む。
ズゥマという種族の根幹が解る話ですよね。
そんなズゥマの恋愛観では、自分より強い女性を男性は嫌煙するのだとか。
極端な話、「女は男が守り、女は男に尽くす」がズゥマの社会的な価値観なんだそうです。
ヒュームにも男社会な所は有りますから其処まで突飛な話という訳でも有りません。
そして、妹さんは強い。滅茶苦茶強い。
同年代は勿論、十歳上でも勝てない程に。
その為、縁談は無いし、家族も扱いに困る。
そんな腫れ物扱いされている中、フロイドさんは普通に接していたし、才能を認めていた。
結果、ブラコンになったんですね。謎は解けた。
その兄を俺が奪う形になった、と。
成る程ね。思い余って決闘なんて真似に及ぶのも理解出来無い事ではないかな。
自分の唯一の拠り所だった訳だから。
「でも、兄妹なんだから結婚も出来無いでしょ?
将来の事を考えたら兄離れは早い方が良いよ?」
「余計な御世話──っ!?、きっ、貴重な御助言には感謝しますが、貴男には関係有りません」
「俺に決闘を申し込んだのは何処の何方ですか?」
「ぅぐっ……」
言葉に詰まり、顔を逸らす。
うん、何かね。苛めたくなる娘です。ああいや、そう言うと少しばがり語弊が有りますね。
揶揄うと反応が可愛いから、つい遣りたくなる。それだけで他意は有りません。
「少し宜しいですか、アルト様?」
「何?、メレアさん」
「御手合わせして差し上げたら如何でしょうか?」
「……え?」
「フロイド様の御意志は固く、アルト様も無下には出来ませんよね?」
「まあ……それはね」
「そうなると、一番の問題はアンゼリカ様です
それで、アンゼリカ様が御納得されるのであれば、アルト様と直に闘われてみるのも良いのでは?」
「どうなんだ、アン?」
「……判りました、私が敗ければ認めます」
「──という訳だから、一つ御願い出来るかな?」
「……仕方有りませんね、判りました」
そんなこんなで決闘ではなく手合わせをする事になりました。まあ、これで片付くなら楽な話です。
彼女はフロイドさんと同様に無手なので、今回は俺も木刀は使わず、無手で遣ります。
フロイドさんから話を聞いて知っていたみたいで木刀を使わない事に不満そうでしたが、其処は態と挑発して煽る様な事を言って置きます。
安い挑発に乗ったら痛い目に遇うって事を実際に学んでおいて損は有りませんからね。
因みに、フロイドさんに「いいんですよね?」と視線で確認した所、「殺ってくれ」と首肯。
いや、字と意味が違いますよ?。
まあ、後々面倒な事にならない様に手加減せずに戦ろうとは思いますけどね。
準備が出来たら、フロイドさんの合図で開始。
様子見する気も無く突進してきたのは兄妹か。
右のストレートを左手で右側に弾き体勢を崩して懐に入ろうとする。その瞬間を狙っていた様に身体を捻った左の裏拳。
左腕で受け止めながら無防備となる後頭部に右の拳を突き付け様として──即座に右足を退く。
下から上へと突き上げる様に振り抜かれた右足は宛ら蠍の尾の様な危険さを感じさせる。
躊躇無く急所を狙ってきた右足の踵による蹴りはアッパーの様に死角から来た事は勿論だが、彼女の身体の柔軟さに驚かされる。
身体全体を鞭の様に撓らせる様に使った体術。
その上、軽量・細身なのに重い拳蹴。
確かに、これなら真っ向から戦えば大抵の相手は勝つ事は難しいでしょうね。
しかも、洗礼式前だからスキルを使って勝っても恥ずかしだけでしょうから。
彼女が嫌煙されるのも当然の結果でしょう。
暫く闘っていると、彼女の顔が苦虫を噛み潰した様になり、涼しい顔の俺を忌々し気に睨んでくる。
彼女に付き合う様に闘いながら、少しずつ手札を使わせる様にして、攻め手を潰す。
勝つ事は簡単ですが、敢えて時間を費やし文句も言い訳も出来無い様にします。ズゥマの価値観的に考えても素直に認める筈ですから。
それに追い込まれてから何を考え、何を為すか。彼女の可能性を、成長を見たい。そう思うので。
面倒臭くても遣り甲斐が有れば頑張れます。
体力的にも精神的にも後が無くなり。
それでも勝ちを諦めずに向かってきた彼女を掴む事はせず、腕を組み絡め、体捌きで投げる。
ちゃんと勢いは殺してね。
何が起きたのか、解らないという表情。
しかし、負けた事だけ理解出来れば十分。
「……私の敗けです」
「そこまで!、勝者、クライスト男爵!」
「有難う御座いました」
フロイドさんの判定を受け、一歩下がって一礼。
自他共栄の精神は礼を以てこそ成り立つ物です。
きちんと最後まで遣らないとね。
それから彼女に手を差し伸べ、立ち上がらせる。
限界も近かった為、思わずフラついてしまうのは仕方が無い事。それを支えようと屈んだ瞬間です。
完全な不意打ちで彼女に唇を奪われました。
一瞬、頭が真っ白になります。
名残惜しむ様に、唇を離す際には俺の唇を舌先で小さく舐めてから離れてゆく。
妙に火照る唇が外気に触れた事で我に返る。
「いきなり何を……」
「ズゥマの女は己よりも強い男を望みます
私は、私に勝った貴男に身も心も御捧げ致します」
「………………え?」
そう言って身体を預けてくる彼女を受け止めて、自分を指差しながら、フロイドさんを見たら首肯。冗談ではないみたいです。
背後から聞こえる拍手に振り返れば、満足そうな笑顔のメレアさんの姿が。
フォルテとクーリエさんも笑顔ですが。
メレアさんに謀られた事に気付きました。
だって、提案したのはメレアさんだもん。
こうなるって事を見越してましたねっ!。
「御目出度う御座います、アルト様
アンゼリカ様は良い御相手だと思います」
しれっと祝福する敏腕メイドの裏切り。
しかし、考えてみると彼女は今はまだ実家と深く繋がった刺客でも有りましたね。
油断していました。
……まあ、もう逃げ場は無いんでしょうけど。
展開が急過ぎて頭の処理が追い付いていません。寧ろ、処理したくなくてストライキ中です。
どうして、こうなるかなぁ……。




