34話 来訪者
四肢に意識が広がってゆくと、最初に感じるのは左腕に掛かる重みであり、温もりであり、息遣い。
俺の腕枕で眠るフォルテの存在を確認した瞬間の個人的な幸福度は滅茶苦茶高いです。
時々、フォルテの胸に抱き抱えられる様にされて起きる事も有ります。それはそれで幸せですが。
やはり、男だからなんでしょうかね。
愛する女が自分の腕の中に居る。
たったそれだけの事なのに満足感を懐くのは。
男って支配欲や独占欲が強いので所有感が強いと自己満足するんでしょうね。多分。
さて、それはそれとして。
今、俺が感じている重みは一つでは有りません。左腕にはフォルテが居ます。
空いている筈の右腕には──メアリー様が。
ええ、俺達と一緒に寝ているんですよ。
決して、無理矢理では有りませんし、屁理屈にて合意させたという事も有りません。
飽く迄も、本人の希望で、です。──と言うか、ただ一緒に寝起きしているだけですから。犯罪的な事は何もしていませんし。抑、婚約者ですからね。これ位の事は問題にすら為りません。
要は妹みたいな感じです。多分。
「御早う御座います、アルト様」
「御早う、フォルテ」
まだ慣れていないメアリー様の事を気にする間に目を覚ましたフォルテが身体を動かし、キス。
朝、起きて。夜、眠る前。そのキスは必須です。そのスキンシップが夫婦仲を更に深めるのです。
勿論、濃厚なキスでは有りません。
……それはまあ、フォルテとした事が無いと言う事は出来ませんが。それは夫婦の秘密ですからね。
そうしていると今度はメアリー様も御目覚めに。まだ幼い事も有り、寝起きのメアリー様は可愛い。
勿論、フォルテも可愛いんですけどね。
まだまだ思慮が未成熟な純粋な反応というのは、見ているだけで和みますから。その姿をフォルテも微笑ましそうに見詰めて居ます。
「ん……おはようございます、アルト様ぁ……」
「御早う、メアリー」
馴れ馴れしく王女様を呼び捨て?。婚約者ですし本人の希望によるものですから問題有りません。
そして、這い上がる様に身を寄せるメアリー様と朝のキスを交わします。
まあ、目の前でフォルテとしているんですから。同じ様にしないと不公平でしょう?。メアリー様も俺の婚約者──と言うか事実上の妻になる訳です。拒絶する理由も遠慮する理由も有りませんから。
尚、口では呼び捨てにしているのに、思考内では様付けしているのは俺なりの線引きです。
如何に婚約者でも王女様であり、まだ妻ではない訳ですからね。俺自身が勘違いしない為です。
因みに、メアリー様とのキスや同衾、御風呂まで両家の親公認で許可されています。
俺が母上に訊ねた訳では有りませんよ?。
初日の山から帰った後の御風呂で一緒に入る際、俺達も「いや、流石に……」と思いましたからね。そうしたらメアリー様から「御母様が貴女のしたい様にして構いません」と言われた旨を聞きました。
流石に思わず、フォルテと顔を見合せましたが。それも仕方が無いと思いますよ。
もう、どう遣ってもメアリー様は俺に嫁ぐので。俺達もメアリー様は家族として考える事に。
そうすると精神的な負荷は大分無くなりました。
まあ、母上の分は減りもしませんけど。
それは俺だけの問題ですから。
身支度を整えると、俺は日課である朝の鍛練に。フォルテはメアリー様と朝食作りです。
実の姉妹の様に仲が良いのは俺達にも癒しですしフォルテ自身もメアリー様に心から慕われ御姉様と呼ばれて嬉しそうなのも頷けます。実家の家庭環境というのは酷かったでしょうからね。
だから、その笑顔を二度と曇らせはしません。
朝食が済めばメアリー様も居るので勉強の時間。俺とフォルテがメアリー様に基礎的な事を教えて。その後は三人揃って母上からの指導になります。
特に俺は代官として必要な知識等を叩き込まれ、迂闊な事を言わない様にするのが大変です。
尚、その間、二人はメレアさん達と色々遣ったり習ったりしている様です。……ちょっと羨ましい。
座学が終われば俺のターン!。
フォルテとの鍛練です。メアリー様にも基本的な事から教えています。
ただね、何か母上と毎日手合わせしております。しかも、日に日に母上が強くなるのが判ります。
父上、俺は親孝行な息子ですからね?。
そんなこんなで午前中は過ぎていきます。
メアリー様が居るので御弁当持ちで山に入る事は流石に遣ってはいません。ただ、滞在中に一度位はピクニック感覚で遣りたいと思います。
習慣化するのではなく、思い出としてね。
そんな訳で昼食も済ませて準備が出来ましたから山に向かおう──という所でメレアさんが。
「アルト様、御客様です」
「俺に?」
母上やメアリー様にではなく、俺に?──なんて考えたのが判った様でメレアさんに睨まれます。
判っていますよ。俺も一応は男爵な訳ですから。そういう御客も来る可能性は有りますもんね。
今の所や父上達やアイリーン様、陛下達が上手く捌いてくれているみたいで来てはいませんが。
そうなる可能性は有る訳ですから。
仕方無い。フォルテ達には待って貰いましょう。その手の話なら直ぐに終わらせられるでしょうし。
──なんて思ったのがフラグでしたかね。
「フロイドさん?」
「久し振りだな、アルト!、元気だったか?」
メレアさんが案内して来たのは意外な人物。
イトッファで御世話になったフロイドさん。
母上もクライスト家の夫人として挨拶と御礼を。然り気無く服装の事も口にする辺りは流石です。
だって、俺もフロイドさんも気にしないもん。
尚、メアリー様の事には流石に驚いていました。俺を見て「え?、マジか?」と訊く様にね。
そうなる気持ちは俺自身が一番判ります。
「態々訪ねて来られるとは思っていませんでした
今日はどうされたんですか?」
「ああ、実は実家に帰るんだ
元々、期限付きで好きに遣らせて貰ってたからな
流石に約束を反故にしてまで勝手な真似は出来無い
旅を続けるにしても一度戻って話してからだ」
「その方が後々仲違いしなくて済みますしね」
「仲が悪い訳でもないし、悪くしなくもないしな
面倒だが、こういう事は筋を通さないとな」
そう話すフロイドさんは、やはり男前ですよね。面倒見の良い兄貴分肌なのが判ります。
実際には舎弟が何れだけ居るかは知りませんが。周囲から慕われる人柄なのは確かでしょう。
まあ、逆恨みや嫉妬はベクトルが違いますから、それなりには有るかもしれませんけどね。
其処はイケメンの宿命でしょう。
「それで帰る前にアルトに会って置きたくてな」
「……俺は男ですし、妻と婚約者も居ますが?」
「そんな誤解される様な事言うなっての……
帰る前にな、御前と手合わせしたいと思ってだ」
「俺とですか?」
「これでも腕に自信は有る
それなりには旅をして経験と実績も重ねた
俺より格上の相手だって何十人と見てきた
だがな、アルト、御前が初めてだ
こうして向き合っても尚、その実力が判らない
それ程の相手に出会ったのは」
そう言ったフロイドさんの視線と雰囲気が一変。スキルによって見抜こうという訳ではなくて。
明らかに肌感で感じ取る類いのもの。
そして、フロイドさんはズゥマですからね。特にそういう感覚は鋭いんでしょう。
ズゥマの価値観として個人の強さは尊ばれます。誰もが弱肉強食に忠実──とはまでは言いませんが強者に対する憧憬や尊敬の念は強いんだそうです。メレアさん情報によるとね。
だからフロイドさんが俺に興味を持った事自体は決して可笑しくは有りません。
ただ、こういう場合の回避方法が思い付かない。だって、口で言っても無駄でしょうし、戦ってみて手を抜けばバレるでしょうから。
まあ、戦闘系のスキルは持ってはいませんから、飽く迄も純粋な技量という意味なんでしょうが。
…………戦うしかないんでしょうね。
「言って置きますけど、まだ九歳ですから洗礼式も済んでいない子供ですよ?」
「それが強さの全てではない
少なくとも、俺は御前が弱いとは思わないからな」
「……はぁ~……まあ、御世話に為りましたしね
それでフロイドさんの気が済むのなら構いません」
「有難う、感謝する」
嬉しそうに、しかし、丁寧に返すフロイドさん。その姿勢は武人という感じです。
やっぱり、これは手抜きは出来ませんね。
まあ、俺も今の自分の実力が何処まで通用するか試してはみたいですから。真剣に戦りますか。
庭に出て、俺は練習に使っている木刀を握る。
フロイドさんの方は格闘戦が得意なんでしょう。軽く身体を動かしていますが、武器は無し。
身に付けていた短剣等はメレアさんに預けたまま準備していますからね。
気を抜くと直ぐに終わりそうです。
……そうしようかな。
いや、それは後で面倒な事に為りそうですから。此処は真面目に遣る事にしましょう。
「それでは…………始めっ!」
審判を務める母上の合図と共に前に出る。
すると、フロイドさんも前に出た。様子見をする可能性が高いと思っていたんですけどね。無邪気な子供みたいな笑顔を見て納得。余程、俺と戦う事を楽しみにしていたんだと伝わります。
だから、俺も真剣に応えるとしましょう。
木刀の長さが加わり、僅かに勝るリーチ。それを活かして片手突きで先制攻撃。
しっかりと見極めギリギリで躱すフロイドさん。毛先を掠めて切り落としても怯みもしない。
ズゥマの人って「毛先まで神経が通っている」と言われる程に超敏感だって話だったんですけど?。それだけ集中している証拠ですか。
そんな事を考えている間にフロイドさんの右拳が俺の顔面に迫ります。容赦有りませんね。
それを空いている左手で受け止め、往なしながら利用して方向転換。左脚を振り上げ畳みながら膝を捩じ込む様に脇腹を狙う。
それに合わせる様にフロイドさんも右膝を当ててブロックしながら、力を逸らす。
打付かり合った膝を支点に御互いに回転。
流れのまま木刀の柄尻を叩き付ければ、左拳での裏拳で迎撃され、俺の左の回し蹴りを右の回し蹴りによって相殺し、御互いに飛び退く。
一呼吸置く事無く、再び前へ。
木刀を持ってはいますけど、形には拘らず体術も使いながら攻めます。
受けに回って長引かせる気は有りません。
これは勝ちに行かなくてはならない戦いなので。
数分なのか。数十分なのか。或いは一時間なんて疾うに越えているのか。
時間制限なんて無いからこそ。
相手を倒す事だけに集中しているからこそ。
余計な思考は削ぎ落とされ、研ぎ澄まされる。
其処で、敢えて雑念を混ぜる。
それは動きやキレに明確に現れてしまう。
だからこそ、此処が勝負所だと感じ取る。
その瞬間、無意識に身体は力む。
「────っ!?」
決めに掛かった瞬間。
フロイドさんの喉元には俺の木刀の切っ先が。
弾く事も、躱す事も、掴む事も出来無い。
少しでも動けば即座に反応し、攻撃出来る状態で静かにフロイドさんを見据える。
緊張、驚愕──そして、称賛。
フロイドさんが力を抜き笑みを浮かべたのを見て母上から決着を告げる声が上がった。
そう言えば、母上が審判でしたね。
勝敗を分けた瞬間の種明かしをするとですね。
高い集中状態は、視野・思考狭窄と背中合わせ。しかも自覚し難いから厄介だったりするんです。
それでも、意図して隙を作ったり誘い込む真似は気付かれたり感付かれたりするもの。
しかし、無関係な雑念による集中力の欠如や乱れというのは意図していない為、判らない。
つまり、純粋な隙にしか思えないんです。
だからこそ、食い付いてくれますし、その瞬間が逆に勝負を決める絶好機となるんです。
後は如何に自然体で動けるかです。




