33話 山歩
あれから早一週間。穏やかだった筈の人生設計が色々と頭を抱えたくなりましたが。
今日も空は青く。ゆっくりと白い雲が流れる様は此方等の事情なんて他人事の様で。
眺めていると八つ当たりする様に怒る気力でさえ殺がれて馬鹿馬鹿しくなってしまいます。
……現実問題、回避する術も有りませんからね。もう自暴自棄じゃないですが、開き直ります。
世の中、成る様にしか成らない事も有ります。
尚、ケリノス殿の正妻の方を含む四人の奥様方は実家に戻らず、後々マステディオさんの側室としてアイドリー家に尽くすそうです。
継承権は発生しませんが、一族の血を増やす為に必要な事では有りますからね。
それに彼女達も実家に戻っても不遇になりますし良い条件で再嫁する事は難しいでしょう。
何しろ、七年近くケリノス殿と夫婦として生活し既に御関係も持たれていたそうですから。
それで子供が出来ていないのは仕方の無い事。
正妻が十五歳になるまでは避妊をするのが常識。先に側室が妊娠する事は内を乱す事に繋がります。その為、その辺りは滅茶苦茶厳格だったりします。
結婚させるのは滅茶苦茶早いのに。
それなら十五歳まで婚約者で良いじゃない。
そう呟いたら、「それもこれも、アルト様の様な方を逃がさない為です」と。
メレアさんに言われて不服ながらも納得。
まあ、彼女達も貴族の娘さん達ですからね。
一族の直系の子供を増やす為に身を差し出して、見返りとして生活を保証して貰う。
そういう風に考えられるので大丈夫でしょう。
マステディオさんとは、上は三歳上、下は同い年という事で然程年齢差も有りませんしね。
義姉属性が有る分、背徳感を味わえる事かと。
マステディオさんの趣味嗜好は知りませんが。
尚、姉上に関しては心配の必要は有りません。
既に彼女達を慰め、励まし信頼を得ているので。流石です、姉上。男前過ぎます。
寧ろ、マステディオさんの方が心配です。
身体を壊さなければいいんですけどね。
まあ、頑張って貰わないといけませんけど。
簡単そうで難しい。矛盾しますからね~。
「アルト様、目を逸らしても現実は変わりません」
「いいでしょ?、減るもんじゃないんだから」
冷血に現実を突き付けてくるメレアさんに対し、半泣きに為りそうなのを堪えながら返す。
これが今出来る精一杯の強がりなんです。
少し位、現実逃避したっていいじゃない。
そう思いながら視線を向ける。
「御姉様、これで宜しいのでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ
動き難い事は有りませんか?」
「はい、問題有りません」
そうフォルテと会話しているのはメアリー様。
俺達が散策したり畑仕事をするのに着る作業着と同じ物を用意して貰い、その着方をフォルテに習いながら微調整をしているんですが。
ええ、メアリー様が来ているんですよ。
それも今日から半月間、一緒に生活をします。
ええ、完全に外堀を埋められていますよね~。
……泣いてもいいですか?。
「何も変わりませんが?」
普段ならば、この流れだとフォルテに泣き付いて甘える所なんですが。今は出来ません。
メアリー様が居るから、というだけではなくて。
「……少し胸がキツいわね」
「それでは、この位でしょうか?」
「ええ、その位で丁度良いわ
それから肩回りにも少しゆとりを持たせて丁度」
「畏まりました」
そうクーリエさんと話しているのは母上です。
ええ、何でもメアリー様の付き添い、という形で母上も暫く一緒に生活するんですって。
ねえ、聞きました?、奥様?。
いや、フォルテの事じゃないんですけどね。
三日前、急に書状が届けられ、有無も言わさずに決定されたんですが。
絶対、例の代官関連の話と繋がってますよね?。その話の流れで、メアリー様との関係を確実にする方法としての滞在ですよね?。コレってば。
百歩譲ってメアリー様は構いません。俺の側室が決定している訳ですから。今更拒絶もしません。
しかし、母上の登場は予想外です。
事前連絡が有ったからフォルテ達と色々と話して色々とバレない様な生活を考えましたが。
母上が居る、というだけで緊張感がヤバい。
……まあ、それは主に俺だけの話なんですけど。
フォルテは母上とは仲が良い義母娘ですからね。こうして時間を作れる事には前向きですし。
メレアさん達は否も無し。特に困る様な事なんて普段の生活でも遣ってはいませんからね。
ええ、俺だけなんですよ。ヤバいのは。だから、静かに現実逃避してたんです。
…………アレ?、もしかして孤立無援?。
フォルテも今回ばかりはフォローもし難い事だし俺が頑張るしかないみたいです。……はぁ~……。
まあ、こう遣って嘆いても何も変わりませんから切り替えて行くしか有りませんか。
それにしても……メアリー様は兎も角として。
母上、何故そんなにも着なれたオーダーを?。
「貴方達程ではないにしろ、私達も以前は冒険者を生業としていましたからね
こういった服を着る事は珍しく有りませんでしたしクライスト家は農耕で功を成した訳ですからね
その伝統や慣習を私達も経験・継承しています」
「そうなんですね……俺、言ってました?」
「貴男は御父様に似て顔に出易いですからね
それなりに慣れれば大体は判ります」
そう言い切る母上には勝てる気がしません。
いや、別に母上と何を争う訳でも有りませんし、戦ったりする訳でも有りませんけど。
やはり、子は母親には勝てないのでしょうね。
父親?。世の中の超えるべき代名詞ですからね。全力で超えたいと思います。
尚、それは未来の我が子達にも言える事です。
「この父を超えてみよっ!」とかね。
言って煽ってみたいですから。
闘争心豊かな息子・娘、大歓迎です。
でも、御母さん達への無礼は赦しませんけどね。そんな恥知らず恩知らずな親不孝者には……ね?。ちゃんと思い知らせる事も父の愛です。
準備が整ったらメアリー様と母上をパーティーに加えて俺達は未だ見ぬ冒険に出掛けます。
嘘です。普通に山に入るだけです。
まあ、普段通りに、とはいきませんけどね。
その理由はメアリー様が居るからだけではなく、母上に俺の秘密がバレない様にする為です。
多少不便になる事は仕方が有りません。
ただ、モンスターが居る訳では有りません。
まあ、非力な子供からすればモンスターも獣も同じ様に脅威でしかないんでしょうが、俺達には今更ですからね。気にもしません。
しかし、メアリー様は別です。まだ三歳ですし、王城から外に出る事自体が初めての経験ですから。ちゃんと其処は配慮しなくては。
幸いなのはメアリー様の度胸でしょう。警戒心は有りますが好奇心の方が勝ち、恐怖心に負ける様な様子は見られません。無い訳では有りませんがね。その逞しさは頼もしいと言えます。
その為、其処まで慎重にはなっていません。
勿論、普段よりは慎重になっていますけどね。
メアリー様は常に俺かフォルテの傍に居ますから万が一の時には何方等かが護れます。
──で、母上なんですが。
母上は先頭を歩いており、今は猪と対峙中です。
山に入ってから最初に見付けた鹿を相手に一人で戦った後、「鈍っているわね」と一言。
其処からは大きな獲物は全て母上が。
俺とフォルテは静かにメアリー様に山菜の事や、弓矢を使った野鳥の狩り方を教える程度です。
メアリー様との出逢いを考えると狩りに対しては忌避感や嫌悪感を持たれるかと思っていたんですが意外にも積極的に取り組んでいます。
流石に狩りを実際に遣るには幼いんですけど。
ただね、フォルテもそうだったんですけど元々の姿勢が良いので弓術を遣る基礎というのが有るから少し教えただけで様に為ります。
そういう意味では、武術というのが特権階級用の指南技法だったというのも頷ける話でしょう。
──という事を考えている内に母上が猪を倒す。
「ふぅ~、良い汗を掻いたわね」と言うかの様に持参した現役時の愛用だったという片手剣を収め、慣れた手付きで猪を魔法の道具袋に回収。
その様子を見て母上が本当に冒険者だったのだと納得しました。そして、かなりの実力者だと。
うん、冗談抜きにして、母上、強いです。
特にスキルを使った様子は有りませんでしたが、終始危なげ無く猪を圧倒。寧ろ、本当に肩慣らしなだけみたいですから。
我が母親ながら、恐るべき淑女です。
……あれ?、そうなると父上も当時は凄かった、という事になるのかな?。とても今の父上からでは想像し難い姿なんですけどね。
現役時の父上は将来有望だったり、有名だったりしたんでしょうか。孰れ、調べてみたいです。
──と言うか、母上?。そんなに御転婆な貴女の血を俺や姉上は色濃く受け継いでいると思います。だから、仕方が無い事なんだと思います。
「それはそれ、これはこれです
貴族として、冒険者として
きちんと両立させられれば何も文句は有りません
貴男の場合、既に色々と遣らかしていますからね
それが悪い方に傾かない様に、誰かが言わなければならない、というだけです」
「それには感謝しています」
「そう思うのなら、早く決めて欲しいものです」
「それはそれ、これはこれです」
そう言って母上と笑っていない視線の刃を交え、火花を散らす。此処で退けば敗けですから。
誰しも、絶対に退けない時は有るものです。
尚、メアリー様には見せてはいません。
空気の読める良妻のフォルテが然り気無く話題を振って意識を別の所に向けてくれていますので。
だから、俺も母上も長々とは戦り合いません。
本の2~3秒といった所です。
飽く迄も、クライスト家の母子問題なので。
メアリー様の安全を考え、普段よりは早く下山。昼食を早めに取ってからだったので時間も短い。
それでも、メアリー様には新鮮だったみたいで。フォルテや母上と楽しそうに話しながらキッチンで初めてとなる料理にも挑戦中です。
久し振りにオロオロしているクーリエさんを見て昔を思い出しながら、ほっこり。
貴女も少しは初心に戻っては如何ですか?。
「私と彼女とでは立場が違います
それでは本家の先輩方に会わせる顔が有りません」
そう言いながら俺と一緒にテーブルの準備をするメレアさん。成る程、それは大変ですね。だから、そんな風に睨まないで下さい。他意は無いので。
普段なら俺も料理に参加しているんですが。
あんまり遣るとメレアさん達に睨まれます。
その上、今はメアリー様がフォルテや母上と仲を深める事も重要で。その為の共同作業です。
男は黙って、テーブルの準備。
「アルト様、御待ちの間に此方等を」
「……これは?」
「アイリーン様からの御紹介だそうです」
「………………」
昔ながらのコンクリート造りの雑居ビルの様に。テーブル上に綺麗に積み上げられた御見合い写真。前よりも高くなっているのは気のせいですか?。
……そうですか。気のせいではないんですね。
無言のまま小さく首を左右に振ったメレアさんの態度で言いたい事も判ります。
でも、まだ時間は十分に有りますよ?。
いやまあ、それはね?、早い方が相手にとっても俺達にとっても良い事なんでしょうけど。
まだまだ俺は新婚さんなんですよ?。フォルテと二人きりでイチャイチャしたいんですが?。
「それは何人居ても遣れば出来ます」
ばっさりと一息に切り捨てると、テーブルの上に二棟目のビルを音も無く建てるメレアさん。
仔犬の様な潤んだ目を向けて訴える。
しかし、メイドには通じなかった。
…………諦めて、取り敢えず目を通しますか。
嗚呼、和気藹々と楽しそうな義母娘の、義姉妹の弾む様な朗らかな声に視界が滲む思いです。




