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32話 訃報


 メィヴェの月、22日。

 今日も平和な日常に感謝しながら山でフォルテと狩猟採取(散策)の真っ最中の時です。

 長閑な田舎の平穏を切り裂く様に響いた高音。

 フォルテと顔を見合わせると直ぐに後始末をし、フォルテを抱え上げて、山を一気に駆け下る。

 5ミード位までなら崖も飛び降り、谷を飛び越え最短距離で突き抜けます。


 先程の高音ですが。その正体は特製の呼び笛(・・・)

 俺達が山等に出掛けている際、もし、何かしらの急を要する事が起きた場合に備えて用意した物。

 普段から家に置いて有りますが、実際に使うのは今日が初めてだったりします。


 ただ、だからこそ俺もフォルテも緊張します。

 今まで一度も、そういう事は無かったので。



「────って、母上?」



 急いで帰って見れば、リビングには母上の姿が。

 初めての事だったのでリビングの窓際──丁度、裏庭を望む場所に着地したのは失敗でしたね。

 これは流石に、どう言っても誤魔化せません。

 ばっちり目撃されてしまいましたから。


 それはそれとして、その母上なんですが。流石に一瞬だけ驚きはしましたが、三秒と掛からず嘆息。抱えていたフォルテを下ろしている間に側に来て、軽く頭を叩かれました。

 ──ああいえ、実際には頭に付いていた葉っぱを叩き落とした、と言うべきなんでしょうね。

 ただ、それは口実だと思います。

 だって、母上の目が笑っていませんから。

 まあ、全力で叩かれていないだけ増しですかね。飽く迄も「どうして貴男は……」な感じなので。

 長々と御説教されるよりも増しですから。

 尤も、言っても意味が無いと思われているのかもしれませんけど。流石ですね、母上。


 ──なんて事を考えながら遣る事を片付けます。

 母上の事はフォルテは任せて置けば大丈夫です。フォルテの癒し効果は全方位に有効ですから。



「鳴らし方で使い分ける様にしないと駄目だね」


「アルト様、反省する点が違うと思われます」



 今日の収穫が入った道具袋をメレアさんに手渡しながら呼び笛の欠点──と言うか問題点を言ったら一刀両断されました。

 でも、実際に遣ってみたから判ったんだし。

 その経験を活かさないとね。勿体無い。


 フォルテの様に──と言うか、女性に比べると。俺は身嗜みや汚れる事を気にしません。

 気にしていたら、狩猟なんて出来ませんからね。クーリエさんが恐くても此処は譲れません。

 その為、ちゃんと外で埃や塵を落とします。

 酷い時は服を廃棄。その場でクーリエさんに裸に剥かれた事も有りました。流石に一応は下着だけは残してくれましたが。連携するメレアさんに頭から水をぶっ掛けられました。夏で良かったです。

 まあ、今では滅多に遣らなくなりましたけどね。去年の夏頃は俺も初心者でしたから。

 今は多少は成長しましたので。



「母上が御一人で来られるのも久し振りですね」


「ええ、以前の様な理由でなら良かったのですが」



 そう言った母上の様子に俺とフォルテは一瞬だけ視線を交わし、姿勢を正す。

 メレアさん達も表情が僅かに強張った。



「……先日、ケリノス殿が亡くなられました」


「ケリノス殿と言うと……マステディオさんの兄でアイドリー家の御嫡男のケリノス殿ですか?」


「そうです」



 母上の肯定にフォルテと顔を見合わせる。

 俺達は姉上の結婚の時に顔を合わせただけ。

 先日の俺の誕生日パーティーには、現当主であるアイリーン様と姉上達が出席。

 アイドリー家としては嫡男であるケリノス殿達も出席させたいでしょうが、俺達の性格を知っているアイリーン様が配慮してくれていたのでしょう。

 まあ、今後も顔を見合わせる機会は有るだろうと思っていましたが……まさか、亡くなられるとは。思ってもみませんでした。



「どういった経緯かは御訊きしても?」


「軽々しく他言してはいけませんよ?」


「はい、それは勿論」


「当時、ケリノス殿は奥様方と他家との交流の為、先方に出向かれていました

特に何も問題は無かったのですが……

トイレに立ち、あまりにも戻って来られない事から様子を窺いに行った先方の執事がトイレの中で床に倒れていたケリノス殿を発見しました

そして、その時には既に……」



 色々と聞かせては問題が有るだろう部分は母上が自主的に伏せてくれてはいましたが……衝撃です。

 隣に座るフォルテが話を聞き無意識にでしょう。俺の手を握ります。「行かないで」と言う様に。

 恐らく、自分をケリノス殿の奥様方の立場に置き想像してしまったんでしょうね。

 だから安心させる様に優しく握り返します。


 それは今は置いておくとして。

 気になる事を母上に確認したいと思います。



「ケリノス殿はトイレの中で倒れられていたという話ですが、便器に向かってですか?」


「ええ、入る際に躓き、頭を打付けたのではないかというのが亡くなった理由だと考えられています」


「──という事は頭部に傷や打撲の痕が?」


「丁度、左の額──眉尻の上辺りだそうです」


「掌や他の場所には?」


「左膝と左腕、左脇腹にも有ったそうです」


「右手には無かったんですか?

或いは、何かを持っていて、落としていたとか」


「いいえ、そういう話は聞いていません」


「…………アルト様?」


「それは多分、躓いたんじゃないと思います」


「それは、どういう事です?」


「姉上の結婚の時に見たケリノス殿は右利きです

もし、入る際に躓いたなら、便器に向かって倒れる瞬間に右腕で顔を庇うか、右手を便器に着きます

五歳以下の子供か、寝起きや眠い時、体調の悪い時でもなければ、反射的に、そうする筈です」


「……成る程、確かに貴男の言う通りですね」


「はい、それなのに右手や右腕に打撲痕は無い

総じて左側に有ります

ですから、ケリノス殿は躓いて頭部を強打した事で亡くなったのではなく、トイレに入ろうとした時、意識を失った(・・・・・・)んだと思います」


「「「────っ!!」」」



 そう言うと、フォルテ達の顔が強張る。

 何しろ、近い事を俺が遣らかしましたからね。

 俺は運良く、大した怪我も有りませんでしたが。打撲痕は何ヵ所か出来ていました。

 若いんで直ぐに治りましたけどね。


 ただまあ、フォルテ達の反応も当然の事で。

 運が悪ければ、俺も死んでいた可能性が有る。

 それを想像さてしまったからです。


 でもね、そういう事って実は日常茶飯事です。

 何時でも何処にでも死は潜んでいますから。

 生きるか死ぬか。

 明暗を分ける差は、運か、備えか、経験か。

 何にしても、絶対は難しい事なんですよ。


 だってほら、俺って人生二度目なんで。

 まあ、それは流石に誰にも言えませんけどね。



「まあ、飽く迄も俺の推測ですし、亡くなった事に変わりは有りませんから

その辺りを追及しても仕方無いとは思いますが」


「いいえ、貴男の推測には十分に価値が有ります」


「──へ?」


「当初の話の通りに躓いて亡くなったのだとすればケリノス殿の不注意というだけでは済みません

先方の責任や、使用人達の見落とし等、亡くなった事に対する追及をしなくては為りません

それが、貴男の推測の通りなら、何方等にも責任は無いという事になります

この違いは非常に大きい事です」


「あー……そういう事なんですか……」



 成る程、母上の言いたい事が判りました。

 要するに訴訟問題になるって話なんですね。

 前世でも色々有ったんで察しが付きました。

 そして、拗れると他も巻き込まれる訳ですから。それは大きな違いですよね~。


 宅は姉上が嫁いでいますから尚更にですね。

 だから母上、そんな眼で見ないで下さい。

 「本当に判っていますか?」って感じで。



「──って、あれ?、母上、ケリノス殿って確か、今年の誕生日が来て十五歳でしたよね?

御子さんって出来てるんですか?」


「……はぁ~……いいえ、居ません

産まれてもいませんし、妊娠してもいません

その事も有り、貴男達を迎えに来たのです」


「……と仰有いますと?」


「これから直ぐに一緒にアイドリー家に向かいます

御父様達は既に向かっています」


「何故に俺達も?」


「貴男は男爵位を賜りました

そして、エイラとは実姉弟です

今、一族の直系はマステディオ殿だけです

エイラの産む子が、次のアイドリー子爵となる事は確定していると言っても間違い有りません

それに、貴男はエイラに色々と協力していますから今後は更に直接的にアイドリー家と関わる訳です

判りましたね?」


「ア、ハイ、判りました」



 口調こそ丁寧ですが、母上は激怒りの御様子。

 この愚息め、空気は読めるで御座いまする。




 そんな訳で、母上と共にアイドリー家へ。

 最近はメレアさん達が何時でも動ける様にと常に御出掛け・御泊まりセットを用意していまして。

 着替える時間も惜しいと即座に出発しました。

 流石は宅の敏腕メイド達です。隙が有りません。でも、男は隙の有る方が好みですよ?。

 スミマセン、何デモアリマセン。


 今回は穏やかな移動ではなく超特急でした。

 事が事の為、仕方有りません。

 因みに、その道中。母上から御説教が続いたのは言うまでも無い事でした。


 仕方無いじゃないですか。

 俺は王公貴族の社会からは離れたいのに大人達が離してくれないんだもん!。

 俺が悪いんじゃないのにーっ!。

 ──と、心の中で愚痴を叫ぶのでした。

 だって、言える状況ではなかったので。



「──と、アルトは推測しています」


「成る程……言われて見ると確かに……判りました

彼方等にも、その様に御話しして協議します

アルト殿、貴重な御助言、感謝致します」


「あ、いえ、御役に立てたなら良かったです」



 続けて、「アハハハ……」と乾いた笑いが思わず出てしまいそうになる程に場違いな感じがします。

 当然と言えば当然なんですけど──空気重っ!!。

 出来る事なら今直ぐにでも退席したいです。

 俺も実質的には一家の当主なので無理ですが。

 なんちゃってなペーパー貴族なんですが?。


 それは兎も角、まだ葬儀も終わっていないのに。もう先の事を考えないといけないんですから。

 王公貴族の義務って本当に重いですよね。


 まあ、悲哀に泣き暮れてはいられませんよね。

 民の生活を背負っている以上、個人の感情よりも公共の利益を優先しなければなりませんから。



「それで、アイリーン様、どの様に致しますか?」


「……現実的に考えてもマステディオを当主とする事は難しいでしょう

ですから、エイラさんとの子が継ぐまでは私が今の状態で継続するのが無難でしょう」


「そうですね………………いや、待てよ……

アイリーン様、一つ御提案が有るのですが」


「何でしょうか?」


「その繋ぎの間をアルトに任せて頂けませんか?」


「──ちょっ!?、父上っ?!」


「洗礼式が終われば領地運営の経験を積ませる為、宅の領内か、王家の直轄地で代官をする予定です

もしも、御了承頂けるのでしたら、私達から陛下に御話しさせて頂きます」


「……そういう事でしたら、是非も有りません

アルト殿であれば私も安心して御任せ出来ますし、エイラさんにとっても心強い事でしょう」



 ……………………え?、何これ?、決定なの?。アイドリー子爵領で代官遣るの?。……マジ?。

 いやまあ、こういう状況ですから、姉上を手助け出来るなら頑張りはしますけど……。

 ──と言うか、そんなに長くは……あ、成る程。マステディオさんの成長待ちなんですね。



「そうなると、やはり、来年の洗礼式までに側室を見付けておくべきだな」


「その方が良いでしょうね

アルト殿、気になる方はいらっしゃいますか?

私の方でも御力に成りますよ」


「あ、有難う御座います……」



 俺、笑えてる?。顔、引き吊ってない?。

 ……うん、多分無理だよね、コレは。

 誰か助けてえぇーーっっ!!!!。




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