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 30話裏


 ドレスの裾を両手で優しく掴んで、本の少しだけ引き上げると、其処で止める。

 そのまま左足を半歩引いてから膝を軽く曲げて、腰を落としながら俯く様に頭を下げます。



「私はメアリー・アルネッタ・ド・メルーディア

メルーディア王国の第四王女、三歳です」



 そう、御挨拶する様にと教えられたのですが。

 はっきり言って、よく判ってはいません。

 ただ、そういうものなのだと。

 御母様に言われた通りにしています。


 そんな私を見て、御母様と御父様は笑顔で拍手し嬉しそうに頷いて下さいます。



「予定よりも随分と早い社交界デビューになったが無事に初顔合わせが出来そうだな」


「ええ、ちゃんと御挨拶も出来ていましたしね

とても上手でしたよ、メアリー」



 そう言って、傍に来た私を御母様が抱き締めて、頬擦りをしながら誉めて下さいます。

 擽ったいですが、御母様の温もりが心地好くて。ずっと、こうしていたいと思います。


 それと同じ位に、御母様に、御父様に頭を撫でて貰うのが、とても嬉しくて。私は大好きです。

 御兄様達・御姉様達も優しくしてくれますが。

 一番は御母様。御母様に抱き締められている時が私は物凄く大好きです。

 そして、今は御兄様達も御姉様達も居ませんから私が御母様を独り占め出来ます。

 それが、とても嬉しかったりします。


 こうして御母様の大きくて柔らかくて暖かい胸に顔を埋めて甘えられる時間が何より幸せです。

 ……あ、ですが、最近食べたアプロベリーという物を使ったジャムも大好きです。

 御父様と御母様に贈られた物なのだそうですが。

 とても優しい甘さで食べ易いのも有りますけど、色々な食べ物に合うのも凄いと思います。

 少し苦手だった紅茶に入れると、ほんのりと甘く変えてくれて飲み易くしてくれました。

 だから、今、私の一番好きな食べ物は間違い無くアプロベリーを使ったジャムです。



「ふふっ、メアリーは甘えん坊さんね」



 そう優しく弾む様な声音で言いながら頭を撫で、髪を梳いてくれる御母様。

 御母様の綺麗な指が触れていると髪の一本一本で感じ取れる様に目蓋を閉じて意識を傾ける。

 そうすると、もっともっと御母様を感じられる。そんな気がします。


 こんな風に御母様に沢山甘えられる事は少なくて珍しい事です。

 御母様も普段は御仕事で御忙しいので、こうしてゆっくりと一緒に居られる時間は限られています。それでも御母様は私と──私達と過ごす時間を考えて作って下さり、とても大切にされています。

 その事を知ってから、もっと御母様の事を好きになりましたし、尊敬する様になりました。

 そして、この時間を大切にしたい。

 そう心から思う様になりました。


 もっと御忙しい御父様とは、更に一緒に居られる時間は少ないのですが。寂しくは有りません。

 私としては御母様に会えない方が寂しいです。

 ですから、御仕事で御母様が御城を離れられると幼い私は御母様と御一緒する事は出来無ません。

 その為、御一緒する事の出来る歳上の御兄様達や御姉様達が羨ましいです。

 仕方の無い事だとは判ってはいても。羨ましいと思ってしまう気持ちは抑え切れません。

 勿論、それを口にしたりはしません。

 御母様は勿論、御兄様達や御姉様達まで困らせるつもりは有りませんから。




 そうして暫くの間、三人で過ごしていました。

 しかし、ずっと続きはしない事なのだと最初から判っていました。

 とても大事な式典が有るのだと聞いていますから御父様と御母様も御忙しい筈ですから。

 少しでも一緒に居られて嬉しかったです。



「さて、そろそろ我々も身仕度を整えねばな」


「もうそんな時間ですか……仕方有りませんね

メアリー、控え室で待って居てね」


「はい、御母様」



 そう笑顔で返事をすると抱き締めて、額に優しくキスをしてくれる御母様。

 「御母様、行かないで」と。

 「私も一緒に行きたい」と。

 そう言いたくなる気持ちは有りますが。

 我慢しなければいけないのだと。

 御兄様達・御姉様達を見倣っています。

 そうしていると御母様が。序でに御父様も喜んで下さいますし、誉めて下さいますから。


 御父様と御父様と一緒に部屋を出て、案内されて私は一人で別の部屋に。

 今日は御兄様達や御姉様達も居ません。

 それが心細い──とは思いません。

 普段から一人で過ごしたりメイドの方達と過ごすという事が多いので。


 案内された部屋は初めて来た部屋。

 住んでいるとは言っても、私が自由に移動出来る部屋や場所は多く有りません。

 そして、御城の中では一番奥(・・・)だそうで。

 聞けば御兄様達や御姉様達も初めて御城の奥から出たのは五歳に成ってからなのだそうです。

 そういう意味では私は特別なのだそうです。

 どうしてなのかは判りませんが。

 何かしらの理由が有る事だけは判ります。


 ただ、御父様や御母様の顔を見ている限りでは、特に不安になる事ではないのだと思います。

 ……緊張はしていますが。




「…………?………………鳥の声?」



 私しか居ない静かな部屋の中。聞こえてきたのは必死に鳴いている様な鳥の声。

 裏庭に出られる扉を開け、そっと顔を出します。

 回りに誰も居ない事を確認してから、外へ。


 内緒ですが、こういった事をするのが楽しくて。知らない場所や初めて行った場所等を探検する事が実は大好きだったりします。

 話に聞く“冒険者”という方達の様に色々な所に行ってみたいと思ったりもします。

 御母様に怒られない様に、ですが。


 裏庭に出て鳴き声を頼りに辺りを探すと、大きなメイフュールの樹の根本の花壇の中に小鳥が。

 確か……子供の鳥は雛と呼ぶのだったかと。

 そんな事を考えながら、側に行き、屈み込んだら優しく両手で掬い上げる様に持ちます。


 とても小さくて軽い。

 それなのに、とても熱い。

 初めて触れる生命。


 どの様に表現すればいいのか判りませんが。

 胸の奥が、じんわりと熱くなった気がします。



「貴方、御母様や御父様は?」



 そう訊ねても話せる訳ではないのですが。

 その仔に、少しだけ自分を重ねてしまいます。

 そんな事は有り得無い事なのに。

 御父様が、御母様が、御兄様達が、御姉様達が。周りに居た誰も彼もが。

 私を置いて居なくなってしまう。

 そんな状況を思い浮かべてしまったから。

 気付けば景色が滲んでいました。



「どうしたのかな?」



 その時、後ろから声を掛けられました。

 驚いて、慌てて、困って。

 立ち上がって振り向いて。

 涙を拭おうとしても両手は塞がっていて。

 手の中の雛を、どうする事も出来無くて。

 何を言えば良いのか判らなくなって。


 ──気付いたら、優しく涙を拭われていて。

 私と同じ顔の高さに屈んで微笑む彼に。

 優しく頭を撫でられていました。


 私よりも背が高く、歳上の方。綺麗な金色の髪に宝石の様に深くも美しく蒼い眼。

 恐らく御兄様達よりは歳下なのだと思いますが。ずっと頼もしく見えてしまうのが不思議です。

 そして、御母様の掌と同じ様に暖かい。

 もっと撫でていて欲しいと思います。



「メルーダクイナの雛か、巣から落ちたんだな」



 そう言うとメイフュールの樹を見上げられて。

 その視線を追う様に見上げると確かに鳥の巣が。本物は初めて見ました。

 巣の側の枝に居るのが、あの仔の御父様と御母様なのでしょうか。


 巣を見上げていると彼は樹の根本の周囲を見て、落ちていた鳥の糞を掴みました。

 そして、そのまま掌に塗る様に潰されます。

 吃驚していると此方等を見て苦笑されます。



「人の匂いが付いてると親が自分の子供じゃないと勘違いして巣から追い出したりするんだよ

だから、こう遣って人の匂いを消しつつ、自分達の匂いのする糞を使って匂いを付けて遣る

そうすると安心し易いんだ」



 そう言いながら、私から雛を受け取ると、匂いの付いた両手で優しく撫でる。

 私の掌では怯える様に震えていた雛。それなのに彼の掌の中では安心した様に大人しくなる。


 その様子に御母様に抱き締められている私の姿を思い浮かべて重ねると納得出来ます。


 それから彼は片手に雛を持ったまま、樹を軽々と登っていき、雛を巣に戻すと直ぐに側を離れる様に私と一緒に移動し、様子を窺います。


 警戒して離れた親鳥が戻って来て巣に。

 匂いを確かめる様にして──何事も起きず。

 無事、家族の元に戻れた様で良かったです。


 それから彼は手を洗う為に直ぐに立ち去ったので私も部屋に戻りました。

 短い時間の事でしたが。

 とても勉強に成りました。

 何より、あの方と出逢えた事が嬉しくて。

 思い出していて、気付きました。

 御挨拶もせず、御礼も言ってはいない事に。


 生まれて初めて、後悔で泣きたくなりました。


 メイドの方が来て、別の部屋に案内されたので。実際には泣く暇も有りませんでしたが。




 それから、着ていたドレスから別の物に着替え。髪を整えたり、薄く御化粧されたり。

 鏡に映るのは私の筈なのに。

 ずっと大人に見えて。

 沈んでいた気持ちが少しだけ弾みます。



「メアリー、これから御会いする方は今日、新しく男爵位を賜り、九歳で貴族となった方です

そして、粗間違い無く、将来の貴方の旦那様です」



 そう御母様から聞かされて、理解しました。

 全ては、その方と御会いする為なのだと。


 ただ、弾んでいた気持ちは再び沈みます。

 私の、私達の結婚というものは、そうなのだと。御兄様達や御姉様達を見て知ってはいましたが。

 それが実際に自分自身の事となると、こんなにも素直には喜べない事なのだとは思いませんでした。こんなにも複雑な気持ちになるのだともです。


 それでも、御母様を心配させたくは有りませんし御迷惑を御掛けする訳にもいきません。

 いつも通り、そういう気持ちは飲み込みます。




 気を紛らわせてくれる様に暫く御母様と御話しをしてから、メイドの方に案内されて移動。

 ただ、どうしても緊張してしまいます。

 家族以外の王公貴族の方と会うのは初めてなので緊張しながら御母様と一緒に部屋に入ります。


 其処に居る方が、そうなのでしょう。


 しかし、私は驚かずには居られませんでした。

 先程とは服装が変わってはいらっしゃいますが、一目見れば同じ方なのだと判ります。

 あの方を誰かと間違える筈が有りません。


 ふと、頭の中に思い浮かんできたのは、御母様が読んで下さっている素敵な恋の物語。


 昔々、何処かの国の御姫様が十歳の誕生日の夜。悪い魔法使いにより呪いを掛けられて独りぼっちになってしまいます。

 けれど、御姫様は寂しさに泣き続ける事は無く、毎日毎日手紙を書いては魔法の花に紐で括り付け、風に乗せて飛ばしていました。

 この手紙を呼んだ誰かが会いに来てくれる。

 そう信じて。そう願って。そう縋って。

 軈て、五年もの年月が経った、ある日の事。

 一人の青年が御姫様の手紙を読み、御城へ。

 悪い魔法使いの仕掛けた数々の凶悪な罠を突破し邪悪な僕達を次々と退け、青年は突き進む。

 そして、悪い魔法使いを倒し、御姫様を呪いから解放して、二人は御城で幸せに暮らしました。


 それは物語であって、現実ではないのだと。

 そんな物語の様な恋愛は無いのだと。

 そう判ってはいるのだけれど。


 もしも。

 御母様が読み聞かせて下さる物語の様に。

 もしも。

 この世に、“運命”という物が本当に有るのだとするのならば。


 きっと、私にとっては今日という日なのだと。


 そう私は断言する事が出来ます。

 それ程に、これは奇跡の様な現実なのだから。



「私はメアリー・アルネッタ・ド・メルーディア

メルーディア王国の第四王女、三歳です」



 そう挨拶をしながら真っ直ぐに眼を見詰めます。

 驚かれた表情の、私の未来の旦那様。

 アーヴェルト様を。




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