28話 魔獣
ビッグホーン平原ブルが町の中に入った。
実は、それ自体は何も可笑しくはない事。
日常茶飯事と言う程に頻発する事ではないけど、毎年各地で十件前後は起きる案件。
今は丁度、クライスト領内を含む、メルーディア王国南部域に多く居る時期。
母上に捕まる前、フォルテと眺めていた平原にも遠くに姿を見る事が出来たのが、その群れの一つ。
だから、それ自体が起きた事は珍しくはない。
問題は、何故、そうなったのか。
平原ブルは暴れれば獣害を齎すのだが、基本的に温厚であり、臆病な性格。
その為、野生の平原ブルを狩ろうとすると意外と苦労する事は常識だったりする。
警戒心が強いから近付き難いし、強行突破をして群れに突っ込めばキレられて袋叩きで返り討ち。
つまり、野生の平原ブルを狩る旨味は少ない。
勿論、この世界でも天然物と養殖物とを比較して天然物を稀少視・高価視する概念は有る。
ただ、食品としては平原ブルは圧倒的に養殖物に軍配が上がったりする。
何しろ味に大差は無く、養殖物は脂乗りが良く、天然物は筋張っていて固く食べ難い。
そういった理由から滅多に狩る者は居ない。
彼等は彼等で生態系を構築する上では捕食される餌という存在でもある為、増え過ぎて困る、という事態も滅多に起きないという理由も有る。
だから、自然に迷い込む事は無い。
それ故に平原ブルが町中に入る場合、その多くが人為的なミスが原因である事が殆んど。
初心者の冒険者が腕試しで狩りをする。
そういった事は珍しくない。
その際、複数の要因から興奮状態の平原ブル達が近くの町や村に突っ込む、というケースが多い。
しかし、今回に限っては、その線は無い。
何しろ、現在はクライスト伯爵家がイトッファを大々的に開発している真っ最中。
そんな中、初心者の冒険者がフラフラ遣って来て平原ブルを狩る、といった真似はしない。
何故なら、その際の責任は全て起因となる者達が負う事になると王国法で定められているし、各地の冒険者ギルドでも公示されている事だから。
酒に酔って、という事も酒場が無いので除外。
抑、まだ町自体が冒険者達が常駐出来る状態には到ってはいないのだから。
そうなると原因は人為的ではない事になる。
はっきり言って、それは考えたくもない事態。
絶対に面倒事でしかないのだから。
「──キャアァアアアッ!!」
走っている中、聞こえてきた悲鳴。
スピードを落とさずに方向転換し、其方等へ。
声の印象からして、まだ幼い女の子。
まあ、まだ九歳になっていない自分が「幼い」と言うのも可笑しな話なんですけどね。
──何て考えている間に再び悲鳴が上がった。
先程よりも明らかに近い。
真っ直ぐに疾走している通り。
その突き当たりの曲がり角。
反対側から女の子が二人、姿を見せた。
──が、足が縺れ、転んでしまう。
其処に覆い被さる様に落ちる影。
二人は影の主を見て恐怖し、その恐怖から逃れる様に涙を流しながら抱き合い、目蓋を閉じた。
落ちる影を見ながら予測。
疾走から前に向かって跳び、右足を振り抜く。
突き当たりに到達したのと同時に飛び出して来た何かを狙い通り、蹴り抜いた。
ビリヤードの玉を綺麗に弾き飛ばす様に。
自分は残り、相手は吹っ飛び、民家の壁に大きな亀裂が走った程、強く身体を打ち付けた。
「──っ!、“アロハントサウルス”っ!?」
視界に映った相手の姿に驚愕。
しかし、留まる事も止まる事も今は悪手。
座り込んでいる二人を担ぎ上げると直ぐに離脱。泣こうが叫ぼうが今は無視。
普通は子供でも二人も担ぎ上げるのは大変だけど伊達に鍛えてはいないし、普段からフォルテの事を抱き上げたりしてはいません。
何気にフォルテは、御姫様抱っこでキスするのが御気に入りだったりしますので。
抱え慣れしています。
【亜空間収納】入手以前は仕留めた獲物を担いで山を移動していましたからね。楽勝です。
そんな事を考えながら。一瞬、後方を確認。
……やはり、見間違いではなかったみたいです。見間違いで有って欲しかったなぁ……。
アロハントサウルス。名前の通り、恐竜っぽくて二足歩行する巨大なイグアナという感じの姿。
体長は成体で2~3ミード。1ミード有る尻尾を加えると全長は軽く3ミードを超える大きさ。
だが、全体的に細身の為、然程は圧迫感は無い。勿論、だからと言って脆弱な訳ではない。
派手な迷彩柄の硬皮も棲息域では狩りをする為のカムフラージュであり、逃げ隠れする為ではない。
鍛え上げられたアスリートの筋肉の様な後ろ足は初速こそ遅いが加速力が高く、跳躍力も有る。
前足──腕も意外と発達しており、握力も強い。親指と他三指の手は人に近い構造。
頭は50サニタ程だが、顎の開口度は100度に届くと言われる為、大体の物に噛み付け、鋭い牙と強靭な顎力で噛み千切り、飲み込む。
見た目に違わぬ肉食のモンスター。
そう、モンスターだ。
ただ、直ぐに納得も出来た。
クライスト領の西。王国西部、略南北に真っ直ぐ延びている“アロハイワ山脈”が棲息域。
その為、稀にだが山を下ってくる個体が居る。
まあ、人にも「俺は外の世界を知りたい!」等と言って飛び出す様な者も少なからず居るのだから。モンスターにも同類が居ても可笑しくはない。
そして、平原ブルを捕食しようと襲い、錯乱した平原ブルが町に入り、それを追って来た。
見えてしまえば珍しくもない展開だろう。
しかし、現時点では、まだ問題の真っ只中。
直ぐに出来る打開策も思い付きません。肩に担ぐ二人の安全確保が第一では有りますが、何時までも鬼ごっこをしている訳にもいきません。
そして、まだ洗礼も受けていない子供の跳び蹴り程度で倒せる相手じゃ有りませんからね。
「待たんかゴラァアアアッ!!」と言わんばかりに背後から追って来ていますから。
ええ、明らかに御怒りです。
それはまあ、獲物を横取りされたら怒りますか。此方の都合や理由なんて関係無いんですから。
「──子供に手を出すんじゃねえぇええっっ!!!!」
──と、猛ダッシュしていたら、民家の屋根から誰かが飛び掛かったのが一瞬だけ振り返った瞬間に視界の端に映りました。
何処の誰かは判りませんが、グッジョブッ!。
人気も無く、平原ブルの姿も無いのを確認すると丈夫そうな壁の建物の中に二人を下ろす。
奥に隠れている様に言って、直ぐに引き返す。
倒せていたなら、それで構わない。
でも、倒せていなかったら。
時間稼ぎを含め、足止めする必要は有る。
平原ブルだけだと思っている可能性が高いし。
……いや、あの母上なら気付くかもしれません。そうなると、やっぱり時間稼ぎが物を言いますね。
「──チィッ!」
先程の場所からは移動していた為、近かった。
大きく舌打ちするのは助けに入った人物だろう。拳甲・脚甲を身に付けている近接格闘戦スタイルを得意としているのだろう男性。
年の頃は十代後半から二十代前半。正義感の強い兄貴分気質な印象を受ける好青年。
だが、それ以上に目を引くのは揺れる耳と尾。
何気に初めて目にする異世界の代名詞──獣人。
まあ、今は感動してはいられませんけどね。
彼と俺以外、此処には誰も居ない。
まだ来ていない、というのも有るが。
恐らくは、気付いていないから。
派手にドンパチ遣っているなら誰にでも判る。
しかし、現実には平原ブルを相手にしているのか戦闘音だけでは判断が難しい所。
居ると判っていれば、聞き分けられもしますが。そうでなければ、少々派手に遣っていると思う方が大多数の印象だと言わざるを得ません。
それでも、それは相対している人の力量が高いと物語っているとも言えます。
派手に建物を壊されたりすれば、流石に異常だと気付かない訳が有りませんから。
そうさせない様に戦える時点で凄いんです。
ただ、俺から見ても決め手を欠いている。
彼の戦闘スタイルである打撃系とは相性が悪い。一撃で貫くか、内部破壊が出来る。その域にまでは彼の力量が達してもいないみたいですから。
取り敢えず、俺は予定通りに遣りましょう。
【亜空間収納】で普段の狩りで使っている弓矢を取り出し、構えます。
後でバレない様にメレアさんから魔法の道具袋を渡して貰って辻褄合わせをします。
それは兎も角として。
モンスターを相手に正面に射っても効きません。しかも、相手は皮膚の硬さに定評が有りますから。下手に手を出しても気を引くだけ。戦えない以上、それは自殺行為に等しいですから。
だから子供らしく、頭を使って戦います。
鏃を包む様に目の荒い薄い布を被せ、その中へと別に取り出した小瓶の黒い粉を入れ、紐で縛る。
その矢を番え、狙いを定める。
静かに呼吸しながら集中し、両者の動きを見極め先読みして──放つ。
「──何だっ!?」
横から飛んできた矢は狙い通りに鼻っ面を直撃。当然ながら掠り傷一つ付いてはいない。
だが、鏃と硬い皮膚に挟まれ、布が破けた。
その上、矢が当たった衝撃で布から黒い粉が煙る様に一気に押し出されて広がる。
それを大きく吸い込んだ。
如何にモンスターでも生物だ。生命維持の為には必要不可欠な行動というのは少なからず存在する。その一つが呼吸。じっくり見て、間を掴んだ。
加えて、モンスターの生態的にも、呼吸を止めるという概念は先ず無い。
だから、咄嗟に息を止める事は出来無かった。
そして、あの黒い粉は炭化させた“バロネロ”。
前世の唐辛子に見た目は似ているが味的には全く似ていなくて滅茶苦茶苦い。
しかも、加熱すると更に渋さも加わり、増す。
つまり、限界まで味を引き出した一品です。
……いや、本当にね、好奇心って凄いですよね。事前に【鑑定】と【アナライズ】で調べて判ってて実際に手を出してみるんですから。
そして、目の前で「やっぱり……」な反応をする俺が居るにも関わらず手を出したフォルテ達。
こっそりと、後で試したメレアさん。
ええ、好奇心って恐ろしい欲望ですよ、本当に。
そんなこんなな果てに思い付いたのが、コレ。
「多少味覚が鈍かろうが吸い込んで粘膜に付けば嫌でも苦しむでしょう」と。
突き抜けた利用法を思い付いた訳です。
尤も、試すのは今日が初めてですけどね。
そんな訳で、そんな物が鼻腔から入ってきたら。それは錯乱もしますって。
それにほら、どうにかしようと御自慢の鋭い爪で必死に鼻先を引っ掻いています。
そんな事をしても無駄なんですけどね。
だって、外部からじゃなくて内部なんですから。水で鼻嗽でもしないと取れません。
一方、突然の事に瞬間的に呆然となった彼。
しかし、直ぐに我に返る。
この状況で、詳しくは判らなくとも仕留めるには絶好のチャンスだと気付かない程、彼は鈍くない。それだけの経験が有るという事は見ていれば判る。
距離を取る様に軽く飛び退き、一息吐く。
意識を切り替える様に、短く僅かな呼吸で。
それが意外と難しいという事を理解しているから出来る人に対しては素直に尊敬します。
軽く腰を落とした左前の半身の構え。
そして、右手に集まってゆく魔力の気配。
(コレって、もしかして……)
直ぐに脳裏に思い浮かんだ可能性。
これも初めて見ます。
戦闘スキル──“闘技”。
魔法の物理攻撃版とでも言えばいいのか。
魔法を使うのと同様に、魔法力や生命力を消費。魔法とは違い、その辺りはスキルにより異なりますが。
魔法と同じ様に破格の効果を持つのは確か。
どんな闘技なのかは判りませんが。
楽しみです。




