3話 世界
“貴族としての義務”の為、メルーディア王国を離れてセントランディ王国に遣ってきました。
初めて尽くしな旅路でしたが、楽しかったです。
──つい、先程まではね。
今は宿の部屋でベッドに座り頭を抱えています。時を戻せるなら誕生パーティーまで戻したいです。
「……そりゃあ、気のせいじゃないって……」
聞いた事が有る気がしたのも当然。でも、直ぐに思い出す事が出来無かったのも当然。
何しろ、二十年も昔の事なんだから。
視線をベッド脇のサイドテーブルの上に有る物に向けて確認するが──夢ではないらしい。
部屋を出る前、メレアさんに「明日の出発までに此方等に目を通しておいて下さい」と渡されたのは飴色の革製の鞄。
分厚い書類用封筒が丁度入りそうなサイズ。
鞄の中に入っていたのは本当に分厚い封筒で。
封を解き、中に入っていた分厚い紙束を取り出し取り敢えず、パラパラと捲って軽く確認をしようとして──手が止まった。
紙束の最初は文字だけの文章だったが、途中から内容が大きく変わった。
それは宛ら履歴書の様な資料で。
沢山の女性達の名前とプロフィールが記載され、丁寧な似顔絵が添付されていた。
「あー……そういう事か……」と。義務の意味を何と無く察し、億劫になっていた時だった。
一枚の似顔絵を見て、思考が停止した。
数分?、十数分?、或いは数秒だったのか。
不意打ちの衝撃から我に返ると、似顔絵の女性に関する情報を確認した。
それから残っている資料の一部にも目を通し。
資料をテーブルに置いて、頭を抱えた。
資料を見て──思い出したから。
違和感は気のせいなんかじゃなかった。
俺は確かに知っている。
『Divine Sacred~絆の輝翼~』。
それは前世で、まだ自分が学生の頃に発売され、プレイしたゲームのタイトル。
大ヒット・人気シリーズという訳ではなかったが個人的には面白かったし、かなり遣り込んだ作品。だから今でも色々と思い出す事が出来ている。
客観的に見れば、「それなら早く気付けよ!」と鈍感主人公のレッテルを貼られている所だろう。
その立場なら、自分も同じ様に思うだろうし。
ただ、それは無理な話なんです。
だって、原作ではメルーディアの名前は未登場。唯一同盟で名前が出ず、無関係な国が有ったけど。知りようが無かったんですから。
一部では、「続編の為の伏線では?」という説が浮上したりしていましたが、製作会社が潰れた為、事の真偽は闇の中に。
だから、直ぐには判らなかったんです。
細かく言えば、公用語に関する設定なんて無いし世界観だって最初と途中途中に少し説明される程度でしかなかったんです。
抑、ゲームだから面白ければ良いんですから。
其処まで詳細な設定は行われていませんよ。
ただ、現状から考えると。
そのゲームの世界──或いは、似た世界に生きるアルト君に転生した、という事みたいです。
それだけは間違い無い。
「…………はぁぁ~~……悩んでても仕方無いか」
彼是考えても現状を打破する術は無いし、自分は無力に等しい八歳の子供なんだから。
今は流れに身を任せるしかない。
そう自分に言い聞かせ用意されたティーポットを手に取ってカップに注ぐ。
色んな感情や思考を飲み込む様にして切り替え、もう一杯注いでからカップをテーブルに置いたら、改めて資料を手に取る。
女性達のプロフィールは後回し。
先ずは、自分の義務に関する事が記されていると思われる序盤の文章を読んでいく。
自分が参加する事になるのは所謂王公貴族による大規模御見合いパーティーらしい。
資料の表紙には、大きな文字で“第1763期 エリェージュ選定の儀について”と書かれている。
“アデゥ歴1763年、セントランディ王国主催により開かれる”と有るので、現行のアデゥ史歴の始まりと共に途切れる事無く続いている訳だ。
エリェージュ選定の儀には同盟国が参加する。
この同盟国というのはメルーディア王国を含め、主催国のセントランディ王国、ノーザィラス王国、ハルモナ王国、ケーンブーゼ王国の五つになる。
ゲームではケーンブーゼ王国は間接的に関係して名前が少し出てくるだけだったけど名前も未登場のメルーディア王国よりは増しでしょう。
追記が有り、本来ならば同盟国の五ヶ国からのみ参加が認められているのだが。
今回に限り、セントランディ王国の東に隣接するダルタルモア帝国からも参加が許可されている。
──とは言え、参加するのは女性が数名のみで、男性は一人も参加していない。
しかも、嫁ぐ事が前提条件、と。
要するに政略結婚って訳です。
まあ、この義務自体が政略結婚なんですけどね。
参加する男性──男子は全て満八歳の戸籍持ち。つまり、魔力持ちの王公貴族、という事。
一方、女性──女子は満六歳から参加可能であり王公貴族に限っては魔力持ちでなくても可能、と。
まあ、長きに渡り魔力持ちの血を取り入れて重ね繋いできた王公貴族だからこそ出来る事。
その血統こそが大きな価値を持っている訳だ。
女子のみなのも、父親が魔力持ちであればこそ、母親の血統が確かなら受け継がれ易い。
そういった統計も出ているんでしょうね。
逆に考えると、魔力を持たない男性からは魔力を持つ子供は出来難いのかもしれない。
絶対ではないにしても、確率的にね。
そういった事を加味すれば、可笑しくはない。
エリェージュ選定の儀──御見合いでの決定権が男子にしか与えられてはいない事も。
女子には拒否権が存在しない事もね。
前世だったら、社会問題になってる話題ですが。抑、問題にも為りません。そんな文化・慣習は概ね絶えていましたから。
男子は満八歳で必ず参加しているので、参加者の年齢は基本的には皆同い年。
例外として、前年が参加対象だったが体調不良等諸事情で参加不可能だった場合には翌年に参加するという事が有るんだそうです。
………………一瞬、仮病も考えましたけど。
結局は問題の先送りでしか有りませんから。
素直に参加した方が良いと思います。
メレアさんが「貴族としての義務」と言っていた理由も判った気がします。
戸籍が魔力持ちの王公貴族のみに適用されるのも血統を管理・存続させる上で効果的だから。
しかし、子供が出来無かったり、知らない相手と子供を成して外部に血が流出するのを防ぐ為に。
こうして選択権を与えているのでしょう。
当然、年齢が若い事にも理由が有ります。
男子と選ばれた女子は事実上の夫婦となるので、そのまま男子と一緒に暮らす事に成ります。
基本的には正妻を決める訳ですが。
自分の父親──クライスト伯爵にも二人目以降の妻が居ます。
その為、顔合わせと共に側室候補者選び、という一面も有ったりする様です。
早い場合、二~三年後には二人目以降を迎えての生活を送り始めるそうなので。
まあ、若い内からの方が内輪揉めを抑えられるのかもしれません。知りませんけど。
尚、極めて稀な事ですが、一度に複数を選ぶ事も過去には有ったんだそうです。
その子、本当に八歳だったんですか?。
「……にしても、無駄にゲームと同じだな」
ゲームでも開始して主人公の説明等が日常会話を通して語られた後、最初にして最大のイベントたる舞踏会でのパートナー選びだった。
踊る相手を選ぶのではなく、妻を選ぶ方のね。
それと、ゲームの主人公も八歳だった筈。
パートナーを選択し結婚後、AVGパートに入りゲーム内時間で数年を経てRPGパートに移る。
ゲームではなく、現実だからパートは無いが。
流れとしては概ね近いと言える。
因みに、ゲームの主人公はセントランディ王国の王子様だった筈。
それも有って、ゲームシナリオ上のメイン舞台はセントランディ・ノーザィラス・ハルモナの三つ。専用ルートでのみダルタルモア帝国が関わる。
「……あー……成る程ね、王子だったからか……」
ゲームでは気にもしていなかった事だったけど。現実では参加する男子は複数名。
如何に、参加する女子が十倍以上居るにしても。指名候補が被る事は十分に有り得る話。
一斉指名や早い者勝ちでは色々と問題も起きる。
其処で、参加男子には指名順が設けられている。
正式な順番は当日に発表されるみたいだけど。
条件自体は資料に明記されています。
第一に家格──つまり、実家の爵位の高い順。
第二に魔力の強さ。同格の場合、この部分により順番が決められる。
滅多にない話だそうだが、魔力が同等の場合には第三として両親の魔力の強さを比較するらしい。
最優先が爵位な事からも国事の意味が窺えます。それだけ魔力持ちの確保は大事な訳ですから。
「ゲーム中では設定として冒頭に触れてる程度で、深い理由とかは語られてなかった事だけど、当然、そうするだけの理由は有るんだろうしなぁ……」
現実は楽しめればいいゲームとは違う。
そうする理由、そうしなくてはならない理由が、必ず存在するから、こんなにも長く続いている。
まあ、その理由は資料には記載されていないので書く必要の無い常識か、知る必要の無い事か。
王家や一部の立場の者だけが知っていればいい。或いは、秘匿しなければならないか。
何方等にしろ、今は調べる術も有りませんしね。この件に関しても後回しです。
「魔力保有者の必要性、魔法にモンスター……
貴族の、しかも戸籍持ちっていう特権階級の身分に今の俺は居る訳だけど……
義務の事とか考えると安穏とは暮らせないか……」
美人で優しく家庭的──かはメイドさんが居れば重要ではないから、性格と容姿か。
まあ、そういう奥さんを若くして貰って、田舎でイチャイチャしながら生活する。
そんな訳にはいかないでしょう。
貴族としての義務が血統維持だけな訳が無い。
それも大事だけど、人々の上に立つ身として担う役割や義務、それに伴う責任が有る筈。
そう考えると、モンスターとは無縁な人生を送るというのは不可能な気がします。
ゲームではないけど。
将来的な事を考えれば、勉強や鍛練は必要不可欠だって事でしょうね。
勿論、人を雇ったり、使う方法も有りますが。
自衛という意味でも強く成れるなら、強く成って自力を高めておいた方が安全策だと思う。
「……そうなると、今回の花嫁選びは重要だな」
ゲームでは複数のヒロインから一人を選んで進む純愛系のシナリオだったけど。
現実では複数名を娶る事も可能。
まあ、現実問題として俺に複数は無理でしょう。少なくとも現時点での一夫多妻は有り得ません。
そんな甲斐性も精神的な余裕も有りません。
先ずは自分が強くなる事が最優先事項なので。
「参加男子は……俺を含めて十七人か」
女子とは違い自分達の情報は全員分で紙一枚。
名前と爵位と国籍、あと一応で年齢と子順。
“子順”は第何子・何番目、という事。
自分の場合は、クライスト伯爵家の四男になる。
似顔絵が無いのは直前に男子だけでの顔合わせが有るからなんでしょう。スケジュールからして。
今回のメンバーからするとゲームの主人公だったセントランディの王子が第一指名権を持つ。
次いでハルモナの公爵家、ノーザィラスの侯爵家と居て、四番目が伯爵家の自分。
他国の伯爵家以上の男子は三人しかいないから、この順番は確定したのも同然。
つまり、事前に四人の花嫁候補を決めて置けば、会場で悩まずに狙った相手と話をしたり出来る。
即日決定の為、自由時間は限られていますから。
勿論、貴族だから社交性は大事でしょう。
だから候補以外の女子とも縁繋ぎはしますよ。
向こうが相手にしてくれるのかは別にしてね。