26話 母言
俺自身が何かしら遣らかす毎に。メアリー様との結婚が近付いて来る足音が聞こえそうな最近。
でも、これだけは言って置きたい。
異世界転生なんですよ?。色々遣りたくなっても仕方が無いじゃない。だって、異世界だもん!。
そんな心の愚痴を青い空に放り投げる。
よく晴れた、シーリェの月、1日。
前世でならば、今日はエイプリルフール。
ですが、現世では、そんな習慣は有りませんし自分発信で流行らせたりしたいとも思いません。
だってね、色々と面倒臭いんですよ。ああいった類いの毎年有るイベント事っていうのは。
でも、出来る事なら。
メアリー様との縁談も壮大なエイプリルフールの仕込みだったって事にして欲しい。
今なら「ドッキリ大成功!」とプラカード付きで父上が現れても一発殴って赦せます。
……ええ、一発は殴らないと気が済みません。
遣られた側の受けたストレスに対する発散賠償と思って下さい。一発だけですから。
「アルト様、とても長閑な場所ですね」
「そうだな、こういう場所の方が住み易いかな」
そんな風にフォルテと話しながら眺めているのは広大な牧場を思わせる平原。
遠目にですが、緑と茶の平原の中に、黒点の様に動く粒々が見えますから何かしら居るんでしょう。
牧場じゃないから本当に普通の平原なんだけど。そんな不粋な事を態々言いはしません。
フォルテ相手じゃなければ判りませんが。
少なくとも、フォルテの気持ちに水を指す真似は基本的にしませんよ。
今、俺達が居るのは別邸から南西に馬車で二日程行った場所に有るイトッファという漁村。
──とは言え、それは今では過去の話。
シェルポの開発に伴い、此方等も開発が進行中。元は四百人程の小さな漁村だったんだそうですが。既に立派な堤防や船着き場が出来ており、村から町に変貌中の様子は、正に建築ラッシュ。
その一方で、周囲は長閑な平原なんです。
マイナスイオンが存在しているなら、出まくりの豊かな大自然が目の前に広がっています。
肥沃な土壌なら開墾すれば自給自足・地産地消で他所からの食糧を当てにしなくても済みますが。
どうせなら、この景観や雰囲気は残すべき。
──と言うか、観光資源にした方が価値が有ると個人的には思います。
現世では珍しくもない風景なんですが。
港町となれば利便性も上がりますし、シェルポと連動すれば、観光地としての価値も出ます。
何より、そういった方向性の観光地──保養地はメルーディア王国内に限らず、皆無。
まだ人々が自然的な癒しの概念を持っていない。そういう社会だから、先駆けとなれます。
“元祖”という看板自体ね、歴史や所在・由縁が明確である程に価値が上がりますから。
今なら、それも間違い無いでしょう。
何だかんだで王国や他の貴族も協力的ですから。
序でに“王国初”や“大陸初”“世界初”という看板も取れそうです。
「……保養地にすれば人が集まりそうだな~……」
前世の感覚で言うと、こういう場所の人気は結構根強かったりする。話題性に頼りきった場所よりも息長く続いていく事の方が多かったりします。
勿論、それで慢心・油断してたら潰れますけど。
きちんと社会性や需要等に合わせて改善をしたり伝統を維持・継続させつつ、新要素を加える。
そういう努力をしていれば、御客というのは長く付いてくれますし、何よりも家族ウケが重要。
家族の御客が多くなれば、世代を越えた利用客を獲得出来ますからね。其処は観光業の肝です。
──何て事を考えながら何気無く呟いた。
その事を、次の瞬間には後悔します。
「────それは良い考えですね、アルト」
そう背後から声を掛けられ、思わず身体を大きく跳ねさせてしまいそうになったのを気合いで抑えて何とか出さない様に凌ぐ。
俺の蚤の心臓はバックバクですけど。
慌てず、焦らず、ゆっくりと。
振り向きたくはないけれど、振り向かないという選択肢は俺の画面には表示されていません。
全て、“振り向く”、なんで。
ええ、振り向き方が違うだけです。
「え~と……あの、母上?」
「貴男が何を考え、どの様な事を思い描いたのか
ゆっくりと、話を聞きましょう」
「…………はぃ……」
「良いですね?」と問答無用の笑顔で言う母上を前にして、他の返事は出来ません。
フォルテとの観光を理由に逃げたいけど、それを遣るとフォルテの立場にも色々と影響が出る。
母上がフォルテを虐めたりはしないが。
フォルテの気持ち的には思う所が残るだろうから下手な言い訳や逃げる事は選択肢としては悪手。
気持ち的には面倒臭くてもね。
そんな訳で、大人しく母上に連行されます。
まあ、その場ではないだけいいでしょう。
その辺りは母上の配慮ですね。
さて、今更になりますが。
何故、このイトッファに来ているのか。
ズバリ、視察の第二弾です。
今回は母上だけですが……それ故に遊べない。
父上の居ない時の母上は、ザ・貴族。
クライスト伯爵夫人として辣腕を奮います。
因みに、父上は家族が居る時の方が貴族らしい。父上だけだと、俺みたいな感じだそうです。
ええ、母上から会った早々に愚痴られました。
俺に言わないで下さい。
遺伝子的に言えば、父上の遺伝な訳ですから。
そういう意味では責任は俺ではなく父上に有ると言えますからね。俺に非は有りません。
滞在用に用意されている母上の部屋に案内されてドアをメレアさん達に塞がれ、話は始まった。
「まるで尋問みたいですね、母上」と言えるなら其奴は転生者としては、かなりの猛者でしょう。
少なくとも俺は、そんな真似は出来ません。
だって、絶対に数時間は御説教になりますから。そんな母子水入らずの時間は遠慮します。
そして、主よりも実家の母上に付くメイド達。
「裏切り者~」と恨みがましく睨みたい所ですが二人の立場的には当然なんですよね。
だって、俺もフォルテも未成年者。独り立ちした訳では有りませんからね。まだ形式上、世間的にはクライスト伯爵家に籍が有ると見なされます。
つまり、俺よりも母上の方に上位権限が有る。
だから、そうする方が正しいんです。
しかし、逃げ出すとでも思われているのか。
その点だけは不服です。
……まあ、前回の視察で余計な事を言ったので。そういう風に受け取られても仕方が無いですか。
冗談半分だったんですけどね~。
隠した筈の本気の部分を察し訳ですか……。
やはり、母上相手では分が悪いみたいです。
──何て事を頭の隅で考えながら、素直に自白。いえ、思った事を説明しました。
ただ、その一連の会話で母上の凄さを理解した。
いえね、母上って俺の話を聞きながら彼是自分の考えに無い発想に対する質問や、現実的な問題点の対処方法や改善策、妥協案を求めたりしましたけど一文字もメモったりしていないんです。
メレアさん達も動く様子は有りませんでしたし。これが母上の普通だとしたら──聡明過ぎです。
自分で言って置いて何ですけど。所詮、その場の思い付きで言っただけですからね。後で聞かれても同じ様に説明出来る自信は有りませんし、話した事自体も覚えていないかもしれません。
一応、記憶力は良い方ですが。
色々と考えたくはない事も有りますから、自分に都合良く忘却している事も有る訳で。
はい、責任は持てません。
そう母上には最初に言っておいたので、怒られる事は無いと思います。
ただ、だからこそ、メモも取らない母上が凄い。半端無いですね、母上。
そんな母上への感嘆と共に御話は無事に終了。
隣のフォルテに「アルト様、凄いです」と尊敬の眼差しを向けられるのは男として嬉しい。
例え、それが前世の知識による自分のアイデアの様に話した“なんちゃって”な事だったとしても。悪い気はしないのが男なんですよね~。
「……アルト、貴男は冒険者に興味が有るの?」
「──っ、え~と……はい、フォルテとも将来的な選択肢の一つとして考えてはいます」
「そうですか……」
油断していた所に唐突な母上の質問。
不意打ちだったので一瞬、躊躇いはしましたが。此処は誤魔化さず、素直に言って置きます。
言外に「自由に生きたいんです」と念を込めて。
まあ、母上は瞑目したので、目で、視線で伝えるという事は難しいですが。
………………あの、母上?。寝てます?。
母上が沈黙しているので空気が重いです。
俺もフォルテもメレアさん達も母上に声を掛けるといった真似は中々に難しいので……うん。無言でメレアさんが促してきます。
いや、無理ですから。母上には無理。父上にならツッコミも入れられますが、母上には無理。
母上を相手に出来るのは姉上達だけです。
「……アルト、洗礼式の前に側室を迎えなさい」
「…………ぇ?……──っ!?、ちょっ!?、母上っ?!
それは幾ら何でも──」
「──それなら冒険者と兼業が出来ます」
「「「「────っっっっ!!!!????」」」」
沈黙を破った母上の発言には焦った。
しかし、続く言葉に俺達は驚くしかなかった。
正直、兼業──前世で言う所の職業の二刀流って現世だと物凄く難しいんですよね。
まあ、貴族と商人は社会的な立場での分類であり職業という面では似た者同士。
その為、其処は職業的には同じ括りになります。
ですが、冒険者は不安定であり、所在不明となる職業の筆頭ですから。
ある意味、貴族との兼業は最も難しい。
だからこそ、俺達は冒険者に成りたいと思った。貴族社会の柵から脱け出す為にもです。
勿論、反対されるだろうと今は思っていますが。
それがまさか、母上から容認する言葉が出るとは思ってもいませんでした。
……本当に母上ですよね?。エイプリルフールでドッキリじゃ有りませんよね?。
「……正直、母上は御反対するかと……」
「貴男が素直に諦めてくれるのなら、私からしても一番簡単で楽なのですが?」
「あはは……出来れば、冒険者に成りたいです」
「そうでしょうね……はぁ……
普通なら、反対しますが、貴男に限れば、ある程度自由にさせた方が広い意味で良い様です
だから、冒険者になる事も反対はしません
ただ、その為には貴男自身も譲歩が必要です
貴男達も知っての通り、私達自身、冒険者としての経験も有りますから、それが難しい事であるという事は貴男よりも判っています
それでも、その上で、となると……
貴男達が冒険者として動き家を留守にしている間の不測の事態に対処出来る者が必要不可欠です
単純な話ならメレア達でも問題は有りません
しかし、貴族としての責任が伴う事となった場合は彼女達では対処出来ず、後手後手になります
それにより拡大・悪化する事は看過出来ません
そして、それが務まるのは貴男の側室となる者だけ
勿論、正妻であるフォルテが家に居れば問題の無い話では有りますが……」
「それでは意味が無いです」
「──となると、という事です
まだ流石にメアリー様では難しいでしょうから」
「其処は確定なんですね」と思わず言い掛けて、気付かれない様に飲み込みます。
ええ、言ったら現実逃避する所ではなく、確実にカウントダウンが早まるでしょうから。
その位は貴族社会に疎い俺にも判ります。
それは置いておくとして。
やはり、側室を持つという感覚が馴染めません。もう転生してから一年近く経つんですけどね。
この価値観だけはフォルテ達の方が貴族らしいし必要であり、当然の事なんですが。
理解は出来ても、中々納得が出来ません。
「まあ、貴男はフォルテを大切にしていますしね
しかも、自分達の都合の為だけに側室を迎える事に抵抗や罪悪感が有るのかもしれませんが……
女性側からすれば、一つの救いでも有ります
その事は貴男が一番知っている筈です」
「……判りました、真剣に検討してみます」
考えたくはない話だけど。
そうするしか方法が無いのも事実。
目を背けられせません。




