23話 迷宮
「…………………………ぇ?」
思わず間抜けな声が漏れた。
いや、そうなっても仕方が無いと思う。
何しろ、本を読もうとしていたら、本の中の扉が開いて吸い込まれたんです。
そして、気付いたら見知らぬ場所に立っている。
ね?、間の抜けた声の一つも出るでしょ?。
そう客観的な思考で愚痴る事で一先ず落ち着く。そうすれば誰しもが落ち着くという訳ではないので飽く迄も俺の遣り方ですが。
取り敢えず、下手に動かない様にして状況確認。
周囲を見渡すと一辺2ミード程の立方体の部屋。赤煉瓦造りの壁・床・天井。其処に白い扉が一つ。扉は……金属製かな?。見た感じだけど。
それ以外には特に目立った物は何も無い。
つまり、情報も無いに等しいという事。
「…………コレはアレか?、【魔道具創造】の時と似た様な状況って事?」
そう呟きながら心配するのはフォルテの事。
先ず、現在、俺が居るのは隔絶された空間なのは間違い無いと思う。少なくとも外部から助けられる状況ではない事は確実でしょう。
側に居たフォルテが一緒ではない時点で単独用と考えられますからね。
ただ、気になるのは時間軸。
外では一瞬の出来事で済むなら、フォルテにさえ気付かれずに戻れる可能性が有る。
しかし、もしも内外で同じ様に時間が流れるなら戻った時には大騒ぎになっている事でしょう。
フォルテを泣かせたくはないけど、そんな状況の真っ只中に戻りたくはないというのも本音。
まあ、要するに少しでも早く戻る事が最優先。
それだけは確実です。
──とは言え、焦ったり、急いては危険なだけ。その為には時間を費やす事も必要。
その点は忘れない様にしないと。
それに折角なら失敗して戻されるより、成功して何が得られるか判らないけど、入手したい。
滅多に無いチャンスなんだから。
「そうと決まれば、いざ行かん、前進有るのみ!」
そう言って自分を鼓舞する様にして、踏み出す。
このチャンスをポジティブに捉え、攻略に向けて挑戦を始めてから体感では既に六時間程経った。
何気に時計に頼らない生活をしているからなのか俺の体内時計は優秀だったりします。元々、時間をカウントしたりする事等は得意だったので、それが強化・進化した様な感じです。
だから、大体の時間経過は判ります。
出来る限り早く攻略したい事には変わりませんが変に焦ったりはしていません。今更なので。
これまでの統計では基本的に一方通行の一本道が多くて分岐路や迷路の様に入り組む事は稀。勿論、全く無かった訳ではないのだけれど、数える程。
また、通路に落とし穴や迫る壁みたいな罠は一切無くて進む事が出来ています。油断はしませんが。
そんな通路の先に有る扉に辿り着き、開ける。
「あ、休息地点か……」
一辺が3ミード程の立方体の部屋が其処に有った事で身体の力を抜き、小さく息を吐く。
固過ぎず、軟らか過ぎず、適度な弾力性を持った三人掛けだろうソファー、小さな黒色のテーブル。湯を出す魔道具が有り、側の棚には数種類の茶葉やインスタントのコーヒーやミルクティーのスティック類。更に幾つかの御菓子や軽食が用意されている。
「至れり尽くせりだな……」と思わず言ったのが此処を見た最初の感想だった。
自室で過ごすかの様に慣れた動きで、コーヒーを淹れて、コンビニで売られている様に個包装されたレタスサンドを取り、ソファーに座る。
鼻腔を擽る懐かしい香りと、一口飲むと思い出す安定した味わいが、前世を彷彿とされる。
コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置き、ソファーに身体を預け、天井を見上げる。
「……どういう世界なんだろうな、此処って……」
一応は自分の知っている原作の世界ではある。
ただ、記憶している限りでは、こんな場所に行くイベントなんて存在しなかった。
勿論、【魔道具創造】なんていうスキルも原作内には存在しなかった事。
だから、そういう可能性も有るとは言える。
言えるけど……此処まで来ると流石に気になる。
あまりにも技術的に解離し過ぎているのだから。
此処は所謂、地下迷宮という造り。
その一室に強制転移させられてからの脱出。
多分、亜空間みたいな感じなんでしょう。
モンスターの類いは無く、設問や謎を解き明かし隠されたりしている仕掛けを動かしながら進む。
“リアル脱出ゲーム”といった感じの仕様。
ただ、走る・登る・潜る・跳ぶ・砕く等々。
体力勝負なアスレチック要素も盛り沢山。だから生半可では疾うに脱落していた事でしょう。自分の日々の努力と継続を素直に褒めたいです。
そんな此処には途中途中に、こういった小部屋が設置してあり、ゆっくりと休憩が出来ます。
利用に対して時間制限は無く、とても快適なのは言うまでも有りません。
だからと言って必要以上に留まりもしませんが。早く脱出して戻らないとフォルテが心配なので。
そんな此処で、この小部屋だけが浮いている。
最初は、これも何かしらの罠だと疑いましたが、特に何処にも仕掛けは有りませんでした。
まあ、毎回休憩した後は必ず調べますけどね。
油断させておいて、という可能性は有るので。
今の所、何も無いんですけど。
【魔道具創造】のリストが増えないから、此処の仕掛け等は対象外、或いは建造物の一部という扱いなのかもしれません。
そういった事を含めて、改めて考えてみると。
やっぱり、何処か不自然な感じが拭えません。
「……………………もしかして、この小部屋って、実は俺の意識を反映しているとか?」
何気に呟いた可能性。
ただ、それが妙に、しっくりと填まった。
──と、考えを肯定する様に、ファンファーレが急に鳴り響き、テーブルの上に宝箱が出現した。
横20サニタ、縦10サニタ、高さ10サニタの小箱と言えるサイズ。
一般的に聞く宝箱よりも小さいという事以外は、見た目の装飾等は同じだと言えます。
ちゃんと、マグカップやサンドイッチを避けての出現が演出時の気配りを感じさせる。
そういう所に気が向く辺りは余裕が有るかな?。いえ、軽い現実逃避ですよ、それはね。
「……“開けない”って選択肢は無いよなぁ……」
取り敢えず、【アナライズ】を使いますけどね。結果は原作上の宝箱の説明と同じでしたが。
まあ、安全なのは間違い無いので開けます。
蓋を開くと宝箱の中から光球が現れ、ふよふよと揺れながら近付いて来て──胸の中に消えました。
《──スキル【天魔拳】を獲得しました》
直後、そう頭の中に響いたのが、例の啓示の天声なんでしょうね。前回のは覚えていませんが。
ただ、今はそれ所では有りません。
獲得したスキル──【天魔拳】。
その名を忘れる事は、先ず有りません。
『Divine Sacred~絆の輝翼~』の発売3年前に同メーカーから発売されたアクションRPG『天樹戦記』。
四人の主人公──メインキャラクターと協力して物語を進めていく作品。
開始当初は選択出来る主人公は一人だが、それをクリアすると仲間となる三人のキャラを新たに選択出来る様になり、各々の視点での物語が綴られる。
各ストーリーの中盤、選択している主人公だけが修得する特別な技が、【天魔拳】。
主人公により効果・属性・範囲・演出が異なり、使い勝手の良さも有り、キャラ固有の最終奥義よりプレイヤーに重宝されていたという話が有る。
そして、『天樹戦記』の完全クリアデータが有る状態でのみ、スキルの【天魔拳】を獲得した状態で始められるというメーカーの隠し特典が有った。
正直な話、関係無い要素だから獲得する可能性は勿論として、存在もしないと思っていました。
いや、獲得出来た事は嬉しいんですけどね。
ただ、余計に訳が解らなくなりました。
どういったスキルや魔法が得られるのか。或いは装備やアイテムの類いなのか。
楽しみな一方で不安も否めません。
「………………いや、ちょっと待てよ
コレって、もしかしたら、もしかするのか?」
不意に思い浮かんだ可能性によりレタスサンドを食べていた手を止める──が、中途半端にするのは嫌なので残りを口に入れ、食べ終える。
原作に登場するスキルの殆んどは現実の獲得方法と同じなのだが、幾つかは特殊な物が有る。
その殆んどは特別な場所やアイテムに関係する。
ただ、唯一獲得方法が単純な物が有る。
それが【鑑定】。
ゲーム中では、どのヒロインのルートでも後半のRPGパートの開始時にスタート地点である自室の本棚を調べると入手出来る超便利スキル。
但し、一度でも部屋を出ると入手出来なくなり、二度と入手する事は出来ません。その為、知らずに取り逃すとマジで苦労します。
何しろ、大半の情報が得られなくなるので。
因みに、前半のAVGパートはセーブ&ロードが出来無い仕様の為、遣り直すと最初からです。
面倒だと思わなければ、遣り直す価値は有ったと言える事だけは確かです。
こうなっている経緯を振り返ると状況的に見ても入手出来るのが既存のスキルなら、【鑑定】である可能性は高いと思えます。
勿論、飽く迄も可能性の一つですが。
「……姉上、とんでもない御土産ですよ」
姉上に変な意図は無いでしょうし、こんな状況になるなんて想像もしていないでしょうけどね。
……という事は、俺が引っ張ったのかなも。
姉上がノーザィラス王国やセントランディ王国に新婚旅行で行かなければ、御土産は無かった訳で。更に言えば、マステディオさんとの結婚もです。
何だかんだで、自分の言動の結果、ですから。
見方を変えれば、姉上は巻き込まれた訳です。
そう考えると申し訳無くも有りますが。
姉上が幸せそうなので、御互い様という事で。
深く考えるとメンタルを殺られますからね。
取り敢えず、可能性とは言え、納得出来る答えを見付けられたので気分的にも違います。
寧ろ、【鑑定】のスキルを獲得出来るチャンスを得られたんですから頑張ります。
魔法の【アナライズ】と違い、スキルだから使用していてもバレ難い筈です。目立つ発動エフェクトでも発生しない限りはね。
そういう意味でも獲得したいですから。
──と、改めて気合いを入れ、攻略を再開して、大分時間も経ち、進んで来ました。
通過した休息地点も軽く二十を越えています。
そして当然の様に難易度も上がっていく訳で。
ゲームとは違い、全体像なんて有りませんから。終わりが見えないというのは精神的に堪えます。
今はまだ気合いで頑張れていますけどね。
この迷宮に飛ばされて来てから既に二十時間以上経っています。まだ丸一日は経っていない、というだけで疲労感の蓄積は否めません。
如何に快適な休憩が可能でも、迂闊に眠る真似は流石に出来ません。何が起こるか判らないので。
だから、今の自分に残された猶予は僅かです。
大きく動かずに不眠不休と、大きく動きながらの不眠不休では訳が違います。
そして、何方等でも思考し続けて、緊張と警戒を途切れさせる訳にはいきませんからね。
後者の疲労度は、前者の倍では済みません。
──という状況で、今までとは違う巨大な扉。
片開きだったのが、両開きの扉に。
糠喜びさせられる可能性も有りますが。
見た目通りなら、此処が最終関門かゴールの筈。
深呼吸をして…………いざっ、開扉っ!。
「………………?、広間?」
そう呟く俺の背後では扉が閉まる音が。
通過した扉は消える仕様なので引き返せない。
生きる為には前進するのみ。




