22話 視察
前世の三月に当たるオハフの月、11日。
まだ肌寒さは有りますが、雪が降り積もっていた頃に比べれば暖かくなり、白一色だった山々も雪が溶けて徐々に色付き始めています。
そんな移り変わる季節を肌で実感する為には自ら外に出なくてはなりません。
ただ、どうしても冬の間は屋内に引き籠り勝ちに為り易いのは仕方の無い事だとしか言えません。
生物にとって越冬は一つの大きな課題ですから。如何なる手段を選ぶかによって生存率も変わるので真剣になるのは当然だと言えます。
決して、炬燵むりを正当化しているという訳では有りませんから。ええ、違いますからね。
──という自分自身への言い訳は置いといて。
面倒臭いですが、現実と向き合いましょう。
現在、俺達が居るのはクライスト領の西部に有るシェルポという小さな町です。
別邸からは馬車で三日。本邸に向かう東南東への道を途中で南下して到着します。
クライスト領の西部──正確には南部と北部とを繋ぐ街道の中継地という役割だった町です。
ええ、だったんです。
ほら、昨年のカルニバー秋楽祭に出し公認されたアプロベリーが有ったでしょう?。その実を付けるアプロチュットの群生地が側に有った為、一転してクライスト伯爵家の資金源の一つに昇格。
シェルポの町は開設以来、最大の経済活性化中。あっと言う間に人口は三倍に為ったそうです。
クライスト領内というよりも、他領の雇用状況の改善に役立ったらしく、父上達のメルーディア国内での影響力や立場が高まったそうです。
まあ、俺達にとっては他人事なんですけどね。
此方等に飛び火さえしなければ。
──で、そのシェルポに来ている訳です。
実家からの出頭命令なので断れません。
本音を言えば、「滅茶苦茶面倒臭い」です。
「アーヴェルト様、フォーコリュナーテ様、本日はシェルポに御越し下さいまして有難う御座います
我々、シェルポの民にとって御二方は正に救世主、何れ程筆舌を尽くしましょうとも、この胸に懐いた思いを表し切れはしません
何しろ、このシェルポは始まりから──」
深々と頭を下げると、感謝・感激、雨霰な勢いで丁寧に挨拶され、昔話をされても困ります。
だって、全部偶々で、結果論なんですもん。
姉上から送られてきたコール芋の時とは違って、特に意図してなかった事なんですから。
……俺、顔が引き吊ってませんか?。
フォルテは兎も角、メレアさん達でさえも、町を預かっている代官だろう男性に唖然としています。そう考えるとフォルテってマジ天使──女神です。
「おお、アルト、フォルテ、着いたんだね」
「父上、御久し振りです」
「御久し振りです、御義父様」
「……これ、何時終わるの?」な空気を感じてか父上が登場してくれました。
まあ、母上が仕向けてくれたんでしょうけどね。父上って微妙にズレてますから。
それでも父上の登場で我に返ったらしく、昔話は終了して、一礼して立ち去ってくれました。
その後、父上に案内されて移動します。
これで案内までされた日には二度と近寄ろうとは思わなくなっていたでしょうね。
……もしかして、其処までを見越しての父上投入だったりしましたか、母上?。
「フォルテは兎も角、貴男は嫌うでしょう?」
「反論の余地も御座いません」
「其処は反論なさい、本当にもぅ……」
案内された先で待っていた母上からの開口一番の鋭い御指摘に、この愚息めは脱帽致します。
「全く、誰に似たのかしら」と言う様な眼差しで父上を見た母上から、父上が顔を逸らした。
うん、流石に父上も自覚が有るんですね。
「納得しないで下さい」という抗議する眼差しをメレアさんから貰いますけど、仕方が有りません。だって、血筋みたいですから。えっへん。
まだまだ増築・区画整備の途中であるシェルポ。本来であれば、代官の屋敷に宿泊するそうですが、其方等も規模に合わせて改築中なんだそうで。
父上達も宿の方に宿泊しているそうです。
曾ては冒険者だった父上達なので、その辺りには他の貴族よりも寛容──と言うか、無頓着らしく。母上ですら、時に執事やメイドに一言言われてから気付いたりするみたいですよ。
メレアさん達、メイド情報によればね。
ただまあ、俺達からしたら気楽で良いんですよ。本当にね、貴族社会の風習って何なんですかね?。どう考えても俺には悪習としか思えませんよ。
誤魔化し、話題を逸らす様に咳払いをしてから、笑顔を見せる父上。本当、タフですね。
俺も流れ弾には当たりたくないので乗りますが。
「アルトはシェルポは初めてだったな?
どうだ?、驚いただろう?」
「はい、話には聞いていましたけど、直接見ていた訳では有りませんから、実感は無いので
──と言うか、幾ら注目度が高くても此処まで早く事が進んでいくものなのですか?
確か、聞いていた話では以前までの人口は五百人程だったと思いましたが……今の人口は低く見ても、軽く二千人は居ますよね?」
「はっはっはっ、聞いて驚け、何と三千人越えだ」
「三千人っ……アルト様、凄いですね」
「本当、以前までの規模からは考えられないな」
楽しそうに発表した父上の言葉に対して、父上が一番嬉しいだろうリアクションをするフォルテ。
計算ではなく素直な故に尚更に気に入られるのは言うまでも有りませんが。俺も驚いてます。
五百人とは言いましたが、それは最盛期の話。
此処、数十年は人口三百人前後だった筈です。
それが単純に考えても以前の十倍に為ったなら。あの代官の男性の反応も頷けますね。
そんなつもりは此方には無かったとしても。
そんな訳で脱線している父上に軽く肘打ちを入れ母上が咳払いをして話の続きをしてくれます。
何気に仲の良さを見せ付けてくれますね。
「貴男の疑問は尤もです、普通は有り得ません
如何に注目度が高く、クライスト家にとっても今後長きに渡る産業になるとは言え、順序が有ります
人口の増加──つまり、民の移住にしても、色々と順序立って行われるものです」
「ですよね~」
「ただ、件のアプロチュットの事が公認されたのがカルニバー秋楽祭でしたからね
陛下達は勿論、参加していた他の方々の声も含め、大きな後押しと為った結果、異常とも言える早さで進展しています
しかも、シェルポの環境は栽培には最適です
まだまだ人口は増加するでしょう」
「アレで、まだ途上ですか……
まあでも、当然と言えば当然でしょうね
堀り尽くせば終わる鉱山資源等と違い、シェルポのアプロチュットの栽培は今後半永久的に産業として成立する訳ですから基盤さえ整えば維持が中心です
アプロチュットの特性上、他所に流出する可能性は無いに等しいですし、密輸・盗難対策も講じ易い
そうなると品質管理が主な注意点ですからね
安定した生産が見込める以上、他所の家も協力的に働き掛けてくれるのも頷けます」
──と言うと、父上と母上が黙り、嘆息した。
え?、何ですか、その気になる反応は。
今、変な事言った?…………言ったかも。いや、変な訳ではないでしょう。ただ、子供の思考的には相応しくはないというだけで。
もう今更なんで俺は諦めてます。
特に、家族の前では素で行く事にしたので。
だって、身内相手に会う度にストレス溜めるとか嫌過ぎますからね。ストレスレスな方向にするのは可笑しな事ではないでしょう。……ないよね?。
「実はな、アルト
御前に領地運営──代官の話が出ているんだ」
「……………………は?、え?、あの……え?……
済みません、父上、もう一度御願いします」
「だからな、御前に代官を任せる事で、統治経験を積ませたい、と陛下からの御提案が有ってな
勿論、今直ぐにではなく、洗礼式が終わってからの話ではあるが、一応、話して置こうと思ってだな」
「…………父上?、俺、家は継ぎませんけど?」
「だが、新しく家を興す可能性は有るからな」
「いやいや、無いでしょ、それは流石に……」
「陛下が御認めになれば、可能性は有るからな」
「………………マジでかぁ……」
父上の言葉に、状況が想像出来てしまった。
だから、頭を抱えるしかなかった。
陛下が認める。
つまり、例のメアリー王女の側室入りが現実味を帯びてきているという事を意味している。
勿論、あの御二人ですから、俺とフォルテの仲を狂わせる様な真似はしないでしょう。
そうなった時、俺が離縁するのは側室です。
フォルテと離れるつもりは有りませんから。
だから、その上で、事を進める、という訳。
……どうして、こうなったんだ?。
「まあ、色々と驚かされてはいるが、理解は出来る
アルト、御前は遊ばせておくには惜しい」
「遊ばせておいて下さい」
「無理だな」
「父上達だって、遊んでたでしょう?」
「私達と貴男とでは立場や事情が違い過ぎます
まあ、気持ちは判りますし、まだ先の話です
代官を務める予定地はクライスト領内か王家直轄地という事だけは確定だと思っていなさい」
「……因みに、洗礼式直後に行方を眩ましたら?」
──と言った瞬間の、父上達の感情の無い笑顔が現実を如実に物語っていました。
姉上、貴女の予言は的中したようです。
どうやら、気合いを入れて防壁造りを遣らないと俺の自由なイチャラブ生活は潰えそうです。
──という衝撃の事実が判明し、視察する余裕が削られ──る程、軟なメンタルでもないんで十分に開き直って楽しみましたよ。
先の事は、その時になって考えます。
メアリー王女とは六つ違いなので、側室入りするにしても俺が十六歳に成ってからの筈です。
だから、今は考えない事にします。
今から考えて悩みたく有りませんから!。
「こういう時にこそ、気分転換が大事でしょう」
「アルト様、御茶を御淹れしますね」
「有難う、フォルテ」
ティーセットを用意してくれるフォルテ。
今はメレアさん達は別の事をしている最中なのでフォルテがしてくれています。
料理好きなフォルテにとっては、こういった事も出来る限りは自分で遣りたいのが本音。
ただ、それではメレアさん達の仕事を奪いますし存在意義を蔑ろにする訳なので。
相談し、譲歩して、今の形に落ち着きました。
本当にね、貴族って面倒臭いんですよ。
──とか考えて、違う方向にでも愚痴ってないと遣ってられません。
貴族と社畜の違いを誰か教えて下さい。
そんな精神状態ですからね。
愛妻と過ごす一時はマジで癒しです。
そして、こういう時に頼れるのが、本です。
ページを捲れば、現実から離れ、無限の世界へ。
実家のも、別邸のも読み尽くしていますが。
実は、姉上の新婚旅行の御土産が有ります。
俺が最近よく本を読んでいる事は知っていたのでノーザィラス王国とセントランディ王国にて適当に珍しそうなのを買ってきてくれていたんです。
本当、貴女の弟に生まれて幸せですよ、姉上。
二百十七冊にもなる御土産でしたが、その中には古書の類いも混ざっていました。
紐で括られた“纏め売り”感が漂う本が五束。
バラすと全部で七十三冊も有りました。
古書は楽しみだったので取って置いたのですが、解禁するのは今しか有りません!。
──という訳で、早速読み始めるとしましょう。
さてさて、誰にしようかな~。
ん~…………よし、君に決めたっ!。
適当に並べた二十冊程の中から、濃灰色の革製のカバーをした一冊を手に取る。
表紙・裏表紙・背表紙と、タイトルも作者名すら記載されておらず、装飾模様すらない。
だが、その未知感が良い。
「さあ、君は当たりかな?、外れかな?」と。
期待に胸を高鳴らせながら表紙を捲る。
頑丈そうな扉の絵が有った。
その瞬間、視界が歪み、本の中の扉が開いた。




