20話 交易
栗剥きをしているテーブルの一部を片付けると、其処にメレアさんが荷物を置く。
届いた荷物を改めて見てみる。
段ボールや発泡スチロールの無い世界ですから、一般的な輸送時の梱包方法は木箱です。
一辺が30サニタ程の正立方体。
正方形の木箱は流通量としては少ない方です。
主流は長方形で、少しでも多く、な考えなので。
きっちりと縛ってある荒縄は切らずに解くのが、再利用する為の基本です。勿体無い。
上蓋を掴み、開けて見ると──
「………………?、石炭?」
びっしりと入っていたのは大きさ5サニタ前後の真っ黒な形が不揃いな石の様な物体。
初見の印象は言った様に石炭です。
「いえ、そんな筈は有りません
この量の石炭の重さとは思えませんでしたので」
「そう言うって事は全然軽いって事か……
じゃあ、取り敢えず──【アナライズ】」
悩む前に先ず【アナライズ】、が我が家の常識。飽く迄も我が家の、ですから。実家は別です。
既に使い慣れている魔法【アナライズ】の発動は一瞬で出来ますし、詠唱や補助用の杖等も不要。
この世界の常識的には、超高等技術だそうです。俺としては限り無くバレない様にする為に、不要な部分を削りまくった結果なんですけどね。
それでも、魔法発動時の特有の顕現エフェクトは省略・非顕現不可能なので使用時には要注意です。
可能なら呪文──魔法名も無しで使いたいですが言わないと発動しないので仕方有りません。残念。
そんな事よりも、結果なんですけど。
「え~と、“コール芋”、炭の様に中まで真っ黒、食用不可、と……ん?、手紙?」
箱の中に黒く煤けた封筒が入っていた。
手を拭き、開いてみると──二重封筒でした。
汚れる事を想定したんでしょうね。流石は姉上。
「…………あー……成る程、そっか~……」
「アルト様?」
「コレを姉上達が別邸の近くで見付けたんだけどね
「先ず食べられる気がしないけど……」って事で、僅かな可能性に懸けて俺に送ってみたんだって」
姉上からしてみたら俺は色々と見付けているから多少は「運が良ければ価値が有る物かも……」って期待したんでしょうね。
まあ、姉上だから過度な期待じゃないでしょうし本当に運が良ければ、でしょうから。
食用不可だしねー……どうにも出来ません。
「どうされますか?」
「どうもこうも、「コレは食べられませんよ」って書いて返事を出すしかないよ
姉上には悪いけど、コレは流石に無理…………」
「…………アルト様?」
「……石炭、よりかは、炭だな……炭か……」
コール芋を一つ手に取る。
メレアさんが言った様に軽い。備長炭等とは違う炭化した芋みたいに軽い。
試しに指先で軽く潰してみれば、スナック菓子を潰すかの様に簡単に砕ける。
やはり、中まで炭化し切っている。
これだと炭としては使えない。墨汁──インクにだったら出来るかもしれませんが……姉上なら既に試してる筈。
──というか、先ずは水に浸けたり、溶かしたりしてみるでしょうからね。
「色々試してみたけど」って書いて有ったから、姉上達も思い付いた事は遣った後でしょう。
つまり、その方向でも使えなかった訳です。
「メレアさん、姉上に手紙を書くから紙とペンを」
「畏まりました」
姉上からコール芋が届いて、早二週間。
前世の十二月に当たる“アスタラの月”になり、季節も秋を終え、冬へと移り変わりました。
まだ雪こそ降ってはいませんが、肌寒さは増し、ベッドの中では夏場の時以上にフォルテの温もりが愛しくて仕方有りません。
正確には、人肌の温もりの付加価値、ですね。
そして、布団から出るのが億劫です。
フォルテとクーリエさんは雪国出身だから夏より今の方が馴染みが有って動き易いみたいです。
正に育つ環境に適応した結果の違いですね。
「アルト様、御早う御座います」
「御早う、畑の方はどんな感じ?」
「最初は半信半疑でしたが、確かに彼方の従来通り育てている物と比べても断然育ちが良いです
まさか、こんな使い方が炭に有るとは……」
「普通の炭だと細かく砕くだけで手間だし、場合に因っては発火する危険性も有るから駄目だけどね
ほら、草木を干して焼いた灰を撒くでしょ?
アレと一緒で畑の肥やしの一つになるし、黒いから冬場は少ない陽光でも土に熱を蓄えられる
彼方で作ってる腐葉土と合わせると、来季に向けて田畑の準備にも使えると思うんだけど……どう?」
「はい、これなら冬場でも今まで以上に作物を作る事が可能になりますし、田畑も良くなります」
「良かった、なら、この件は話した通り内緒でね」
「それは構いませんが……宜しいのですか?」
「アレは姉上達が見付けた物だからね
それにクライスト領には無い物だから、使うのならアイドリー領から買う事になる
姉上達の功績になれば、融通してくれる
長い目で見れば、その方が家の為、領民の為だよ」
「……流石で御座います、アルト様」
何が流石なのか、何に感動しているのか。
価値観の違い故に、それは定かでは有りませんが気にしない方がいいので流します。
こういう時、取り敢えず笑顔を見せておくだけで相手は悪い印象を懐きませんからね。
サラリーマンの営業テクニックの一つです。
家に戻ると結果と施行内容を認め、姉上に宛てて手紙を送ります。
荷物と違い、手紙は毎日朝一で早馬が出て各地に届けられているので明日中には届きます。
後の事は姉上達次第なので俺達は関与しません。
取り敢えず、前回の手紙にて大量に送って貰った分が有りますから今冬は購入不要です。
今冬は何処も試験的な購入に留まるでしょうが、来年からは確実に利益が見込める筈です。
冬場の作物の収穫量が増える事は領地の収入源の増加を意味しますからね。
特に国内よりも国外に輸出出来る商品と技術。
ノーザィラス王国には重宝されるでしょう。
姉上達やアイドリー家は勿論、メルーディアにもフォルテにも良い結果に繋がります。
発見者が姉上で、その弟にフォルテが嫁いだ。
調べれば直ぐに判る事ですからね。
ノーザィラス王国内でのフォルテの結婚が齎した功績としては確実に後世に残る事でしょう。
だから姉上、頑張って下さい。
時は流れ、寒さは更に増し、今朝には初雪が。
日課のランニング前、皆と一緒に眺めましたし、朝食は“雪見”をしながら、和やかに。
体感的には寒くても、心は暖かくなりました。
午前中の日課を済ませると昼食を持ち、山へ。
今では三日に一度はフォルテと一緒に山に入り、散策するのが当たり前になっています。
俺は鍛えていますが、フォルテも逞しいです。
護身術として教えた体術を始め、短剣や弓の腕も日々上達しています。
狩猟と料理は深く関わりますから、その意味でもフォルテの伸びている技能は料理関連。
広く考えれば、薬膳や栄養学にも繋がる訳なので薬学や医学の勉強も一緒にしています。
本当にね、魔力が無いだけで、その才能の凄さは幼少の頃から知るクーリエさんですら驚く程。
まあ、「これで魔力が有れば……」と考えるのが王公貴族の社会性なんですけどね。
此処はド田舎なので誰も気にしません。
フォルテの人柄や努力を皆が知っているからこそ純粋にフォルテを信頼し、慕っていますので。
俺達夫婦には本当に良い環境だと思います。
「今日は鹿か猪を狩れたらいいな」「それなら、夜は御鍋ですね」と話しながら玄関の扉を開けたら何故か姉上が立っていました。
「……姉上?」
「こんにちは、アルト、フォルテ、元気そうね」
「はい、御義姉様も御元気そうで何よりです」
「朝には雪が降ってたし、まだ寒くなりそうだから暖かくしないと駄目よ?
幾ら雪国のノーザィラス出身でも別の場所なんだし慎重な位で丁度いいわ、気を付けてね」
「有難う御座います
御義姉様、マステディオさん、どうぞ中へ」
「有難う、御邪魔するわね」
「こんにちは、御邪魔致します」
話しの流れのままフォルテが姉上達を中へ案内。俺達が会話している中、メレアさん達が背後で直ぐ対応していたのは言うまでも有りません。
それよりも、フォルテに言われるまで姉上の横にマステディオさんが居る事に気付きませんでした。御義兄さん、もう少し頑張って下さい。
姉上の存在感に隠れ過ぎですから。
まあ、これが意図的に出来る事だったら物凄い事なんですけどね。
取り敢えず、今日の散策は中止でしょうね。
流石に姉上達を放って置いて散策しに行く真似は出来ませんから。
メレアさん達が手早く準備を整えてくれたので、四人でテーブルを囲みます。
俺達も一息吐いて落ち着かないとね。
「姉上が此方等に来るのは、マステディオさんとの結婚が決まった事を報告しに来た時以来ですね」
「ああ、もうそんなになるのね
あっと言う間だったから、昨日の事の様だわ」
「その気持ちは判ります
俺もフォルテも結婚してからの日々は、概ね、時が過ぎるのが早く感じられますから」
「概ね、という辺りが貴男の本音ね
まあ、その気持ちは判るわ、胸を張って言っていい事ではないけれどね」
「その点、兄上もユー姉さんも立派ですよね」
「本当にね、よく遣れるわよ」
──と、姉弟の愚痴に夫と妻は苦笑するのみ。
フォルテは此方等側寄りですが……その様子だとマステディオさんも似た様なものでしょう。
多分、俺も姉上も父上似なんでしょうね。
父上って貴族らしくないですから。
あー……でも、行動力的には母上似かも。
「それで今日はどうしたんですか?」
「ああ、実はね、私達ノーザィラスに行くのよ」
「え?……って、ああ、コール芋の件ですね」
「ええ、国内の各領主様には一定量を送ったから、貴男の提案通り陛下にノーザィラスへの輸出の件を申し出たてみたの
メルーディアでも有効だけれど、ノーザィラスなら更に大きな成果が期待出来るもの
そうしたら、二つ返事で許可が出てね
既に陛下からノーザィラスへ書状が出されたわ」
「流石は陛下、決断も行動も早いですね」
「その陛下が、貴男に感心していたわよ
姉想いであり、貴族らしいって」
「あははは……」
「まあ、そういう訳で王国船を出して下さるから、少しでも早く、という事なのよ
だから、年末年始は向こうで過ごす事になるわ
陛下も「丁度良い、新婚旅行も兼ねて観光でもして楽しんできなさい」って仰有って下さってね
フォルテ、良ければ後で教えて貰える?」
「はい、御義姉様、私で宜しければ
クーリエさんも御願いします」
「畏まりました」
「輸出するなら、栽培の方も目処が?」
「ええ、貴男の書いていた通りでコール芋は私達が暮らすモイキャ山の麓でしか栽培出来無いみたいで他では見付からなかったわ
まあ、下手な競争とかも無いから余計な事を考えず栽培方法を構築出来るのは助かるわ」
「利権争いで共倒れは笑えませんからね」
「本当にね、そんな馬鹿で暗愚な事を遣っていると気付かない連中に貴男の爪の垢でも飲ませたいわ」
「効かないと思いますよ、関わりたくないんで」
「あー……確かに、そうかもしれないわね……」
「それより、姉上、ノーザィラスに行くなら、俺とフォルテの書状も届けてくれますか?
直接な事は書きませんが、そういう縁が有る事実は交渉の際に少しは役に立つと思いますから」
「……はぁ……これなら陛下達が気に入る訳だわ
貴男、自分から柵の中に飛び込んでるわよ?」
「大丈夫、いざとなったら突き破って逃げます」
「先ず逃がしては貰えないと思うけど?」
「その時は侵入不可能な防壁を築きます」
「それが冗談に聞こえないから笑うしかないわね」
そう言って苦笑する姉上ですが、決して悪い様に思われてはいないでしょう。
姉上達は俺達の理解者ですから。




