10話 初冒険
別邸での生活を始めてから、早二ヶ月。
畑に植えた苗達は順調に育ち、収穫出来る様に。やっぱり新鮮な野菜って美味しいですよね~。
さて、発動されたアルト君ダイエット計画ですが自分でも驚く程、結果が出ています。
ぽっちゃりでしたが、八歳にしては体格は良く、実際は同い年の王子達よりも縦も横も大きかった。まあ、ロマーナ君にだけは横幅は負けましたけど。それ以外は自分よりも小さかったのは意外な事実。多分、平均よりも大きいんでしょうね。
そんな訳で溜まっていた脂肪を燃焼させていき、痩せると同時に筋肉を鍛えた訳です。
──とは言え、ムキムキな八歳児に進化したりはしていませんよ。
筋肉が付き過ぎると身長が伸び難くなる、という真偽不明な情報を聞いた様な記憶が有ったので。
前世では叶わなかった、夢の高身長域。目指せ、身長180サニタ!、です。
痩せ具合も健康で適度な範疇です。
痩せればいい、細ければいい、軽ければいい。
そういう訳じゃ有りませんから。
ストイックに鍛えて作り上げた肉体は、その後の維持にも半端無い努力と継続が求められます。
正直、其処までガチでは出来る気がしませんし、遣りたいとも思いません。
継続する為には何事も程々が大事なんですよ。
それから実は身長がね、6サニタ程伸びました。はっきりとは判りませんが、長きに渡り重ねられる貴族の遺伝子の恩恵かもしれません。
あと、今の両親は美男美女ですから。
そんなこんなで結果を出した我が肉体。
今ではフォルテを軽々と御姫様抱っこ出来ます。そのまま走ったりも出来るんだぜ~。凄いだろ~。
「……行ったか?」
「……居ないみたいですね」
抱えているフォルテと一緒に同じ方向を見ながら様子を窺い、近くに居そうにない事を確認。
静かに、二人して安堵の息を吐く。
ふと、気になったのは間近に有るフォルテの顔。
俺も走って汗を掻いたけど、フォルテも汗で額に髪が張り付いている。
……女性の汗で張り付いてる髪ってセクシーだと思いませんか?。俺だけですかね。
取り敢えず抱えているフォルテを下ろします。
御互いに残念な気もしますが、今夜部屋の中でも遣れば済む話ですからね。今は動ける事が重要。
現在、俺達は別邸の裏手に有る山中に居ます。
此処はモンスターの棲息域ではないので、普段は村の人も入る事が有ります。
だから、ダイエットも一段落した事だし、別邸で暮らし始めてからは出掛けても村まで、月に一度の買い出しで最寄りの町に二度行っただけ。
そこで、「折角、こんなにも自然が豊かなんだし二人でちょっと散策でもしようか?」と提案。
メレアさん達にも気分転換になるだろう、と。
フォルテに御弁当を用意して貰い、二人で山へ。
楽しいトレッキング感覚──だったんだけどね。
この山に棲息している猪──“ブラックボア”の群れに遭遇しました。
ブラックボアは名前の通りに真っ黒な毛並みで、額に鈍器に等しい大きな瘤が有ります。この大瘤を活かした突進は下手すると死ぬ威力なんだそうで、山に入る場合は要注意の存在。雄は牙持ちです。
ただ、基本的には臆病なので群れで行動する為、何もしなければ襲われる事も有りません。
そんな群れの中には目を引く存在が。
親猪とは違い、茶色の濃淡の縞柄の仔猪。
穴を掘ったり、戯れ合ったり、のんびり寝ている仔猪の愛らしい姿を見て、和むフォルテ。
しかし、俺は一気に血の気が引いた。
前世で祖父に「子連れの獣には気を付けろ」って教わってたし、動物関連の番組でも見た。
即座にフォルテを抱き上げて走り出した。
その悪寒が外れる事は無く。
子育て中で、警戒心が過敏に為っていた我が仔を守ろうと突進してきた親猪達から逃走。
山道から外れ、草木の中を全力疾走。
どうにか巻いて逃げ切った──というのが現在。
ええ、普段遣ってるランニングよりハードです。明日は筋肉痛確定ですよ。
「アルト様、大丈夫ですか?」
「ああ、平気平気、フォルテの方こそ怪我は?」
「大丈夫です、掠り傷一つ有りません
アルト様が守って下さいましたから……」
「それなら良かった」
そう安堵する俺の左腕に出来た切り傷を見ながらフォルテは持ってきていたリュックから薬草を擂り潰して作った軟膏の入った小瓶を取り出す。
綺麗な布で傷口を拭き、軟膏を塗って手当て。
包帯は大袈裟な気がするが、まだテープが無い。だから、こういう時には包帯が当たり前。
手当てを終えた傷を撫でながら申し訳無さそうな表情で俯いているフォルテ。
「気にするな」と言う様に右手で頭を撫で、頬に触れながら左手で抱き寄せ、キスをする。
慣れた様に、ではない。
事実、この二ヶ月で大分慣れましたからね。
フォルテとは寝る前と起きた時に必ずキス。
他にも隙有らばキスし合っています。
フォルテからも積極的に。時には不意打ちで。
もう、これでもかってイチャイチャしてます。
俺達は夫婦ですけど、何か?。
まあ、それは兎も角として。
全く気にしない、というのは無理でしょうけど。フォルテも切り替えが早く為りました。
フォルテも以前とは大分変わりましたしね。
無理に自分を抑えたり我慢したりはしませんし、表情も自然になっています。言葉遣いは染み着いた癖みたいなものなので仕方有りません。
まあ、俺としては違和感は有りませんが。
原作の彼女を知っているだけにね。
キスをした事で気持ちも落ち着かせた俺達。
一先ず、昼食後の残りの御茶で一息入れます。
汗も掻きましたからね。
「此処は……どの辺になるのかな……」
「聞いていた山道からは随分と離れましたから……
立ち入りが禁止されていた区域かもしれません」
「それはそれで、ちょっと楽しくなってくるね」
「アルト様…………実は、私もです」
そう言って二人で笑い合う。
普段は王道の御姫様、家庭的な正統派の幼妻、と良妻賢母を地で行くフォルテだけど。
実は、こんな風に好奇心旺盛で活発な彼女。
冒険者という将来の選択肢を、本気で考えられる辺りにも垣間見える逞しさ。
こういう状況でも強がっているという訳でもなく本当に心を躍らせられる強心臓。
フォルテとなら何処ででも生きて行けます。
──とは言え、流石に日没までには帰らないと。メレアさん達が心配するだけでなく、村の人も含め捜索隊が結成されても可笑しく有りません。
伯爵家の息子と、一国の王女様ですからね。
まだ好き勝手に出来る程では有りませんから。
その辺りはフォルテも判っています。
「探索したい気持ちは有るけど帰らないとな」
「そうですね、先ずは山道に戻りますか?」
「んー……また群れに遭遇しても困るしな~……
ちょっと木に登って周囲を確かめてみるかな」
そう言って手近な木に登って見ようとする。
その俺を見詰める視線を感じ、振り返る。
当然、フォルテが居るんですけど。
心配・尊敬──そして、羨望の籠った眼差し。
成る程、自分も登ってみたい、と。
でも、貴女はスカートだから駄目です。
下から覗くのは俺しかいませんが、引っ掛かると危険ですからね。駄目です。
──と言う訳で、フォルテを背負って登ります。これが正解かどうかは知りませんよ。
ただ俺がフォルテを喜ばせたいだけですから。
しかし、この木、何の木なんですかね?。
この世界の固有種なんでしょうけど。幹枝の皮がツルッツルで物凄く滑るんですが。
他の種類が有れば、変えるんですけどね。
残念ながら見当たりません。
移動すれば判りませんが、下手に動けないから、こうして確認しようとしてる訳なので。
取り敢えず、汗拭き様のタオルを幹に回してから掴んで登る事にします。
こんな感じの遣り方で、ヤシの木に登ってたのを見た事が有った気がするんで。
「……ぅわぁ……アルト様、凄い眺めです」
「本当、予想外の絶景だったな」
ダイエット計画の副産物として手に入れた体力と筋力が、こんな形で活かされるとは。
そんな感慨に浸りながら太い枝にフォルテと二人並んで座りながら、眼下の景色を見下ろす。
大地の緑と、大空の青が地平線で分かれている。地面に立って見るのとは違う角度の景色。
たったそれだけの違いが、感動を生む。
それは人の価値観や意識にも言える事だろう。
大自然の中で「自分の悩みは小さな事」と感じる人が少なくないのも、こういう事なんだろうな。
この景色を見られた今だから、猪ハプニングにも少しだけ必然性を感じます。
実際は偶然なんですけどね。
「登るなら太くて大きな木だ」との祖父の教えに従い一番の大木──10ミードは有る木を選択。
登ったのは大丈夫そうな7ミード程までですが。それでも周囲の木々の頭が膝下ですからね。
この木を選んで正解でした。
景色を見て感動しているフォルテの邪魔はせず、自分達の現在地を確認。
正面の景色には小さく町が見えます。
見覚えの有る外壁なので、最寄りの町ですね。
その位置から、別邸の有る方向を割り出し、顔を向けた瞬間──目を逸らしたくなりました。
だって、此処とは離れてはいますが、庭先に居たクーリエさん──服装で判別可能──が此方を見て手にしていた箒を落としたんです。
しかも、その様子に気付いたメレアさんが近付きクーリエさんが指差したら……ねぇ……。
「……はぁ……フォルテ、帰ったら雷が落ちる」
「……え?………………ぁ……」
流石に教えないまま帰るのは可哀想なので、声を掛けて別邸の方向を指差すと、フォルテも気付く。
高い場所に居て周囲を見渡せるという事は。
自分達も周囲から見え易いという事です。
「……メレアさんが怒っているのが判りますね」
「普段は「仕方が有りませんね」で赦してくれてる事が多いだけに、コレは無理だろうな~……」
「このまま二人で遠くに逃げちゃいましょうか?」
「ははっ、それはそれで有りかもな」
現実逃避してる訳ではないけど、そんな風に軽い冗談混じりに話し、笑い合う。
こんなに楽しい日々も、フォルテが居るから。
勿論、メレアさん達もです。
だからこそ、この日常を大切に思う。
決して失いたくはない、奪わせはしない、と。
目指す方向も判った事だし、フォルテを背負って木を下りようとして──ふと、思い止まる。
「アルト様?」
「今日は安全に散策の予定だったけど……
こういう結果になった訳で……
これは俺達にとっての初めての冒険だ」
「あ……そうですね、そうなります」
「だからさ、ちょっとした記念を残そうと思う」
「記念、ですか?」
「此処はクライスト家の領地だから、独立した後、俺達が此処に来る可能性は低い
当然、俺達の子供が此処で過ごす可能性もね」
「……寂しい事ですけれど、仕方有りませんね」
「ああ、でもさ、だからこそ、残したい
今、俺達が此処に居たという証を
何時か、誰かが此処を発見した時、実は先に此処に辿り着いた二人が居たんだって伝える為に」
「……嫌がられませんか?」
「だから、ちょっとメッセージも残すよ」
そう言って護身用に腰に帯びている短剣を抜き、木の幹に文字を刻んでゆく。
この枝に立ち、下りようとした時に気付く。
そういう絶妙な位置にね。
そして、俺が刻んだメッセージを見てフォルテは驚いた後、可笑しそうに笑った。
「ふふっ、アルト様、意地悪ですね」
「そう言うフォルテも共犯になるんだけどね」
「──あ、そうですね
でも、こういう共犯なら大歓迎です」
そう言いながら、各々の名前を刻み込む。
「残念!、此処は俺達が一番乗りだ!」と。
何時か誰かが見付けるかもしれない、その時まで二人だけの秘密として、思い出を残す為に。




