92話 御願
アスタラの月、22日。【神力】の使用開始から早いもので二十日が経ちました。
俺とフォルテの神力魔法の鍛練は順調。王国内のダンジョンにて実戦でも試してみました。
ただ、かなり派手なので当面、表立っての使用は控える事に決めました。平穏に暮らしたいので。
その日常にも特に問題は有りません。
ただまあ、フォルテ達からの御強請りが凄いのが最近の課題、という所でしょうか。
ええ、油断すると魔法の効果切れが起きるので。その点が俺としては緊張感を伴います。
ああ、勿論、フォルテ達には何も言いませんよ。フォルテ達には心のままに幸せでいて欲しいので。男として、夫として、不粋な事はしません。
「おお、アルト!、久し振りだな、元気か?」
「はい、御祖父様、御久し振りです
御祖父様も御祖母様も御元気そうで何よりです」
セントランディ王国に滞在しておられた御二人が帰国されたという事なので顔を見せに。
フィルヴァンス公爵家ではなく、クライスト家の方なのは気にしては駄目でしょう。
何と無く、色々な配慮や事情が有る気がするのは判りますが、自ら触れに行く事はしません。ええ、俺は人並みには空気を読めますから。
まあ、義姉の懐妊祝いの件も有るでしょうから。何も可笑しくは有りませんしね。
向こうで御世話になったエクレとティアは改めて感謝と御礼を伝えます。
遣り過ぎも駄目ですが遣らなさ過ぎも駄目なので匙加減が難しい所ですけど。今回は大丈夫です。
「アルトよ、中々に派手に動いておるようだな」
「あー……ハルモナ王国の件でしょうか?」
「これまで、ハルモナ王国は勿論、各国も影響力を強める為に、水面下で働き掛けたり、画策してきた歴史は色々と有るが、今程その可能性は感じる事は一度も無かったというのが正直な所でな
その件で、儂が幼い頃に祖父と父が話していたが、具体性の無い絵空事……
寧ろ、愚痴の方が多かったからのぉ……」
「その御気持ちは判ります
俺も、直にハルモナの抱える問題に触れなければ、他人事のままだったと思いますから」
「それも全て、縁有っての事、か……」
そう言って御祖母様に挨拶しているレベッカ達を見る御祖父様の目が細まる。
やはり、その辺りは流石と言うべきなのか。
件の話に至るまでの経緯は、一通りは知っているみたいです。別に隠してもいませんけど。
まあ、だからと言って、レベッカ達を害したり、利用しようというつもりは無いのでしょう。
その眼差しは、俺やフォルテ達に向けられている孫や将来の有る子供を慈しむもの。
ただ、二人の、更には多くの子供達の事を思い、非力だった過去の忸怩たる思いを思い出した。
そんな感じの印象を受けます。
勿論、それは一瞬の事。直ぐに隠されます。
そういう所が貴族なんだと改めて思わされます。
「まあ、それは兎も角としてだ
本格的に動くのは先の話か?」
「今は根回しと足場固めが最重要ですかね
それに、最低でもミロード子爵家に嫁いだ姉さんが第一子を授かるまでは下手に動けません」
「上の方は兎も角、下は判らんからのぉ……」
御祖父様も直接は口にされませんが、利権を狙い彼是と動く輩が出る可能性は否めません。
特に各国の上層部や高位貴族は別にしても立場や地位の低い貴族や豪商といった人達はねぇ……。
それと、勘違いしている馬鹿な連中もです。
少数とは言えど、進行の妨げになってくる存在が居る以上は慎重に為らざるを得ませんから。
その為にもユー姉さんの懐妊は最重要条件です。ミロード子爵家の継承権を確定させる為にもね。
ただ、それはそれとしても、御祖父様の言いたい事も理解はしています。
それらは飽く迄も未来への投資。
しかし、現在も苦境に有る人々──特に子供達が少なからず居る事は事実です。
その子供達を救う術が……という事でしょう。
万人を救う事は出来無いとは判っていても。
そう思う葛藤は簡単には割り切れないから。
「……御祖父様、実は一つ、御願いしたい事が有るのですが宜しいでしょうか?」
「ふむ……何かのぉ?」
「将来的な事を考えるとミロード子爵家には多くの農業従事者が必要となります
ですが、クライスト家の領民を始め、メルーディア王国から移住者を出す、というのは人口が増える為一時的にとは言え、状況を悪化・圧迫する可能性が考えられると思っています」
「確かにのぉ……直ぐに効果が出る訳ではない為、人口の増加はミロード子爵家は勿論、ハルモナにも少なくない負担を強いる事になるじゃろうな……」
「はい、其処で将来的には戻って農業に従事する者を育成していきたいと思っています」
「従事者の育成か……──っ!」
「その総責任者を御願い出来ませんか?」
直ぐにハルモナ王国の問題は改善はしない。
しかし、生活に困窮している人々、特に子供達を一時的に育成という名目で受け入れる。
そして、技術や知識を身に付けた後、受け入れる準備が整ったミロード子爵家に送り出す。
これが、今の俺に提示できる唯一の妥協案。
但し、この責任者には俺は成れない。色々と遣る仕事が多過ぎて、常時は不可能の為。
この仕事は専任でなければならない。
それも踏まえた上で、御祖父様に提案している。御祖父様も俺の意図を察し、驚かれている。
しかし、それは一瞬の事。
その眼差しは、表情は「……仕方の無い奴め」と悪戯小僧を見るかの様に楽し気で。
同時に、既に返答するよりも先に、遣る気が滲み出ていますから。心配する必要は無さそうです。
「良かろう、その仕事、儂が引き受ける」
「有難う御座います
生活実習する場所はクライスト領内になります
詳しくは父上達と話して詰めて下さい」
「判った……が、儂が気にしておると?」
「いいえ、単純に信頼出来て、柵が少なくない中で適任者の筆頭候補が御祖父様だっただけです」
「……そういう所は母親似、祖母似じゃのぉ」
そう言って笑う御祖父様。
その言葉に思う事は有りますが、話を広げた先に楽しい未来が有る気はしません。
だから、流します。
ええ、“君子危うきに近寄らず”ですよ。
……ただまあ、もう少し本音を言うのであれば。御祖父様達以外には安心して任せるのが難しい為、断られた際には廃案となる予定でした。
この案自体は以前から父上達には打診し、理解と協力は取り付けてはいたのですが。責任者の選定が本当に難しい課題でした。
其処に、御祖父様達の帰国。
これもまた、縁が有っての事でしょう。
幸いにも、御祖父様から話を振ってくれたので。俺は孫として御強請りするだけです。
祖父母が孫に甘いのは、何処の世界でも似ている事なのでしょうね。
そんな重大な話しが世間話感覚で纏まった訳で。後で御祖母様から、チクッと言われました。
同時に感謝もされました。
何だかんだ言っていても母娘。愛する夫の胸中を気に掛けているのですから。
まあ、そういう意味では孫娘達も、直系ではないとしても同じな訳ですから。話が弾む訳です。
そんな感じの翌日。俺達は王都に向かって出発し馬車に揺られています。
本当なら、家に帰ってる筈なんですけどね~。
実は昨夜、ミリーシャ義姉さんから御話が有り、実家であるヴィセント伯爵家に向かう事に。
何でも、次期当主である御兄さんの長男──嫡男として生まれた息子さんが体調不良なのだとか。
まあ、今にも死にそうだとか、意識が無いとか。そんな重体という訳ではなく。最近、熱っぽい事や食欲が落ちていて元気が無いそうです。
因みに、その子はまだ二歳だそうです。
──とは言え、ヴィセント伯爵家から義姉に話が来たという訳ではなく。御祖父様達が聞いた話で。それを義姉にしたんだそうです。
その結果、義姉は自分が妊娠した事も有り、甥の様子が気になってしまった、という流れで。
「何も無ければいいのだけれど……」という事で特に予定は無かった事も有り、俺達が様子を見に。
王都に着いたら兄上に話して同行して貰います。一応、俺はクライスト家を出ている扱いなので。
こういう時は、飽く迄も、実兄弟の関係、という建前武装が大きな意味を持ちますから。
こういった小細工が地味に大事なんですよね。
「そう言えば、ヒュームの小さい子って結構直ぐに体調を崩すわよね?」
「ズゥマやエルフと比べるとヒュームは生物的には生命力や身体能力が低いですからね
成長すれば差は無くなる事も多いですが、子供だと種族による差は出易いです」
「それって病気とかでも?」
「アルト様の御話しでは、種族によってや個人差も含めてもヒュームの子供は体調を崩し易いそうです
勿論、ズゥマやエルフの子供でも体調を崩す場合は有りますから、飽く迄も比較した場合の話です」
「特に大きな問題が無ければいいですね」
「ああ、そうだな」
フォルテ達は心から心配しているのでしょう。
ただ、「そういう話をするとフラグが……」と。思わず言いたくなってしまいます。
言っても伝わらないのは判っていますけどね。
説明すれば納得して貰えるでしょうけど。それを遣ってまで広めたり、定着させる気は有りません。それに何れだけの意味が有ります?。其処までする理由も価値も有りませんから。
それはそれとして。
アン達の会話に出てきた様に種族差は有ります。しかし、ズゥマとエルフは種族固有の病気や疫病が有りますが、ヒュームには有りません。
その為、ヒュームが罹患する病気は他の二種族も罹患する事になりますが、その逆は有りません。
何方等が良いという話ではないという事ですし、それは、ある意味では仕方の無い事です。
それが種族の違いというものなので。
以前であれば王都までの移動というのは小旅行。ちょっとした楽しみも有りました。
しかし、今では自分で走った方が早く着けるし、所要時間を短縮する事で自由時間も増える。何より途中の余計な宿泊をしなくても済む。
結論。馬車移動って面倒臭い、で夫婦一致。
勿論、口に出したら宅の敏腕メイドが睨むので。心の中に留めます。だから気付かないで下さい。
「久し振りだね、アルト
フォルテさん達も元気そうで何よりだよ」
「御久し振りです、兄上
此方等はミリーシャ義姉さんと父上達からです」
「有難う、しかし、急な事で悪かったね」
「義姉さんの気持ちは判りますから構いませんよ
でも、過度な反応は避けたいので御願いします」
「あはは、相変わらずだね
大丈夫、ちゃんと其処は周知されているから」
苦笑しながら、やんわりと了承してくれる兄上。マジで御願いしますからね?。
──と言うのも、過去にトラウマが有る為。
ちょっと顔を出しただけで歓迎会が開かれたり、次から次に人が集まってくるという「何コレ?」な軽い混乱状況が出来た事が有りましたからね。
ええ、それで益々俺は嫌になりましたが何か?。此方等は被害者ですからね。強気ですとも。
まあ、それがあまりに酷かった為、陛下達からも苦言が出て、控える様には為りましたけどね。
それでも、貴族は貴族ですからね。
縦横斜めの繋がりで話が回っている事は多々。
流石に今回は大丈夫だとは思っていますが。絶対大丈夫と思っている事は危険なのでしません。
クライスト家・ヴィセント家に問題は無くても、何処にでも眼や耳が有り、鼻が利くのが貴族社会。油断した方が結局は貧乏籤を引くものですから。
──という事を考えていても、その繋がりが時に良い方向に働く事も有りますからね。
俺達としても、拒否・無視する事はしません。
何だかんだで繋がりが、社会の中での力なので。




