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 87話裏


 ダンジョンという場所は本当に不思議なもので。時には小さな別世界へと繋がっている事も。勿論、それは稀有な中でも稀有な事です。

 そんなダンジョンは、自然型と遺跡型の二種類に分けられているのですが。

 今、私達の居るダンジョンは何方等でもあって、何方でもない。そんな特殊なダンジョンです。

 きっと、学者や研究者といった方々にとっては、此処は「死んでも構わないから来てみたい」と思う場所の一つになるのかもしれません。


 ただ、実際に来ている身としては、正直な感想を言うと「早く帰りたい」です。

 平原を抜け、山を三つ越え、沼地の多い大森林を抜けた先に広がる海を渡って辿り着いたのは極寒の氷の大地でした。

 ……氷なのに大地でいいのでしょうか?。


 取り敢えず、アルト様から頂いた装備等で極寒の場所でも普段通りに近いので助かります。

 ノーザィラス出身の私でも寒いですから。


 ただ、私には寒さよりも気掛かりな事が。

 上手く言い表す事が出来ませんが、アガーラタに来てから、ずっと。何故か胸騒ぎの様な、不安感を生じさせる感覚が有ります。

 上手く言葉に出来ず、理由も判らないから尚更に不安感は強まり、煽られてしまいます。

 それでも、アルト様が側に居るから大丈夫。


 ──だったのですが。別行動となったので不安が少しずつ心に積み重なっている感じです。

 アンさん達を信頼していない訳では有りません。ただ、この不安感が明確ではない感覚だからこそ。アルト様の存在の有無が大きく影響します。

 ただ、アルト様との別行動は私自身も理解して、納得した上での事です。ですから、そういう意味で不満に思うという事は有りません。

 飽く迄も、個人的な悩みという事です。


 しかし、そういった悩みは私に限った事ではなく他の皆にも言える事です。

 私達は等しくアルト様の妻ですが、私達の全てが同じという訳では有りません。だからこそ、私達は御互いに支え合い、補い合う事で良く出来ます。


 私達の中ではアンさんが一番ポジティブですが、一番繊細なのもアンさんです。

 ある意味では私と似ています。

 私を持たないが故の苦悩に。

 アンさんは持つが故の苦悩に。

 アルト様に出逢うまで。苛まれていました。

 そういう意味では、御互いに憧憬や羨望・嫉妬に似た複雑な感情も懐いています。

 その事を素直に話し合い、認め合い、笑い合う。そう出来るのも、アルト様の存在が有ればこそ。


 故に、私達の中では、「もう少しアルト様の隣に立つに相応しく成りたい」という共通意識が。

 共に支え合いたいのですけど、私達の感覚的にはまだまだアルト様に傾いている気がします。勿論、そうアルト様が仰有った訳では有りません。

 飽く迄も、私達からすると、ですから。


 そういった事も含めての、今回の別行動です。

 ただ、手柄(結果)に固執はしません。

 私達の進路は正規(・・)ルートですから。

 先へ進む事が最優先です。



「それにしても、ちょっと拍子抜けよね」


「そうですか?」


「だって、一応は(・・・)前人未踏の地なんでしょう?

それにしては手応えが無いもの」



 気を抜かず、けれども、緊張し過ぎず、平常心で普段通りに話すアンさんとエクレさん。

 私とティアさんも同じですが。客観的に見ると、緊張感が無い様に思えます。

 しかし、こうして何処であろうとも、どういった状況であろうとも、普段通りに出来る。

 これが、アルト様の強さの考え方であり、私達が教わり、身に付けた事ですから。

 そういう意味では普通(・・)です。


 それはそれとして。

 アンさんの言葉に私は二人と視線で会話。揃って苦笑を浮かべてしまいます。


 私達の中では身体能力が一番優れたアンさんには物足りないのかもしれませんが。

 私達からすると、警戒するだけの相手です。

 ただ、アルト様と(・・・・・)比べると(・・・・)

 正直、負ける気がしません。

 ……改めて、アルト様の強さが判ります。


 「そのアルト様の奥様方ですから」と。

 小さく嘆息するメレアさんの姿が浮かびます。

 まだまだなのですけれど。



「それにアガーラタ(此処)って結局は何なの?

最低でもSランクになるダンジョンが有るだけだと彼処まで手の込んだ篩落とし(・・・・)をする?」


「……その点は私も疑問に思っていました

ですが、アルト様が何も仰有らない以上、不用意な発言は悪影響を及ぼすだけですから」


「それは私も判っているわ

ただ、アルト様の様子からすると、思い当たる事が何かしら有る様には思うのよ

勿論、確証が無いからアルト様も不用意な発言には気を付けているのでしょうけど」


「そうですね……フォルテさんはどう思います?」


「……一つだけ気になる事が有ります」


「それは?」


「“無空の者が鍵”という事です」



 そう口にすると、少しだけ身体を強張らせたのが判ります。でも、深い意味は有りません。それは魔力至上主義の社会では、当然の反応ですから。

 私達の場合、その考え方や価値観等をアルト様が嫌っていらっしゃいますから随分と抜け(・・)ましたが。それでも、それなりには染み着いていますからね。無意識に反応してしまう事は仕方が有りません。



「私達の場合、フォルテさんが居ましたが……

普通、滅多な事では無空の冒険者は居ません

居たとしても、Sランク以上のダンジョンに挑める実力を持った者というのは聞きません

居れば、間違い無く話題になるでしょうから」


「そう考えると……やはり、無理難題ですね」


「はい、それなのに、です

ですから、それが答え(・・)なのかもしれません」


「……と言うと?」


アガーラタ(此処)無空の者の聖地(・・・・・・・)という事です」


「「「────っっっ!!!!!!」」」



 皆が驚くのも無理も有りません。それ程に、私の発言は突拍子も無い事なのですから。

 ただ、そう考えると納得が出来るのも事実です。

 私の感じている不安感、自分でも説明の出来無い言動をしていた事、ダンジョンの仕掛け。

 そういった幾つもの点が線で結ばれるかの様に。

 一つの道筋(答え)に感じられるのです。



「…………もし、そうなのだとすると、アルト様がアガーラタに来られた理由は最初から?」


「アルト様なら考えられる御話しですが……

私達に何の説明も無しで、ですか?」


「そうですね……その辺りが微妙ですね……」



 エクレさんとティアさんが話している様に確証が無かったとしても、何の説明も無しに、という点は私も疑問に思います。

 ただ、「全てを説明しては意味が無い」と。

 そう普段からアルト様は仰有っています。

 その意味では、私達自身にとってもダンジョンの仕掛けというのは一つ一つが試練(問い掛け)です。

 準備し過ぎては、本来の意味が薄れます。

 そうアルト様が御考えになられたのだとすれば。事前に説明が無かった事も頷けます。


 そして、その事に疑問を懐き色々と考えた末に、そう思い至るのは私だけでは有りません。



「──っと、御喋りは終わりみたいね」


「左前方……出ます!」



 アンさんの声に身構え、ティアさんの声に合わせ左右に別れて飛び退きます。

 直後、私達の居た場所を一直線に延びる炎の筋が奔り抜けていきました。

 当然ですが、足元は氷です。その為、炎で溶けて半円状の溝が出来ています。

 視線を炎の発生源に向けると氷の中へと潜る様に穿孔が出来ていました。

 その奥に、赤く光る何かが居ます。

 それが敵であるのなら、初手は一つです。



「──【爆裂拳】っ!」



 その思考に応える様に放たれるアンさんの闘技。足元に打ち付けられた拳から前方に向かって扇状に走る衝撃が氷を破壊。破裂させます。


 一々指示をしなくても私達は独自の判断で動き、その意思を共有出来ます。それはアルト様の教えが今の私達の基本だからです。

 その為、今の状況では誰が何をするべきなのか。各々が把握・判断し、行動する事が出来ます。


 氷の中から弾き出される様に宙を舞うのは全身が黒い毛に覆われた巨大な一つ眼の毛玉の様な存在。私達では正確な情報は判りません。

 ですが、アルト様やフロイドさんから御聞きしたモンスターの情報から、“ヘルズ・アイ”だろうと推測します。ただ、毛色は兎も角、眼の色が情報と異なる事から異常個体(ミュータント)でしょう。

 それでも、攻略方法は基本的には同じです。



「【ウォーター・バインド】!」


「【フリーズ】!」



 ティアさんが魔法で水の鎖を生み出して拘束し、即座にエクレさんが魔法で水を凍結させます。

 これで一時的にですが動きを封じました。

 当然ですが、先程の炎を見れた後なので、直ぐに破られる事は十分に予想出来ます。

 ですから、私の手には魔法の道具袋から取り出し構えている弓矢が有ります。

 相手が脱出を試みるよりも速く。

 私の射た十矢が巨眼に突き刺さります。

 山での狩りを思えば、的が動かず、大きいので。とても簡単です。


 そして、苦痛か混乱か驚愕か。その点は定かでは有りませんが、奇声の様な叫びを上げ掛けた時にはアンさんが止めを差しに肉薄していました。



「【轟炎拳】っ!」



 それは珍しくない闘技です。

 しかし、一般的に知られている【轟炎拳】からは到底同じとは思われないでしょう。

 無空の私でも判る程に収束された魔力の炎。

 赤ではなく、白く輝く拳は鉄さえも容易く溶かし灼き尽くす超高熱の炎塊。

 同じ闘技でも、アンさんに比べて魔力量の少ないフロイドさんでは、其処までは届きません。

 ただ、その超高熱が故に、自分を守る為の技術も同時に扱えなければ自滅してしまいます。

 そんな一撃が、問答無用に巨眼を穿ちます。


 アンさんが「拍子抜け」と言ったのも納得です。本来であれば、Sランク相当のボスの筈ですから。こんなにも容易く倒す事が出来ると……困ります。

 勿論、悪い事ではないのですが。



「……レベルを上げるだけなら楽なんですけどね」


「そうですね……経験(・・)としては微妙ですが」



 ボスが消滅するのを見ながらティアさんと私達にとっては微妙な悩みを話します。

 高ランクのダンジョンは、レベルを上げる分には向いてはいるのですが。

 正直な話、アルト様との日々の手合わせの方が、戦闘の経験としては上質です。

 ですから、私達からすると物足りません。

 ……だから、別行動も出来るのですが。もう少し手応えと言いますか……困難さが望まれます。


 勿論、レベルを上げる事で強くなる訳ですから、それ自体は必要不可欠なのですけれど。

 アルト様の強さを知っていればこそ。

 強さというのは、それだけではない、という事を誰よりも理解しています。

 それ故に、様々な戦闘を経験したいのですが。

 中々、思う様には行きません。


 手加減をすれば、或いは自分達で条件付けすれば(縛れば)戦闘は長引かせられますが。

 それでは、あまり意味が有りません。


 ただ、これまでの道中にもボスが居ましたから。まだ先が続くのであれば、次に期待しましょう。

 その様に回収した魔素材を道具袋に収納しながら何度目かの希望を心で願います。



「……ふと思ったんだけど……

【直感】で強いボスが居る方向を望んだら、其処に強いボスが居ると思わない?」


「「「……………………」」」



 ──が、アンさんの一言に顔を見合せます。

 頭を強く撃たれたかの様な衝撃です。

 ただ、最優先は先に進む事です。

 ──ですが、一応。

 本当に、一応です。

 確認するだけなら時間の無駄では有りませんし、運良く、同じ方向だったり、近い場所だったりするかもしれませんから。


 四人で顔を見合せ、しっかりと頷き合います。

 此処から先の事は私達だけの秘密です。

 アルト様にも内緒です。

 疚しい事では有りませんが。

 決断が難しい選択にはなりますから。




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