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1話 転生


 “異世界転生”というジャンルが流行り出して。世の中に生み出された物語は多々存在する。

 その中の一握りを読み、楽しんでいた自分が。

 まさか、その当事者になろうとは。

 正直な話、“たられば”妄想はしても、妄想で。現実的な可能性としては微塵も考えてはいなくて。即座には理解出来ず、受け入れ難い事だ。


 当然だが、「異世界転生がしたいっ!」と思って出来るのなら、世界は大混乱している事だろう。

 まあ、だからこそ、それは特別な権利な訳で。

 時に、“神様”という存在を介して行われる事で神秘性と奇跡性を演出している訳で。

 決して、現実的な事とは認識してはいない。

 宝くじや馬券等を買い、億単位が当たる事の方が可能性的には現実的だったりするのだから。


 そんな異世界への転生が我が身に起きたのだと。そう理解出来たのは、ある程度、そういった状況を妄想だろうと想像が出来ていたからだろう。

 要は、一種のイメージトレーニングの様なもの。どんなに御都合主義の超展開な物だったとしても。それが多少は免疫力として機能してくれる。

 その有難さが、よく判った。

 現実を受け入れられず、訳の解らない事を言って怪しまれたり憐れまれたり迫害されたりするよりも遥かにマシな状況に身を置ける。

 冷静さというものの大切さが身に染みる程にだ。


 そんな自分の状況を認識したのは一夜が明けて。最初は「……ああ、夢か、これは……」と。

 実に楽観的に受け入れていただけだったが。

 流石に一晩経つと夢と現実の違いは判る。


 記憶の糸を手繰り、思い出す。

 当初、気が付いたのは窓から射し込む夕日に顔が照らされているという状況だった。

 見た事も無い。絵画や映像でしか見る機会の無い外国の古い洋館の一室の様な場所。

 凝った細工が彫刻・装飾された机に突っ伏して、眠っていたんだろうとは直ぐに判った。

 ただ、やはり記憶には無い場所。

 その手の設定の物語を妄想しても、細かい風景や描写というのは独創性(オリジナリティ)を欠き易い。

 大体が原作のイメージのままか、それを真似ての僅かな変更点が有るという程度。

 つまり、記憶や情報の無い想像は出来難い。

 だから、ちょっと自分でも面白くなっていた。


 其処へ、部屋の扉がノックされて。返事をするとメイド服を着た女性が二人、中へと入って来た。

 デザインとしてはオーソドックスな物。決して、商業用・演出用ではない、実用性を重視している。それでも似合っていると思えるのは女性達の容姿が整っているからなのだろう。

 女優やモデル、アイドルとしても通用する容姿。勿論、それだけでは活躍は出来はしないが。

 そんなメイドが二人も目の前に居る。

 健全な男なら。しかも、自分の見る夢の中というシチュエーションであるなら。

 邪な欲望を懐いても不思議ではないと思う。

 しかし、御都合主義な筈の夢でも、時には思った通りの展開には為らず、勝手に進む事も有る。

 まあ、それはそれで面白いから良い訳だが。


 二人のメイドに促され、身仕度を整える。

 どうやら、今日は自分の誕生日で、パーティーが催されるのだとか。急展開過ぎて追い付けないままメイド達により着せ替え人形の様に整えられる。

 途中、ラッキースケベな展開も期待したのだが。メイドさん達は、とても優秀でした。残念。

 ただ、自分の事を呼んでいる筈の彼女達の言葉。其所にだけ、ノイズが入った様に音が割れる。

 それが妙に不快感を与えていた。


 パーティーは豪華だったし、賑やかだった。

 挨拶をしてきた沢山の人達の発言から今の自分が伯爵家の息子という立場なんだと判った。

 メイドさん達が美人だったから、容姿面の基準が高い世界かと思ったが、そうでもなかった。

 つまり、使い回しの量産型モブキャラばっかりな世界という訳ではない、という事。

 どうでもいい話なんだけど。

 また、幸いな事に初対面だという相手は居らず、自分の名前が判らなくても何の不自由も無かった。名乗らなくても済む御都合展開、グッジョブ。

 招待客の人数も百人と居なかったので、伯爵家の息子の誕生パーティーでも然程特別ではない様子。八歳っていうのも中途半端だしね。


 そんなこんなで精神的にも疲労していたからか。自分の部屋に戻り、夜着に着替えたら、気付いたら朝に為っていた。

 メイドとのイケナイ夜遊びは有りませんでした。


 夢の中で眠る、という何処か矛盾を感じる行動。更に夢の中で夢を見る、という摩訶不思議。

 しかし、それは必要な事だったと今なら判る。

 夢という形で追体験(・・・)する。

 それにより自分が自分だと認識出来たのだから。


 さて、そんな転生した自分は誰なのかというと。アーヴェルト・ヴァイツェル・フォン・クライストという伯爵家の四男。“アルト”が愛称の八歳。

 前世(・・)の自分は三十六歳だったので随分と若返ったという事になる。

 ただ、この転生が憑依なのか記憶が戻ったのか。その辺りは判らないし、検証しようも無い。

 だから、深くは気にしない事にする。

 特に前世の自分に執着も未練も無いしな。


 それで今の自分──アルト君なんですが。

 淡い金髪、蒼い──ガンブルーメタリックな眼。日本人だった自分の面影は感じられない。

 その分、異世界感は増し増しだが。

 はっきりした目鼻立ちはイケメンのポテンシャルを要素を持ってはいるが……肥満体形の不健康さを感じる男の子だ。

 痩せれば。そして鍛えれば。イケメンに成れる。モテる。取り敢えず容姿的には悪くないと言える。

 肥満体形なのは前世の自分が健康診断を受けたら医者から「ストレス性の可能性も有りますが体重を落とす様に気を使って下さい」と言われた為か。

 変な所で類似点を発見してしまった。

 まあ、将来的な意味でも頑張りましょうか。


 さて、そんな自分の家であるクライスト伯爵家はメルーディア王国という国の地方貴族。

 所謂、領地持ちの貴族家の様だ。

 現当主である父のエドワードは見た目には髭が似合う渋さだが超が付く愛妻家で有名な四十一歳。

 母は正妻のウィンリィ、三十八歳。第四子・次男として誕生したのが自分という事らしい。

 他人事っぽく思ってしまうのは仕方の無い事で。何しろ、実感よりも情報として考えてしまう為。

 もう少し時間が経てば違ってくるとは思う。


 それはそれとして。

 クライスト伯爵家の当主の子供(・・・・・)としてなら自分は十子・四男という事になる様です。

 この世界にも戸籍という概念・制度は有る様子。ただ、その殆んどは王公貴族の為の戸籍で。平民に適用されてはいないといった印象。

 詳しい事は知識不足の為、今は判りません。

 ただ、戸籍を与えられる条件は判っています。

 それは“魔力持ち”であるという事。

 ええ、そういう事なんですよ。

 この世界には、あの“魔法”が存在しています。まあ、詳しい事は知識不足なんで不明ですけど。

 それでも魔法が有ると判ると心が躍ります。

 自分に限らず、多くの人が同様だと思います。

 しかも自分には戸籍が与えられていますからね。魔力持ちという事が確定になります。

 今は無理でも、将来的には使える可能性が有る。それが判っているだけでも楽しみです。


 因みに、戸籍制度には例外として現国主の正室の子供、或いは女王の子供なら魔力持ちではなくても戸籍が与えられる事に為っています。

 これは王家の直系の血筋を絶やさない為であり、最も長く、魔力持ちの血筋を重ねている王家だから出来る事でも有ったりします。

 国主の伴侶は必ず戸籍の有る魔力持ちですから。

 そう遣って他家に血を入れる事も維持には必要。王公貴族の婚姻というのは政治義務ですから。

 物語の様な恋愛は極めて稀なんです。

 尤も、その稀な実物が自分の両親な訳ですが。

 それを見て育つと後々大変でしょうね。

 主に理想と現実のギャップが原因で。



「……殆んどの本が埃を被ってるなぁ……」



 更なる情報収集の為、自室の本棚に並んでいる本を眺めながら呟いた感想。

 判ってはいたけど、アルト君は勉強嫌いだった。だから情報不足だったんですよね~……。

 しかし、自分と比べると別人にしか思えません。まあ、前世の人生分の知識や経験等が有る以上は、それは仕方が無い事なんでしょうけど。

 「少しは勉強しなさい」と愚痴りたい。

 強制されて遣っても身に付きませんけど。


 それでも必要最低限の基礎は出来ているらしく、適当に手に取って開いた本を読む事に問題は無い。

 自動的に翻訳されているという感じではないので意識と知識は正常に繋がっているみたいです。

 多少の違和感が有るのは仕方が有りません。

 その内、嫌でも慣れるでしょうからね。


 手に取った本に記されているのは日本語は勿論、前世では該当する言語が無い未知の文字。

 読めるから平気ですけど。

 異世界転生の一番の心配は言語。

 それが解消されているだけで安心出来ます。


 使用されているのはメルーディア王国でも公用語として使用されている“エィヴィス語”。

 日本語の漢字と平仮名・片仮名による文章形式に近いです。文字は全く違いますが。

 基本は平仮名に相当する文字と、漢字に相当する単語用文字との組み合わせ。片仮名は名詞に用いる場合が多いみたいです。

 単語字は漢字と同様に組み合わせで意味が変わり複雑ですが、馴染みが有る分、平気でしょう。

 単語字は一つ一つ覚えていかないと駄目ですが。その程度なので何とかなると思います。

 尚、数字は字の形が違うだけで0~9で表す為、大して違和感が無くて助かります。


 睡眠学習(・・・・)と合わせて一応の読み書きは大丈夫。

 まあ、会話自体は日本語に聴こえていますけど。これは前世の記憶に引っ張られている為かな?。

 細かい事は気にしない気にしない。

 どうせ考えても検証・立証は難しいんですしね。


 そんな事を考えながら本を棚に戻す。

 適当に取った本が“貴族の在り方”で。

 正直、いきなりでは読む気がしなかったので。

 もう少しハードルの低い物を選び直します。


 そうは言っても他人事ではないんですけどね。

 少なくとも戸籍が有る身分な以上、それに伴った責任や義務は有るでしょうから。

 アルト君の知識には無いというだけでね。

 どんなに面倒臭くても、社会の一員として生きる以上は無視する事は出来ません。

 何もかも捨てて、独立で生きていく。

 それだけの力が有るなら話は違うんですけど。

 少なくとも、今の自分は無理ですから。

 家族や社会に守られ、生きていく以上。その分は貢献して還元するのが人として当然の事。

 それが出来てから、自分の好きにします。


 尤も、その頃には色んな繋がりや柵も増えていて好き勝手になんて出来無いんでしょうけどね。

 独りで生きている訳じゃないんですから。

 逢別や関係の増減は有っても世界が滅びない限り何かしらの繋がりは誰かと有るもの。

 最低でも、自分が子供を成そうとすれば、異性が必要不可欠ですから。

 科学・化学、或いは魔法の技術が発展していて、クローンや遺伝子交配が可能なら兎も角。

 普通に考えたら、パートナーが必要です。

 そういった意味でも独りでは難しいでしょう。


 異世界ですから、人とは違う生態系を持った生物というのは存在するのかもしれませんが。

 自分は人ですし、男女が有る訳ですからね。

 その理から逸脱する事は有りません。

 人を捨て、何か(・・)になる気もです。


 そういう訳ですから。

 新しい人生を歩む為にも先ずは知らなければ。

 その為には調べたり、学んだりする事が必要。

 押し付ける(・・・・・)教育ではなくて。

 自ら学び、成長する為に。

 そして、少しでも良い将来を掴み取る為に。

 流れや人任せには出来ません。

 そういう失敗を前世では幾度か経験したので。

 勿論、そう選択したのも自分自身なのだが。

 後悔の意味が大きく違うのだから。



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