はじめまして地球
Hello earth.
最初に見えたのは、そう書かれた板だった。
「ねえ、これは何の冗談なの」
「妹がどうやら、地球の言語は英語だと勘違いしたらしくって。本物の地球人に会わないとぼくの言葉が信じられないんだってさ。見せる映画を間違ったかなぁ」
あははと笑う青年風の彼に、冗談じゃないよと呆れてため息を吐いた。やめてよね、僕は英語を話せないんだ。
「いったい、来る前に何見せたのさ」
「宇宙人と地球人が銃持って戦うアメリカの映画。字幕のやつ」
「ふざけないでほしかった」
だからあれほど、映画で勉強するのはいいけど、中身には気を付けてねって言ったのに。
「あはは、だからごめんって……ああ、言ってなかったね、ごめんごめん」
ふざけてるとしか思えない彼の軽口に、怒鳴りたい気持ちをぐっとこらえて、対応する。
「まあ、うん、しょうがないよね、君と話してるとなにも進まないし。えっと、妹さん? アメリカはともかく、日本じゃ日本語で話してくれないと、会話できないんだけど」
青年風の隣でまだ板を掲げている、黒髪に青い目、そして不思議な素材のふわふわした不思議な服で着飾った、その女の子に問いかける。と、彼女が板を下げて口を開いた。
「このたびは、このような場所まで迎えに来ていただきありがとうございます。本日より、そちらでお世話になることになりました。人の体の動かし方や、食事、睡眠のとり方、一通りの会話を行えるだけの単語と、付け焼刃ではありますが、社会常識も学んでまいりました。まだまだ不勉強で至らぬところも多くございますが、問題なく生活を送れる準備はしてきたつもりでございます。ところで地球とはどのような色の家があるのでしょうか、兄さんから借りたでーぶいでーには半分崩れた灰色で四角い塔や、地下に埋められた白くて四角い部屋が多く出てきましたが、皆さんそのような場所で生活なさっているのでしょうか。でしたらこちらの生活とあまり変わらないように思えますので心配は要らな「ちょっと待って、もうちょっとまともな挨拶を教えてきて欲しかったかな、僕は」
怒涛のように繰り広げられた長い長い挨拶に、果てが見えなくていったん止める。口を閉じた代わりにまた板を掲げた女の子は、兄の方をじっと見ている。僕も青年風に抗議の視線を向けた。
「いやあ、ごめんね、妹はまだこういうのしか出来なくってさ」
「勉強の途中だから応用が利かないってこと?」
「うん、そうそう、そんなかんじ」
そんなかんじって、どんな感じだよ。
「そう、まあ、じゃあ、仕方ないのか、な? 納得いかないけど。途中で止めてごめんね、仕方ないから、仕方なくてしょうがないから、最後まで聞くよ」
女の子は僕を見た後に、また兄を見て、彼が頷いたのを見ると、また板を下げて口を開く。
「このたびは、このような場所まで迎えに来ていただきありがとうございます。本日より、そちらでお世話になることになりました。人の体の動かし方や、食事、睡眠のとり方、一通りの会話を行えるだけの単語と、付け焼刃ではありますが、社会常識も「なんで、また、そこからなの!」
「だからさ、応用が利かないんだってば。だって原稿の丸暗記だもん」
そう言って青年風が取り出した紙をぺいっと奪い取る。彼から批難の声が上がったが気にしない。全文ひらがなで書いてある原稿用紙三枚にくらっときて、服の中にしまった。また後で読むことにしよう。この場じゃ落ち着けない。
「えっと、なんだっけ? さっき会話はできるって言ったよね、あれは本当だよね? じゃないと困るんだけど」
「当たり前だよ、できるできる。だって練習したもんね?」
ねーと青年風が女の子に同意を求めれば、彼女はこくこく頷いた。ああ、うん、そう。
「じゃあ、こんなの覚えなくってもいいでしょ、普通に話そうよ」
「……はい、です、ます」
「ねえ、どこが普通に会話できるって? なんかもう嫌な予感しかしないんだけど!」
「怒らないでよ、時間も環境もなかったんだからさぁ、ね?」
「ね? じゃないよ! そっちで教育してくるって言ったよね!? 学校が始まるまで二週間しかないんだよ。生活用品揃えたり、色々辻褄合わせしたらもう時間無いの! 分かって、怒りたくもなるの分かって!」
「怒る、ない、良く無い。へそでちゃをわかす」
「誰のために怒ってると思ってるの、ばかっ!」
「おお、これが流行りのツンデレか」
「古いよ!」
二週間で予定していた準備の前に、どうやら彼女の教育を先にしなければならないようだ。こんなことになるなら、頼みを軽々しく引き受けなければよかったかなとも思うけど、まあ、一度引き受けたものは仕方がない。なんとかしないと。
「とにかく、お兄さんになに教わったか知らないけど、これからは僕がここの事、全部教えるから、頑張って全部覚えて」
「頑張る、ます。覚える、だけは、上手、ますから」
「うん、頑張って。すごく頑張ってくれないと、僕がすごく困るから」
こくこくと女の子が頷いたのを見て、青年風に文句をもう一度言ってやろうと目をやるけれど、どうやら既に帰ったらしく、見当たらない。
「君のお兄さんははた迷惑な奴だね」
「兄さん、は、宇宙で一番、かっこいい、らしい。そう、教えられる、でした」
「そう。宇宙人がうそつきっていうのも、案外間違ってないのかもね」
「へぇ」
青年風が居なくなると、茶化されないのは良いんだけど、どこか反応が鈍いこの子と二人きりは少し居心地が悪い。
「あっと、ああ、そうだ。僕の自己紹介がまだだったね」
あの長い暗唱に面食らってしまって、名乗り忘れていたらしい。失敗したな。でもまあ、この子達と話すと調子狂うから、仕方ない、ってことにしておこう。
「改めて、僕の名前はとうせ。この地球でプレアデス星団の神様をやっています。今日から君の保護者代わりとして、庇護をする立場です。そこそこ長い付き合いになるだろうし、よろしくね」
「プレアデス、星団の、神様」
「うん、そうですよ」
彼女は何度かプレアデス、星団 と呟いて「覚えました」とまだ手に持っていた板を上げた。この調子できちんと会話ができるようになるまで教えるのか。道のりは長そうだな。
「あたしは、遠い星から、来る、たった、宇宙人、です。名前はまだない」
「そういえば君達は、名前を付けることがないんだっけ……お兄さんにつけてもらってないの?」
「名前はまだない」
「ああそう」
これはきっと、僕が名付けなきゃいけないんだよね……うそでしょ。
「じゃあ、うん、絶対に考えとくから、それまで数日名無しでお願い。ごめんね」
「大丈夫、ます」
本当に気にしてなさそうな名無しの彼女は、表情がほとんど動かない。体の動かし方は覚えたとか言ってたけど、宇宙人の青年は、この子に笑うことすらも教え忘れているらしい。はいはい、この際 何でも僕が教えますよ。
「プレアデス、星団の、神様。質問、あります」
「なに?」
「地球で、神様、偉い。プレアデス、星団の、神様。そう、では、ない?」
その質問に、頬がぴしっとひきつった。これは、おそらく悪意はないんだろうけど、どういう返事を求められているんだろう。
「そう、だねぇ」
仕方ない、本当のことを簡単に説明しておこうか。
「僕が偉かったのは昔のことさ。それもとびきり偉かったわけじゃないんだけどね。日本には色々な奴がいて、本当に偉い神様から、そうでもない下っ端まで、全員自称神様だから。僕はだいたい、真ん中より少し下の方。だから、そこまで偉いわけじゃあ……ないかもね」
「ふむ」
彼女は少し考えると
「よく、わかる、ではありません、ました」と答えた。
どうやら、僕の説明は分かりにくいらしい。これからの二週間いろいろ教えなきゃいけないのに、なんだか早くも心が折れそうだ。
3/16 0:00 春休みが明けるまで、あと二週間です。
『地球の皆さんはじめまして、星の向こうの宇宙から 装置を使ってやってきました。
散開昴と言います。神様が唸りながら、二週間かけて考えた名前です。
今朝見た地球の空は水色で、びっくりしました。
この前は黒くて、あたしの住んでいた所と同じだと思ったのですが、色が変わるんですね。
でも、神様の色をしていて、納得しました。
そんなあたしも今日から小学生です。
色々不便な体と環境ですが、原郷に恥じぬよう努めます。
どうぞよろしくお願いします。』
「だめ、やり直し。もうちょっと短くていいし、名前の漢字も違うし、宇宙人だとか神様だとかは内緒なんだってば」
「またですか、やり直し、三回目です」
「あと、もう少し字の練習をしなさい。読むのに疲れる。君のお兄さんのひらがな文もそうだけど、君達は文章でも容赦ないよね、話してても疲れるのに」
「すみません」
「いや、ごめん、言い過ぎたね。自己紹介には長いから、一行にまとめて持ってきて」
「はい、任せてください」
「返事だけは毎回いいんだけどね」
3/31 20:29 明日は登校初日ですが、準備できてますか?