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さんかいすばるちゃん


 エプロンに着がえて給食室まで食器を取りに来た。本当は二人組なんだけど、ペアの子が教室でずっと話してておそいから 置いて来た。別にさんかいさんが居たからじゃないけど。これを持っていったら いよいよ給食だ。よく考えたらなに話せばいいのかわかんないや、どうしよう。

「よい、ぐっ。重ったぃ……」

 持ち上げると、クラス全員分の食器が入ったかごが、がしゃっと鳴った。これはおじけづかずに当番の子さそって来ればよかったかな。

「まちるさん、大丈夫ですか、一人じゃあぶないですよ」

 教室のある2かいまで食器のかごを持って上がると、さんかいさんにひょいとかごを取られた、さんかいさんの方が背が高いから、持ち上げられると支えられない。

「さんかいさんは当番じゃないでしょ、私が持っていくよ。かして」

「でも、危ないですよ?」

「さんかいさんはエプロン着てないんだからダメでしょ」

 そう指摘すると、さんかいさんは自分の真っ黒な服と、私の白いエプロンを見比べて「確かにそうですね」とかごを返してくれて、そのまま教室に帰って行った。そういえばさんかいさんはいったい何をしに廊下にいたんだろう。

「あれ、すばるちゃん?」

 さんかいさんの名前が聞こえて振り返ると、同じクラスの活野さんがトイレから出てくるところだった。なるほど、ああいう女の子はひとりでトイレに行けないから、さんかいさんが着いて来たのか。仲いいな。

「すみません活野さん、用事ができましたから、教室にはどうぞお一人で帰ってください」

 かしゃっとかごが鳴る音がして、また手元が軽くなる。見上げれば、エプロンを着たさんかいさんが食器のかごを持ち上げていた。もしかして、わざわざエプロン着て来たの?

「まちるさん、早く行かないと」

「あ、うん、そうだね」

 ほとんどさんかいさんが運んで食器を教室に持って行くと、先に着いていたおかずやごはんの当番の子たちに文句を言われた。関係ないさんかいさんをまきこんじゃったなと思っていると、さんかいさんは気にしてない様子で それぞれの当番の子に食器を渡していく。


そうだった、さんかいさんは 変な子だ。


「さんかいさん、ありがとうね、助かったよ」

 いつも通り給食を減らして戻ってきたさんに そうお礼を言うと、さんかいさんは不思議そうな顔をする。

「なにか助けましたか?」

「食器のかご持ってくれたじゃん」

「ああ、活野さんが給食の当番を忘れているようだったので 心配で。エプロンを着てないと持っていけないのは失念してました。教えてくれてありがとうです」

「ううん、持ってくれたのすっごく助かったんだよ。私こそありがとね」

 この、流れならいけるだろうか、じっとさんかいさんの顔を見て様子を見る。もぐもぐとサラダを噛んでいるさんかいさんは、いろんな人と話すようになったのと同じ時期に、食べ物を噛んでから食べることをおぼえたみたいだ。そんなところにもふつうに傾いたさんかいさんを見つけて、心が折れかける。でも、ぱちぱちとまばたきをするその目は、きょうも晴天の色だ。

 大丈夫。さんかいさんは変な子で――わたしだって、変な子だ。

「さんかいさん、あ、のね?」

「はい、なんですか、まちるさん」

「その、私と、私とね! おと、お友達に、なってくださいっ!」

 ちゅーっとストローから牛乳を吸っていたさんかいさんがごきゅっとのどを鳴らして牛乳を詰まらせた。ごふっと咳き込んですごく苦しそうだけど、大丈夫かな。

「ぐふっごふっ。あ、ああー、う、んん……大丈夫です。声は出ます」

 真面目な顔してさんかいさんはうなずくけど、その鼻から牛乳がつーっと流れたから今度は私がぐふっとむせこんだ。まんざいじゃないんだからさぁ、もー。

「あっと、まちるさんティッシュ持ってないですか、今日忘れてきまして」

「うん、ハンカチかしてあげる」

「ありがとうございます」

 ぐしぐしと鼻を拭くさんかいさんの前で、じっとしてたのは最初だけで、またおかしくなってきて ふふふと声がもれる。ひきつる口の端をかくしたいけど、ハンカチはさんかいさんの手の中だ。

「ふけました、まちるさん、お返しします」

「う、ふふふっ、うん、どうも」

「それで、まちるさんとあたしがお友達でないというのはどういう意味ですか?」

「へ?」

 さんかいさんから返してもらったハンカチをポケットにおさめていると、さんかいさんがまた言いまちがいをしたらしい。最近じゃめずらしいことだけど。

「えっとね、私さんかいさんとお友達になろうと思って」

「だから、そのまだお友達でないというのはどういう意味なんでしょう?」

「お友達でないというか、今からお友達になりたいっていうか」

「ですから、今はまだお友達じゃないという意味ですよね?」

 困った、さんかいさんが何を聞きたいのかが分からない。

「まちるさん、お友達とは何ですか?」

「えっ、急になに、えっと、どういうこと?」

「あたしは、お友達とは、仲良くお話したり、いっしょに登下校をしたり、ごはんを向かい合って食べたり、名前で呼び合ったりするものだと思いますが、まちるさんはどう思いますか?」

 確かに、お友達っぽい。私はさんかいさんの勢いにおされて、かくかくうなずきながら同意する。

「そうだね、そんなのをお友達って言うと思うよ」

「では、あたしとまちるさんは、仲良くお話したり、いっしょに登下校をしたりしましたよね? そして今、ごはんを向かい合って食べています、どう思いますか?」

「お友達っぽいね」

 そう返すと、さんかいさんは「そのとおりです」とうなずいて、こう続けた。

「ならば残るは名前で呼び合うだけです。まちるさん、あたしの名前を覚えていますか、さんかいすばると言います。ネーミングセンスはありませんが、庇護者さんが二週間唸りながら考えた名前です。漢字はこう書きます」

 つくえの中からノートと筆箱を出してぐりぐり線を描くけど……ごめん さんかいさん。文字が汚くって読めないよ。

「えっと、その、さんかいさんのこと名前で呼んでいいの?」

「まちるさん、すばるです。まちるさん」

「すばる、ちゃん?」

 初めて さんかいさんのことを名前で呼んでみると、さんかいさんは満足そうにうなずいて、そしてにっこり笑った。あ……さんかいさんの笑顔、そういえば初めて見たなぁ。

「はい、なんですかまちるさん」

「そのね、あの、私のことも、ちゃんづけで呼んでほしいかな、って」

「まちるちゃん?」

「な、なに? すばるちゃん」

 うわ、これは照れるな。顔に血が上って、くらっとする。すばるちゃんがお友達になってくれて、それが嬉しすぎてのぼせたみたいだ。

「早く給食食べないと、置いて行かれますよ」

 そう言ってすばるちゃんが指さした時計は、給食時間が残りあと五分だと示していた。お皿の中にはまだ手を付けていない給食。

「ごちそうさまでした。ではまちるちゃん、お先に」

 そう言ってお盆を持っていくすばるちゃん。そうだよね! すばるちゃんは最初に減らすから、食べ終わるのも早いよね! うう、私の昼休憩が……すばるちゃんとお話しした給食時間の代わりに、きょうの鬼ごっこをあきらめることになるのでしたとさ。


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