さんかいさんが、なんか変だ!!
「変だ、絶対に変だ」
あれから二週間たって、五月。まいにち運動会の練習をがんばって、普通のじゅぎょうが忘れられる季節。去年までは二人一組の相手探しが大変だったけど、今年はさんかいさんがいるもんね、二人三脚も怖くないね! ……って、思ってたのに。
「すばるちゃん、ペアもう決まった?」
「あのさ、えいちゃんがまだペアいないんだよね」
「すばるちゃん、やってあげてよ。えいちゃんもそれでいいよね」
「うん、すばるちゃんがよかったら」
さんかいさんが、なんだか、なぜか、大人気だ。
「どうかなぁ」って声をかけられているさんかいさんは、相変わらず半そで、半ズボンの体そう服の下に、黒い長そでと、黒いタイツをはいていて、真っ黒だ。体育のある日は黒くて長い髪も朝からポニーテールに結んでるけど、飽きずに暗い。それなのに……
「今日は活野さんお休みですもんね。今日の練習だけなら、ご一緒します」
にこりとも笑わないけど、それはいつものさんかいさんで、返答がおかしくないけど、あれは確かにさんかいさんだ。さんかいさんは最近、人とお話しするのが得意になって、すらすら皆とお話ししている。皆は文字がきれいな人が好きだけど、それと同じくらい 言葉づかいがきれいな人が好きだ。
つまり、この一か月でさんかいさんは 知り合いがたくさん増えてしまって、だから 私と二人三脚してくれそうにないのだ。私は今年も練習できずに、本番で余り物の子とペアを組むことになるのかな。
放課後になった。さんかいさんは、クラスの別の子たちといっしょに帰ったみたいだ。私は 教室の窓から運動会の練習をしているグラウンドの様子をながめなつつ、一人で帰りたくないな と教室に居座っている。さんかいさんが来るまでは、ひとりでたくさん寄り道しながら帰ってたんだから、別に一人で帰るのはさみしくないんだけど……いや、うそだ。さみしいけど 楽しく帰れるのに、帰りたくない。
太陽がかたむいて、青かった空が夕日の赤色になる。青空は、さんかいさんの目の色だ。
「さんかいさんと私って、友達じゃなかったのかな」
さんかいさんと私は、クラスの女の子がよくやってるような「お友達になろう」って約束を したことがなかった。ああいうやりとりを いつもはなんだかウソっぽいなって、心の中でこっそりバカにしてるのに、今はちょっぴり少し後悔している。今日の体育でいっしょに二人三脚してた子とは、今日いっしょに帰った子とは、さんかいさんは「お友達になろう」って約束、もう しちゃったんだろうか。
「あと十分で下校時刻になります、まだ校内にいる生徒は、早く帰りましょう。繰り返します、あと十分で……」
下校時刻を知らせる放送が流れる。のんびりしてたら げた箱が大混雑しちゃうから、夕日よりも真っ赤なランドセルを背負って、グラウンドで遊んでるクラスメイトが帰って来るよりも先に、お家に帰ろう。それで明日、さんかいさんに「お友達になろう」って言ってみよう。
でも、いつ言えばいいんだろう。最近のさんかいさんは、とっても忙しそうだから、話しかけるタイミングがむずかしい。集団登校は 他の子と話してるし、休憩は 他の子と話してるし、放課後は 他の子と帰っちゃうから……そうだ、給食時間にしよう。運動会が終わった後の席替えまでは、さんかいさんのとなりの特等席なんだから。
今朝の集団登校でもさんかいさんは、他の子と並んで先に行ってしまった。
「おはよう、まちるさん」
「ああ、うん、おはよう」
「すばるちゃん、おっはよ!」
「浜胡さん、おはようございます」
さんかいさんは、一人ずつに挨拶を返しながら連れて行かれてしまった。おはようの流れでお話しできたらよかったんだけど……ううん 給食時間に話すって決めたんだし、大丈夫。
前まではさんかいさんとのお話が朝の日課だったけど、最近は連れて行かれたさんかいさんの様子を観察するのが日課になっている。さんかいさんは学校でねなくなって、前までの、あのぼーっとした感じもなくなった。言いまちがいも、昼寝も、クラスの皆と仲良しなのも、だんだんとさんかいさんがふつうになっていっている証拠に思えて、なんだかつらい。
朝の連絡で、先生から運動会についてのプリントが配られた。じゅぎょう参観みたいに見に来てくれるから、帰ったらお母さんに渡しておかないと。二人三脚とか不安なことはたくさんあるけど、毎年お母さんにほめてもらえるから、今だけは運動会が楽しみだった。
「まちるさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なあに、さんかいさん?」
さんかいさんはさっきもらった運動会のプリントを指さして困り顔をしていた。
「この、ご親戚の方もぜひいらっしゃってください、とはどういうことでしょう? 学校に大人が来るのですか?」
大人が来る、というのを すごくふしぎそうに聞いてくるけど、四月にもじゅぎょう参観あったよね? と考えて 思い出した。あの頃はさんかいさん、れんらくも さんかん日も ずっと寝てたんだ。そりゃ分かんないよね。
「そうだよ、運動会だからね。お母さんとか、いろんな人が見に来るよ」
「そうなんですか、勉強になります。けれど親が来れないときは、どうすればいいのでしょう」
「そうだなぁ、だれも来ないのはさみしいもんね。他に来れる人とかいないの?」
「庇護者さんなら」
「ひごしゃ」
またひごしゃさん。これも もしかしたら、保護者さんの言いまちがいなんだろうか。これ以上さんかいさんが変じゃなくなったら困るから、指摘はしないけど。
「え。ああ、えっと、まあ……ええ。庇護者さんです」
「じゃあ聞いてみたらいいよ。兄弟とか、おじいちゃんおばあちゃんとか連れてくる子もいるし、きっと大丈夫だって」
「なるほど、では聞いてみます」
そういって、赤えんぴつでプリントにぐりぐりとなにかを書き込んださんかいさん。ちらっとのぞいてみたけど、さんかいさんの文字だから、読めなかった。
「すばるちゃん、次音楽だよ、いっしょに行こうよ」
「活野さん、おはようございます」
「あ! かっちゃんだけずるい、私もいっしょでいいよね、すばるちゃん」
「ごめんねえいちゃん、皆も誘うつもりだったの」
「活野さんがそういうなら、皆で行きましょうか」
「そうだね! やまちゃん、音楽行こうよ、すばるちゃんもいっしょだよ」
「皆ですから、ぜひまちるさんも」
さんかいさん連れて行かれそうだなと見ていると、さんかいさんが急にこっちを振り返ったのでびっくりした。別に見てませんよと目をそらしてから、知らんぷりにしても すごく不審だなと気づく。さいきんは、自分が さんかいさんよりも変なのではと思うことが多い。横目でちらりとさんかいさんの様子をうかがうと、他の子たちに連れて行かれるところだった。そうだ、私も早く行かないとおくれちゃう。急いで音楽の道具をまとめて、さんかいさんのいる女の子たちの集団に追いつかないように、わざとゆっくり 音楽室へ向かった。