さんかいさんの変なとこ
さんかいさんの言いまちがいを、今日からずばずば指摘していこうと思う。そんな決意を胸にいだき、集団登校の列に並ぶ。サボる人だって多いけど、さんかいさんは毎日参加してるから、私も数日前から復帰した。その前は二年生の初めごろからサボってたけど。
さて、さんかいさんはどこかな。私より少し背の高いさんかいさんは、いつも低学年の中にまぎれてるから、すぐに見つかるんだけど。
「まちるさん、いいお天気ですね」
「あ、さんかいさん、おはよう。探してたんだよ? 今日はおそかったんだね」
「少し、そう、こけまして。起き上がるのに苦労をかけました」
さんかいさんはごまかしが分かりやすい。うそをつくのがすごく下手なのだ。私が思うに、きっと今朝は寝坊しちゃったんだろうと思う。
「あ、そうだ。さんかいさん、朝のあいさつは”いいお天気ですね“じゃなくって、おはよう って言うんだよ?」
「そうなんですか、勉強になります」
感心したようにうなずくさんかいさんにつられて、私も深くうなずく。そういえば、言いまちがいをしなくなれば、さんかいさんは 変な子じゃなくなるのだろうか。少し考えてみたけど、すぐにありえないなって安心した。さんかいさんは言いまちがいをしないくらいじゃきっと、まだまだ変なままだろう。出発までのひまな時間に、立ったまま寝ているのが何よりの証拠だと思う。
「さんかいさん、起きて」
「ああ、まちるさん、出発ですか」
ねぼけたまま前に進もうとして、さんかいさんが前の子にぶつかった。「すみません、当たりました」と謝ってるけど、前の子 すごくびっくりしてるよ。だから、そのまま もう一度寝ようとしないでよ。
「さんかいさん、待ってる間に寝たらだめだよ」
「ふあ、ああ……まちるさん、そうなんですか。勉強になります」
ぐしぐしと目元をこすって眠気を飛ばすさんかいさんだけど、すぐにうつらうつらと眠そうにまばたきをする。すごく眠たいんだろうなぁ。
「ねないでね?」
「まだねてませんよ」
信用ならない返事に、ほっぺをぐにーっと引っぱってやる。横に伸びたさんかいさんの口から「ふにゃはや」とまぬけなあくびが聞こえた。だいじょうぶかな。このままじゃ授業中に寝て、先生に怒られそうだ。
「八時になったよ!」
後ろの方で声が上がった。八時は集団登校の出発する時間だ。前からだんだんと歩きはじめて、止まりっぱなしの私とさんかいさんが後ろから小突かれる。
「さんかいさん、出発だよ」
眠たそうなさんかいさんの腕を引っぱって、前の列を追いかける。前の人に追いついてから さんかいさんに声をかけようとして、顔を見て気が付いた。さんかいさん、ねてる。
「え、ちょっと、さんかいさん? ねてるの!? 起きてよ、もう!」
「すう」
けっきょく、くつ箱までさんかいさんを引っぱって連れて行って、上ぐつどうやってはかせたらいいのと困っていたところで、さんかいさんが「まちるさん、助かりました」と目をさまして、自分でくつをはき替えて階段を上がっていった。その時の私はきっと、集団登校の列でさんかいさんにぶつかられた子と同じ顔だっただろう。つまり、すっごくびっくりした顔だ。
もう一度確認するけど、さんかいさんはなんか変だ。
言いまちがいを注意するより、他の事を先に直したほうがいいのかな、とさんかいさんを普通にする計画を教室に着くまで考えてみたけど、教室に着く頃になって、そもそも さんかいさんは変でいいのだと思い出した。
「おはよう、さんかいさん、今日はあったかいね!」
「い……おはよう、まちるさん。体温は今日も平熱です」
じゃなきゃ、教室で一日一回あいさつをする、なんて私の変なこだわりに付き合ってくれなくなっちゃうかもしれないもんね。
上着を脱いで帰ってくると、あたりまえだけどさんかいさんはぐーすかねていた のを、揺すって起こす。
「さんかいさん、起きてよ」
「ああ、まちるさん、おかえりなさい」
「あのさ、さんかいさんはなんでそんなに眠たいの?」
ずっとねるのが好きだからだと思ってたけど、今朝の様子を見ていると、眠たくて仕方ないみたいだ。
「なんで、と言われても、そういうものでは?」
「そういうもの」
「まちるさんは眠くないですか?」
「眠たくないよ、だって夜にたくさんねたもん」
答えに納得できないらしく、さんかいさんは かくんと首をひねって、むずかしい顔をする。そのしぐさに「変なの」と言われている気がして、私もなんだか納得いかない。だって、さんかいさんの方が変だからだ。
「なんで私が眠たいと思ったの?」
「皆さんそういうものだと聞いたので」
「聞いたって」
「庇護者さんと、兄さんにもらった本に」
「ひごしゃ」
「そうです、水色のか――いえ、違います。そうです、ええ、育ち盛りの子はよく眠ると聞いたんです」
あ、まただ。さんかいさんは、お家の事になるといつもあわててごまかす。分かっているのは、前は空に住んでいたことと、保護者さん? が水色だってことくらいだ。あと、お兄さんがいるらしい。お母さんはいったいどんな人なんだろうね。
「それってさ、もっと小さい子の話じゃないの?」
「そうなのですか?」
「赤ちゃんはいっつも寝てるし、保育園じゃお昼寝とかあるけど、私たちはもうそんなに寝ないよ? クラスの中でいっつも寝てるのさんかいさんだけじゃん」
「クラスの中で、ふむふむ、そうだったんですね。勉強になります」
さんかいさんは、なんだか納得したらしく、感心したようにうなずいて、クラスメイトを端からじっと眺めだした。さんかいさんの その不思議な行動に、クラスメイトが怯えている。これは教えるべきかな、どうだろう。
「あ、まちるさん、先生です。そろそろ始まるですから、きちんと座らないとでしょう」
「そうだね、じゃあ次の休憩にまた話そうね」
前に向いてきちんと座って、ランドセルを机の上から片付ける。気になってちらっと見れば、さんかいさんは 先生をじっと見ていた。まあ、別に わざわざさんかいさんに「それ変だよ」って知らせるほどでもないか。あれだけ変なさんかいさんのことだし、自分でも たぶんわかってるでしょ。