フロアボス
天ノ塔についてもう少し説明を加えなければならない。
下層域とは1階から25階まで、中層域は26階から50階まで、上層域は51階から75階までを指す。
それ以上はなんなんだって?
最上層域、76階から82階。
長年82階で人類の到達点は止まってしまっている。
まぁ、上層域に足を踏み入れられるのはAランクから。Dランクならば本来は下層域がベストなのだ。
塔内の光源は階層によって様々だ。
ちなみに26階は壁に光る鉱物が埋まっていて、神秘的な洞窟となっている。
新米探索者が光源となっているものを採集して、がっかりするのは有名な話だ。光っているのは適した場に適した状態であるからであり、人が採取してもすぐに輝きを失い、ガラクタとなってしまうのだ。
各階にはフロアボスというボスモンスターがいる。フロアボスは必ず次の階層に進むための階段の前に陣取り、倒さなければ前に進めない。
ただ、登るも下るも階層を繋ぐ階段は一つしかないので、降りてきた強いパーティーが気まぐれに倒してくれている時もある。
26階のフロアボスはマテリアルゴーレムという巨大なゴーレムだ。全長10メートルにもなる巨体でありながら、体のほとんどがレア鉱物に覆われていて、脆い部分が攻撃が届かない場所にしかないという鬼畜仕様なのだ。
『自己分析』
《ミドルゴーレム(特質者)》
身長・変化可能
体重・変化可能
魔法適正・無
鉱物ランク・B-
進化・コア不足(93/100)
何日たったか分からないが、多くのゴーレムを倒した。
モンスターにも縄張り意識があり、モンスター同士での戦闘もよくある事なのだが、ゴーレムのような無生物系のモンスターは人間にしか敵対心を見せない。
そのため、戦いはほぼ危なげなく、一方的に倒すことが出来た。
ただ、モンスターの中にも特質者と同じように亜種と呼ばれるレアモンスターがいる。
ミドルゴーレム亜種との戦闘な中々苛烈なものになった。
ミドルゴーレム亜種にも奇襲を仕掛けたが、一撃で倒すことは叶わず、真正面からの殴り合いになった。
初めてゴーレムからの抵抗を受けた俺は、恥ずかしながら焦ったものだが、なんとか倒すことが出来た。
その時に取得したコアは一気に5も数字を増やしてくれた。
フロアボスのマテリアルゴーレムはミドルゴーレム亜種よりも格上だが、倒すことが出来れば、一気に進化できる100に到達するかもしれない。
だが、本当ならば今まで通りコツコツ倒して、進化まで持っていけば良かったのだ。
だが、既に探索者の間では俺のことが噂になっているらしい。ゴーレムを襲い、探索者から逃げるゴーレムとして噂になっている。
噂は人を呼ぶ。
26階は賑わい始め、ゴーレム狩りが難しくなってきていた。
『だから、フロアボスを倒して、27階に行かせて貰うぜ』
巨大かつ、様々な鉱物の輝きを纏うマテリアルゴーレムは迫力満点だ。
ゴーレムだから、敵対心はまだ持たれていない。先制攻撃は確実に当てることができる。
俺は【鉱物吸収】を応用して壁を這うという妙技を身につけていた。
壁に手足を当て、吸収を開始する。吸収している間は壁と同化した状態なので、その部分は壁に固定される。
そのことを利用して壁を這うことができるようになったのだ!
『喰らえっ、ゴーレムダイブキックっ!』
マテリアルゴーレムの脆い部分は人間の届かない場所にある。だが、天井は更に高い。
天井を蹴り、急降下する。ポーズはライダーキックで、伸ばした右足はマテリアルゴーレムの脆い部分に向かって一直線に伸ばされている。
ガァアン。
何も警戒していないマテリアルゴーレムにゴーレムダイブキックが炸裂した。
俺の右足も砕けたが、マテリアルゴーレムも全身にヒビが入ってポロポロと破片が落ちている。
ーーだが、マテリアルゴーレムの頭の部分、まるで蜘蛛の目のように、赤い丸が点灯した。
「テキタイシャ、ハイジョスル!」
『やばい!!』
着地とは言えない無様を晒していた俺に向かって、マテリアルゴーレムの巨大な足が踏み下ろされる。
壁際に左足1本で飛び退き、砕けた右足を壁を吸収することで元に戻す。
だが、マテリアルゴーレムは止まってくれはしない。何度も拳が襲いかかってくる。
襲いかかってくる拳1つが即死級の威力を持っているのは、大きく凹んだ壁をみれば一目瞭然だ。
今の俺のアドバンテージは、走れることと、壁を這えることか。
ゴーレムは走ることが出来る潜在能力を秘めている。だが、誰も走り方を知らないから、移動は歩くしかないのだ。だから敏捷力は俺の方に大きく分がある。
『はぁっ!』
拳を振り下ろすことで精一杯なマテリアルゴーレムの足を思いっきり殴りつける。だが、ポロポロと表面が崩れるだけで、大きなダメージを与えられているようには見えない。
ゴーレムを倒す時は一点集中攻撃が良いとされる。しかし、今の俺の拳の大きさではそれは叶わない。どうしても力が分散され、一点集中の攻撃が出来ないのだ。
だから、狙うはゴーレムダイブキックただ1つ。
これしかない。
マテリアルゴーレムの股の下をくぐりぬけ壁を登り始める。
だが、赤い複眼が俺を捉え、腕を横に振りきり、拳の一閃が壁諸共俺を襲う。
削れた壁の破片と共に俺の真横から拳が近づいてくる。
その時、俺の体が奇跡を起こした。
【鉱物吸収】で同化していた壁が崩れ、空中で身動きが取れなくなった俺をマテリアルゴーレムの拳は捉えたはずだった。
しかし、拳を振り切った後、俺はその拳にへばりついていた。
とっさに【鉱物吸収】を発動し、拳に引っ付いたのだ。だから吹っ飛ばされることなく、無傷で済んだのだ。
それに、マテリアルゴーレムの赤い複眼は俺を見失っているように周りを探している。
『チャンス!?』
【鉱物吸収】を発動しているがマテリアルゴーレムから鉱物が流れてくる感覚はない。恐らく鉱物をマテリアルゴーレムから引き剥がすほどの出力は無いのだろう。
だが、マテリアルゴーレムの体を移動することは出来る。
拳から肩まで駆け上がる。
そして、肩を踏み台にして、天井に張り付く。
やっと赤い複眼が俺を捉え、行き場を失っていた拳を俺に向けようと動き始める。
『遅せぇ、俺の勝ちだ!!』
天井を蹴る。
直後、轟音が鳴り響く。
本日2度目のゴーレムダイブキックが炸裂した。
極彩に輝く鉱物を撒き散らしながら、マテリアルゴーレムが崩れる。
『俺の勝ち!』
満面の笑みのつもりだけど、全く動いてないんだろうなぁ……。