始まりー1
『世界は丸い!!』
大昔に誰かがそう言ったそうだ。
『だから何? どーでもいいんですけど』
悲しくも世界の反応はこうだった。
なぜなら、この世界は神々が作ったとされる『天ノ塔』とそれを中心に栄えた巨大な街がひとつ、絶海の孤島の上にあるだけなのだから。
そりゃ世界が丸くても平たくても、人々には関係ない。
天ノ塔は全てがある。
財宝も食物も力も謎も未知も、神でさえいるのかもしれない。
時には空を覆う雨雲を突き抜け、時には晴天の青空に一筋の影を落とす。しかし、その頂上はどこまで続いているのか人の身において見ることは叶わない。
そんな世界の中心であり、全てである天ノ塔を登る者達がいる。ギルドで様々な依頼を受け、塔を登り、それで生計を立てる者達だ。
探索者と呼ばれ、常人とはかけ離れた力を塔の中でつけている。ギルドへの貢献度や、依頼をこなした数によって、ギルドは探索者達をランク付けする。それは一種の名誉であり、探索者が人気である要因の1つでもあった。
曇天が重く街を覆う今日、とある5人組が塔の26階にいた。
俺の名前はエア、大したことのない、本当に大したことのない探索者だ。
ランクは恥ずかしながら、下から2番目のDランク。
そんな俺は仲間に恵まれたおかげで26階という、いわゆる中層域と言われる階層まで足を踏み入れることが出来ている。
頼もしい仲間たちを紹介しよう。
男前、カイン。
ランクはBランクで、このパーティーの中でも頭一つ飛び抜けて優秀だ。片手剣と盾を装備し、前衛を務めてくれる。
頼りがいのある男、ケール。
がっしりとした体格、身長は2メートルを超える巨体だ。ランクはCで、パーティーでは盾役として前衛を務めてくれる。
わがまま姫、ナーシャ。
魔法の才能があり、間違いなく優秀なのだが、わがままであり、パーティーでは最年少だ。ランクはCで、後衛を務めてくれる。
聖女と言っても過言ではない女神、パール。
立ち姿からして女神、性格は聖母、非の打ち所のない自慢の回復役だ。ランクはCで、後衛を務めてくれる。
そんな俺たちに課せられた依頼は鉱物採集だ。
レアな鉱物はゴーレムを倒した時にドロップする。階層が上のゴーレムほど強くなるが、よりレアな鉱物をドロップするのだ。
そして今日。
パーティー史上最大のピンチが訪れていた。
「パール!!」
回復役として後衛にいるパールがゴーレムのパンチ攻撃を受けた。華奢な体は壁に打ち付けられ、ガクッとそのまま起き上がる気配を見せない。
カインが焦るのも最もだ。
今日のゴーレム達はおかしい。狙うポイントがよく分かっているというか、俺たちのように連携を取っているというか
「エア!! 時間を稼いでくれ!」
俺のこのパーティーでの役割は時間稼ぎだ。
この世界の探索者には稀に特質者という特別な技能を持って生まれる存在がいる。
俺もその一人だ。
『この体は頼んだぞ』
『うぃーすっ、りょーかいっす』
二重人格という訳では無いが、自分の意識を部分的に残して、幽体離脱できる。そして、他のものに乗り移ることが出来るのだ。
強いようにも思えるが、生物相手には相手の自我に負けるし、無機物を大きく動かすことはなかなか出来ない。あと、俺の体から遠くまで離れられないのだ。
あまりにも能力が説明しづらくてギルドにも報告していない。
幽体離脱した俺は透明になり、他の人には見えなくなる。
体から浮きでて、急いで目の前のゴーレムに飛び入り、精一杯ゴーレムの腕を振り回す。だが、ゴーレムを操る力が弱すぎて、横のゴーレムにコツンと当たっただけだった。
「エアっ!! 危ない!!」
ナーシャの声で、はっと振り返る。
『あ、やっべぇ』
本体からの声が聞こえた。
直後、ドゴォンとゴーレムが地面を殴りつけた音が響いた。
「「エアァァァ!!」」
叫び声のような泣き声のような声が響く。
俺の体は赤い液体となって、地面とゴーレムの拳に付いていた。
『し、死んだ?』
痛みは全くなかったが、この世に俺の体はもう……存在していなかった。