勇者をやめることにした!
それからの生活は本当に酷かった。
失敗した勇者の名前は街中に広まってしまっており、どこへ行っても住民にこそこそと噂をされてしまう。まったく、つい数日前まで勇者様、勇者様と歓声を上げてくれていたとは思えない。こうなればいっそのこと公然と馬鹿にしてくれた方が気持ちがいいのに。
俺は服屋に行くと、一般的な少年の服を買った。
「……何が勇者だよ。バカバカしい」
すぐに着替えると、脱ぎ捨てたアイドル服を道ばたに捨てようとする。
「……」
けれど、できなかった。勇者なんてものに未練があったわけではない。この服がステラとの、最後まで俺を案じてくれていた人との、思い出の一部になっているからだ。俺は舌打ちをすると、服を背嚢にしまった。
剣も鍛冶屋に返しに行った。カーロフは俺を馬鹿にせず、剣を受け取ってくれた。
「お疲れさん。ま、ゆっくり休むといい。困ったらいつでも俺のところに来るといいぞ」
それだけ言って、彼は安い宿を紹介してくれた。
俺は数日間、ステラのくれた金を食い潰し、ずっと宿屋にごろごろしていた。外に出たくもない。どこに行っても笑いものにされるだけだ。
鍛冶屋か魔法屋に行こうかとも考えたが、やめておいた。失敗してしまった俺なんかが出入りしたら、きっと他の住民からも軽蔑されるに違いない。
もう勇者どころか、まともな人間すらやめてしまいたかった。植物にでもなって、考えること無く生活したかった。
しかし、そんな生活を続けているうちに俺は退屈になってきた。四六時中、何日も薄暗い宿の中でごろごろしていたのだから仕方がない。
「……暇だ」
この退屈を紛らわす為なら馬鹿にされたっていい。俺は恥を忍んで外に出た。
久々に俺は日光を浴びた。長い間薄暗い部屋に閉じこもっていたからか、とても眩しい。俺はぱちぱちと瞬きをした。
「あ、ゆうしゃさまだ!」
誰かが俺に話しかけてきた。声は俺の目線の下の方から聞こえたので、さらに小さな子供だろう。
「……誰だ」
「わたしはエレン。魔法屋さんで、オドおばあちゃんのお手伝いをしてるんだ。ゆうしゃさまたちが来たときはおひるねしてて会えなかったんだ。会えてうれしいな」
俺に声をかけてきたのはどうやら魔法屋の孫娘らしい。オドの目は鋭い鷹の目だったが、彼女はぱっちりした可愛らしい宝石のような青い目を持っていた。よく手入れされたおさげの茶髪が日光に照らされると、秋の野山のようにきらきらと輝いていた。
「どうしてこんなところにいるの?」
「あんたら街民のせいだ。勝手に召喚したくせに、一回しくじるだけでこの扱いさ」
「え?」
どういうこと、とでも言いたげに彼女は首をかしげている。
「お前、俺が失敗したことを知らないのか?」
「知らない。ゆうしゃさまのことはね、おばあちゃんから聞いたんだ! もっとお話ししたいな。よかったらね、おうちにきて!」
「いいよ。俺なんか、どうせ役立たずだし。あんたらもそう思ってるんだろ?」
「そんなこと、ないよ」
エレンは無垢な青い瞳で、俺を見つめてきた。
「わたしと同じくらいの年なのに街のために戦ってくれて、ありがとうって言いたかったんだ。おばあちゃんも心配していたよ」
いやだいぶ年上なんだが。
「ねえねえ、わたしのおうちに来てよ! おねがい!」
「……仕方ないな。これっきりだからな」
「やったー!」
この小さな少女に連行され、俺は再び煙くさい魔法屋までやって来た。
「……おやエレン。お客様かい?」
オドは相変わらず奥の机に座っていた。
「うん! ゆうしゃさまを連れてきたよ!」
「そうかい。……どうやらうまくいかなかったようだね」
「……ああ、そうだよ。悪かったな」
俺は不機嫌さを隠そうともせず、そこにあった椅子に乱暴に座った。その机には、知らない液体の瓶やら紫色の粉やらがたくさん置かれている。
「なんだこれ?」
「これはね、簡易魔法をつくっていたの! あの閃光魔法のびんはね。わたしがつくったんだよ! どうだった? 役に立った?」
「……そうかい。ああ、役に立ったよ。この俺なんかより、ずっとな」
この小さな少女に、俺は命を助けられたらしい。一方俺は自分にみじめさを感じる一方だった。
「……しっかりおし」
オドが声をかけてくる。しわがれていながらも、優しい声だ。
「お前さんは魔法の才能は無かったが、見所がある。今は風当たりが厳しいが、直に穏やかになる時が来る」
「無理だよ。どうせ俺なんか」
何を言われても無理だ。俺には期待に応えられない。また恥を上塗りして笑われるのが関の山だ。
そんな俺の不機嫌を察してくれたのか、エレンはあることを提案してきた。
「……そうだ! ねえゆうしゃさま、かみしばいを見に行こうよ!」
「紙芝居?」
「うん! とってもたのしいよ! ゆうしゃさまが落ち込んでるからね、元気になってもらおうと思って。ねぇ、おねがい! いっしょにいこうよ!」
「断る。他を当たれ」
「おねがいだよ~!」
青い瞳をうるうるさせて、エレンは俺に泣きついてきた。この目で見られると、どうも言う事を聞いてあげたくなってしまう。
それだけではなく、この少女はどうも意気消沈した俺が心配でたまらないようだった。ステラだけでなく、俺を心配してくれる人はまだまだこの街にいるらしい。
「……仕方ないな。どうせ子供に戻ったんだし、開き直って満喫するか」
「それじゃあ一緒に来てくれるの? わぁーい!」
「エレン」
「なあに?」
「ありがとう」
「どういたしまして!」
エレンはぱぁっと笑顔を浮かべ、ぺこりと頭を下げた。




