表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹本家の家族旅行  作者: うばたま
第一章 虹本家の朝
9/35

 次の日には、俺たちは、正確に言えば俺以外の家族は、すっかり退屈していた。

 一応言っておくと、俺はセピア相手にあれこれ訊きまわっていたので、それほど退屈はしていない。俺のノートは、既に三分の一ほど埋まってしまっている。大概しつこく聞いていると思うのだが、セピアは根気よく付き合ってくれた。人がいいのか、仕事の一環だと割り切っているのかはわからないが。

 朝食は、ソーセージと野菜が挟んである細長いパンだった。どう見てもホットドッグだ。それに、野菜がたっぷり入ったスープ。まあ、確かにパンに何かを挟むのは、大抵は思いつく料理とは思うが、味が、想像以上に俺たちの世界のホットドッグと同じだ。

 そして、デザートがやたらうまい果物だった。リンゴに似た食感だけど、上等なメロンみたいな甘味があって、ジューシーだ。甘酸っぱい、いい香りがする。

 肉も野菜も、大体俺たちのいる世界に味が似ていたが、この果物だけはどれにも似ていない。俺たちが気に入ったタールフというその果物は、セピアがその後よく持ってきてくれることになった。

 「昨日の料理も、今日の朝食も、かつての勇者様が教えてくださったのです」

 一日ぶりに会ったロゼが教えてくれた。そういえば、過去にも勇者が来たことはあるんだっけ。

 「以前は十年前でした。さらに、その前に来られた勇者様は、オルゴを退治された後に、この世界に留まられたのです。異世界の料理はその時に教わりました。今ではどちらもこの国の代表的な料理ですわ」

 なるほど。先々代の勇者はこの世界に留まったのか。話を聞くと、とどまった人は、どうも英語圏の人だったようだ。だからこそ、この世界に英語が残っているのだ。よかった、これがフランス語とかドイツ語とかだったら、俺はお手上げだった。

 「その人はどうしているんですか?」

 「もうお亡くなりになりました」

 残念。もし生きていたら、いろいろ話を聞きたかったのに。

 俺たちが退屈していると知り、ロゼは城の見学許可をくれた。今日は時間があるのか、彼女が案内してくれるのだそうだ。それなら、この国の言語をもうちょっと知ることができそうだな。

 そうして、ロゼに率いられて俺たち虹本家総勢五名+二匹が、ぞろぞろ見学会に出ることになった。こうやって見るとツアーみたいだな。

 ツアコンのロゼは、じゃれつくシロを抱っこしながら案内している。本当に珍しい。シロの奴、俺のことなんか見向きもしないでロゼに甘えている。抱き上げられて喉を鳴らすとか、今までしたこともないぞ。

 お城だから当たり前なのだが、やはり広い。うちの学校よりも遥かに広そうだ。石造りで、だいぶ年季が入っている。肌寒いのは、季節が俺たちの世界と同じく冬だからか、それとも、一年中寒い国なのか。

 そういえば、中世や近世のヨーロッパは、風呂に入る習慣がなく、平民だろうが、貴族だろうが、王様だろうがみんな臭かったと、歴史よもやま話で聞いたことがあるが、幸いなことに、この世界の人々は入浴の習慣がちゃんとあるようだ。

 いや、べつにあえて注目したわけじゃないが、ロゼのすぐ後ろにいるため、彼女の髪が揺れるたびに、花の香りみたいないい匂いが鼻孔をくすぐるものだから、つい。何だろう、甘酸っぱいような、そうでもないような。でも、どこか懐かしくもあるような、そんな香りだった。

 ちなみに、今日のロゼはきちんとドレスを着ていた。と言っても、それほど華美じゃない。髪に合わせているのか、淡いピンク色の、上品なドレスだった。アクセサリーは、あまり派手じゃないペンダントだけ。この前のローブとは違うが、やはり裾は長い。ゲームじゃあるまいし、ノースリーブでミニスカートのお姫様はいないだろうな。残念。

 そんなことを考えていると、大きな階段が見えてきた。俺もよくは知らないのだが、近世辺りのヨーロッパの城というのは、やたら華やかなものが多い。中世の城は、戦争用に作られた、武骨で堅固なものが多かったが、近世になると、もてなしを主体とするものに変わっていったからだそうだ。そうなると、やたら格式ばっていたり、妙な決まり事があったりするのだが、俺たちが案内された城は、その中間って感じだった。あくまで俺の抱いた感想だが。

 一階にある部屋にはあまり案内してもらえなかった。俺たちが最初に呼ばれた広間も一階らしいし、恐らく今頃は謁見とか、そういったのが行われているせいなのだろう。

 「おお、馬だ。馬がいるぞ」

 中庭を見ていたじいちゃんが指を指した。

 貴族と思われる上品そうな女の人が数名、颯爽と馬に乗っている。庭で乗馬ができるとか、スケールが違うよな。我が虹本家の庭では、クロだって走ることはないぞ、狭すぎて。

 そのクロが、羨ましそうに小さく鳴いた。あの広い庭を見て、駆け回りたくなったんだと思う。昨日は、いくら広いとはいえ室内に丸一日閉じ込められていたのだ。さぞ窮屈だっただろう。

 そのことをロゼに言ったら、快く中庭を自由に歩く許可をくれた。後でセピアに頼んでリードになるような紐を用意してくれるそうだ。

 俺は手元のメモを覗きこんだ。中庭は「レウア」と呼ぶらしい。行くときはセピアにそう声をかければいいだろう。

 中庭にいつでも好きな時に来ていいと言われ、喜んだのはクロだけじゃなかった。父さんは日課の素振りができるし、姉ちゃんも、弓の練習ができる。母さんもジョギングができると喜んでいる。うちの家族はほんっと体育会系だな。

 そんな風に虹本家の面子がちょっと浮かれている時だった。さっきまで馬に乗っていた女の人が、こちらに気付いたらしく、馬から降りて歩いてきた。

 すれ違う男の、十人に九人は振り向くような美人だった。その中には、もちろん俺も含まれている。艶やかな黒髪を、スミレっぽい形をした銀色の髪留めでまとめている。髪飾りの中央には、その瞳と同じく紫色の宝石がついていた。乗馬のためだろう、服装は動きやすいものになっているが、精巧な刺繍がされている上等そうな物だし、どう見ても身分の高そうな女性だ。

 彼女の瞳は紫色だった。淡い、ピンク色に近い紫。やはりこの辺が、俺たちのいる世界とは違うんだろうなあ。

 彼女の隣には、同じように動きやすそうだけど上等そうな服を着た少女が立っていた。こちらは、隣の女性に遠慮するかのように一歩下がった状態でいる。年齢も女性より少しばかり若そうだ。ちょうど、ロゼと同年代ではないだろうか。

 隣にいたロゼが、身を強張らせた。ロゼの知り合いか。ロゼはお姫様だ。城にいる人間なら、大抵が知り合いだろう。

 鈴の鳴るような声で、女性が何かを言った、さすがに俺にはわからない。ただわかるのは、何となく、あまりいいことを言っていなそうだなあということだけだった。隣の少女も、少し困ったようにロゼの顔を窺っている。

 ロゼは終始うつむきがちに、彼女の言うことを聞いている。この人、大人っぽいから年上のように見えていたけど、よく見ると俺たちとそう変わらないんじゃないか?二十歳にはなっていないっぽい。彼女が言い終わったらしく、次に俺たちを見やった。だけど何も言わない。ただ、軽蔑するような視線は感じた。感じが悪いな、美人だけど。その後、ふんと鼻で笑い、彼女はすたすたと歩きだした。隣の少女が、慌てた様子で追いかけるが、その前にぺこりとこちらに、いや、ロゼにか、会釈したのがやけに印象的だった。

 「あの人誰?」

 彼女が立ち去った後、ロゼに尋ねると「この国の第一王女のヴィオラ様です」と返ってきた。なるほど、お姫様であらせられましたか。そりゃ、ちょっとくらい(ちょっとじゃなかったけど)高慢ちきなのも仕方がないのかもしれない。

 ちょっと待て。

 「第一王女様ってことは、ロゼのお姉さんじゃないのか?」

 確か、ロゼは第二王女のはずだ。ということは、血が繋がった姉妹と言うわけじゃないのだろうか。

 「ええ。父は同じです」

 父は同じ。ということは、母は違うのか。

 ああ、何となくわかってしまった。たぶんだが、ロゼは側室の子というわけだ。で、さっきのお姫様は、正室、もしくはロゼの母親よりも身分の高い女性の子だ。そういう背景があると、姉妹でも、気軽に仲良しになれない場合もある。

 血は繋がっているけど、家族ではない。遠ざかる第一王女の背中はそう言っているような気がした。

 「お辞儀をした女の子は?」

 「……アストゥシア家のモーブ嬢です」

 ロゼはそっけなく言うと、すたすたと歩きだした。いつもにこやかな彼女にしては、少々珍しいことだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ