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虹本家の家族旅行  作者: うばたま
第一章 虹本家の朝
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 お姫様であるせいか、ロゼは割と忙しいらしく、なかなか俺たちに会いには来なかった。今のところ、意志の疎通ができるのは彼女しかいないため、俺たちもすることがない。

 部屋の中には本棚があったが、やはりというか、文字が全く分からない。部屋から出るなと言われたわけじゃないが、何となく動きづらい。

 仕方がないので、あまりこういう道具は使いたくないが、ハンドベルを鳴らしてみた。すぐに、セピアが入ってきた。

 「あ、お茶のお代りが欲しいって言っておいて。できれば次は緑茶がいいな」

 父さんが図々しいことを言った。自分で言えよと思ったが、口には出さなかった。俺としても、先ほど覚えたアテという単語がお茶のことを指しているのか、確認したかったから。

 「アテ、アテ」

 俺が言うと、彼女は心得たように頷き、すぐに踵を返した。程なくして、先ほどのものと似た銀のトレーにお茶を乗せて、彼女が入ってきた。やはり、アテとはお茶のことだったのだ。

 「ありがとう」

 日本語で言っても通じないのはわかっていたが、一応口に出して頭を下げると、セピアはニッコリ笑って「スギア」と応えた。これは「どういたしまして」という意味か?それとも、「ありがとう」とはこう言うのだと教えてくれたのか?

 せっかくなので、俺は彼女に先ほどと同じように、イラストを交えてこの国の言語を教えてもらうことにした。

 迷惑だろうか心配したが、セピアの仕事は俺たちの世話をすることだからか、快く乗ってくれた。

 単語を知るだけでもだいぶ違う。後は、簡単な挨拶文だな。セピアからいろいろ聞きだして、メモを取る俺に、父さんは「本当にマメだなあ」と感心したように呟いた。「いったい誰に似たんだろう?」

 少なくとも、父さんに似たわけじゃないとは思っている。

 「俺がメモ魔で、一番助かっているのは父さんじゃないか」

 「確かに」

 これは本当だ。父さんの仕事は、前述の通り野球解説者なのだが、父さんは人に説明するのが、あまり得意じゃない。

 そこで、俺の野球選手メモが生かされるのだ。父さんが解説する試合に向け、両チームの選手の成績、記録、利き腕、ピッチャーだったら決め球は何か。ここ最近、どういった球を打たれているのか。バッターだったらどういった球が得意なのか。ここ最近は、どういう打ち方、外し方をしているのか。などなど。

 はっきり言って、こういう作業は面白い。元々研究したり、勉強したりするのは嫌いじゃない。俺は体を動かすのは向いていないが、調べ物をするのは向いていたようだ。オタク気質なのかもしれない。

 最近の父さんは、俺のメモを見ながら解説をしている。例えば、アナウンサーから「この局面で、相手ピッチャーはどういった球を投げてくるでしょうか?」と質問されたとする。選手時代の父さんだったら「とりあえず来たら、月に向かって打てばいいだけです」とか答えただろう。抽象的過ぎるし、微妙に答えになっていない。けれど、選手時代のの父さんは、それでやってこられた。しかし、解説者ともなればそうはいかない。

 なので、メモを見ながら「そうですね~(チラッ)、このピッチャーはスライダーが得意ですし(チラッ)ここ最近の五試合でも(チラッ)ほとんどスライダーで三振を取っていますからねえ」とでも言えば、形にはなる。

 どうしても発言に困った時の必殺技はこれだ。

 例えば一対0で負けている九回。ランナーは三塁にいる、そこで次のバッターボックスに打者が立つ、そういった場面だとする。

 「ここでホームラン打てば逆転ですよ」

  これで決まりだ。他にも「ここでホームラン打てばサヨナラホームランですねえ」「ここでヒットを打てば点が入りますよ」。

 これら「当たり前だろうが」とツッコミを食らいそうな台詞を言うのだ。一応場繋ぎにはなるし、アナウンサーがそこにツッコミを入れることはけしてない。

 そんなどうでもいい話は置いておいて。

 セピアからあれこれ聞き出したが、どうもこの国の文法は、英語に近いようだ。日本語みたいに複雑な敬語が絡まったりしないし(丁寧な言い回しはあるだろうけど)、ドイツ語みたいに単語の一つ一つがやたら長いわけでもない。フランス語みたいに発音が難しそうというわけでもない。これは非常にありがたい。

 俺は知りえた単語をノートに書き足した。う~ん、ノートは一冊で収まりそうもないなあ。紙とか、頼めばもらえるんだろうか。

 そんな風に午前を過ごし、他の侍女が持ってきてくれた昼食を食べる頃には、俺の家族は退屈しきっていた。

 それにしても、出された食事には驚いた。焼いた挽肉と野菜を挟んだパン。その隣には付け合わせなのだろうか、じゃがいものような野菜を、短く切って揚げた料理があって……何というか、まるでというか、まんまハンバーガーとポテトだったのだ。

 ちなみに、クロには肉と、シロには魚がきちんと用意されていた。

 ファーストフードは、学生である俺や姉ちゃんには、非常に慣れ親しんだ料理だ。父さんは、野球選手時代は栄養管理上、あまりこういったものは食べなかったのだが、嫌いではないのだそうだ。そして、実はじいちゃんが割と好きなのだ。

 なんでも、刑事時代張り込みの時に、後輩たちからこういった夜食を差し入れしてもらって、それ以降ちょくちょく食べるようになったのだとか。最近のファーストフード店は夜遅くでも開いているからな。

 「懐かしいな」

 じいちゃんの顔が思わず綻んだ。

 「ガサ入れ前は、よく食べたなあ」

 じいちゃんは、組織犯罪対策第五課に所属していた。銃器や薬物の取り締まりをしていたらしいから、ガサ入れもよくあったのだろう。


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