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この国、バルゼレッタには、昔からオルゴと呼ばれる化け物がいる。彼らのほとんどは人間に直接手出しをしてこないが、ごく稀に悪いオルゴもいる。そうして、彼らの呪いがある限り、人間は反撃できない。そういう時、この国では、オルゴの呪いを受け付けない異世界の人間を(無理やりに)招聘し、そいつを勇者と呼び、何とかしてもらう。この辺りは、さっき聞いた通りだ。
通常、勇者は一人のはずなのに、なぜか今回は五人(+二匹)になってしまった。こんなことは異例なので、大騒ぎしていたらしい。とはいえ、儀式(魔法や技というより、儀式なのだそうだ)のやり直しはできない。
なぜかというと、この招聘の儀は、満月の日しかできないのだそうだ。ちなみに、それができるのは、巫女のみだという。ということは、ロゼはこの国の巫女というわけだ。
一方、さっきも言われたように、俺たちを元の場所に帰す送致の儀は、新月の日しかできない。この二つは、かなり神聖な儀式であり、遂行できるのも限られた人間しかいない。まあ、そう何度もホイホイ他人を呼び出していたら、俺たちの世界にだって、ある程度知られてしまうよな。
ということは、だ。この国からすれば、俺たちを勝手に呼んだことはさておき、俺たちが問題を解決しないと、家に帰してはやらないぞと脅すことはできる。というか、今までもそうやってきた可能性は大いにある。
しかし、それはあまりに勝手すぎないか。
俺が、ロゼから聞いた話をかいつまんで家族に説明すると、じいちゃんが、頷いた。
「仕方がないの。それならば、わしらで鬼退治というところかの」
「じいちゃん、鬼じゃなくてオルゴだよ」
似たようなものかもしれないが。
見ると、父さんもバットの素振りなんかしているし、姉ちゃんも弓袋から弓道具取り出して点検している。え、まさかほいほい受ける気?
「仕方がないんじゃない?そうしないと帰れないし、みなさん困っているんでしょう?」
母さんの発言に、みんなも頷いた。
何というかなあ。こういうところが、俺がこの家族の中でイレギュラーだなと感じる要因なのだ。俺なんか、まず、なんでそんな身勝手な理屈が通るんだと、こっそり憤っていたくらいなのに。そりゃ、最終的には受け入れるにしても、文句の一つ二つは絶対に言っていただろうし、あれこれ要求したかもしれない。
そうだよな、この国の人たちは困っているんだよな。やっぱり、勇者様は、俺以外の誰かのようだ。
オルゴの呪いとやらも聞いたが、割とえげつない。痛みや呼吸困難、しびれや嘔吐など、人間が感じる苦しみのほとんどがそれに集約されている感じ。しかも、まず助からないという。まるで毒を飲んだようだと初めて聞いた時思ったが、そちらかというと病気の類か。オルゴという名前はこの国の古い言葉で「苦しみ」を意味するものだというから、似たようなものだ。
ちなみに、同じ名前の毒も存在するらしい。
ある花の蜜とある動物の分泌液を混ぜ合わせてできるもので、少量でも致死量に達するのだ。今はもうないのは、その動物が数年前に絶滅してしまったため、この毒を作り出すのは事実上不可能になったからだ。
時間が経つと成分が変わり、無害になってしまうらしく、今現在この世界にはどこにもないらしい。
俺たち異世界の人間がその呪いを全く受け付けないというのがどうしてかはわからないが、呪いのリスクがないのなら、何とかしてやりたいとも思えてきた。
しかし、俺たちがオルゴ退治にやる気を出したとしても、問題はまだある。
肝心のオルゴとやらが、どこにいるのか全くわからないのだ。
そういうのって、普通はすべての準備が整ってから、助っ人を呼ぶはずだろうが、考えたら、呼べるのは満月の日だけだ。次に呼ぼうとすれば、約一か月も間が空くわけだ。それは確かに困るかもしれない。
今回はとある村で呪いにかけられた人間が出たという騒動があり、久しぶりのオルゴの攻撃に、慌てて儀式が行われたというのだ。
だから、俺たちがすべきことは、当座はない。
部屋は今俺たちが通された広い部屋と、これは寝室かな?ベッドが置かれている部屋が二つ。これは続き部屋になっていて、この広い部屋に繋がっている。本当にホテルみたいな様相だ。
俺たちが乗り気になったところで、ロゼは大いにほっとしたようだ。あらためていろいろ聞きだしたところ、彼女は巫女ではあるが、同時に、この国の第二王女でもあるらしい。
「お姫様だったのか」
言われて気付いたが、立ち居振る舞いにも、どことなく気品のようなものが感じられる。ということは、今は巫女だからこういう服を着ているが、普段は、さっきの広間にいた女の人たちみたいに、ヒラヒラの格好をしているのだろうか。
ロゼが今着ているローブは、上品ではあるが、飾り気はない。装飾品の類も一切つけていないし、お姫様という感じは全くしない。
第二王女というからには、上に姉がいるわけだ。女兄弟だけなのか、それとも、男の兄弟も同じくらいいるのか。まあ、どうでもいいことだけれど。
とりあえず、しばらく敵の情報が入るまでは、俺たちはこのお城でお客として扱われるようだ。衣食住の世話もしてくれるし、何かあったら、ハンドベル(!)で呼べば、さっきのセピアや他の侍女が来てくれるそうだ。廊下を挟んで向かい側に使用人部屋があるって、どんなVIPだ。