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虹本家の家族旅行  作者: うばたま
第一章 虹本家の朝
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 通された部屋は、さすがに豪華な造りだった。一度テレビで、古いお城をホテルにしましたって特集があったが、まさにそんな感じの、クラシカルで、趣のある部屋。壁には、たくさんの花が刺繍されたタペストリーが掛けられている。花はどうも、俺たちの世界とそう変わらないみたいだ。このタペストリーを見る限り、薔薇や百合に近いものがあるようだ。

 これが、旅行先で通された部屋だったら、家族全員大はしゃぎするだろうが、さすがに能天気なうちの家族でもそれはない。

 「あらあ、素敵なソファね。これ、座っていいものかしら」

 「わあ、あのランプ素敵。あんなのが私の部屋にもあったらいいのになあ」

 「こういう部屋って、一泊いくらくらいするんだろうなあ。俺、財布もカードもないんだが大丈夫なのか」

 そうでもなかった。

 さっきから思っていたのだが、どうも俺の家族は肝が据わっているというか、豪胆というか。いや、ただ単に図太い上に何も考えていないのかもしれないが、とにかく物怖じしていない。そして財布やカードがあっても、使えないと思う。……たぶん。だよな?

 俺は、先ほどのロゼの説明を、家族に伝えた。

 「ということは、ここって地球じゃないの?」

 姉ちゃんが首を傾げた。そうだろうなあ。ロゼは「異世界」と言っていたけれど、それって地球じゃないということか。ロゼみたいにピンクの髪でピンクの目の人間がいるくらいだし(髪を染めてカラーコンタクトをつけている可能性がないわけじゃないが)、そう考えてしかるべきだろう。

 俺は思わず窓の外に目を向けた。もしかしたら、地球では考えられない光景が見られるのかもしれない。例えば映画『アバター』みたいな。こうやって呼吸できることから、空気は地球と同じようだが。

 期待して外の景色を見たが、見えたのは、中世、いや、近世辺りかな?そういった昔のヨーロッパ風の街並みだった。それも十分すごいことなのだが、ちょっと残念だ。

 「これからどうしよう?」

 俺が言うと、今までずっと黙っていたじいちゃんが、ぽつりと言った。

 「とりあえず、何といったかその……オルゴール?ってのをやっつけたらいいんじゃろうが」

 「じいちゃん、オルゴールじゃなくてオルゴ」

 「昨今の、何でもすぐに省略する風潮はどうかと思う」

 「じいちゃん、省略してないよ」

 じいちゃんは、どことなく嬉しそうだ。まさかとは思うが、いつも手入れしかしていない(できない)刀を使えることが嬉しくて仕方ないんじゃなかろうか。

 「一度帰してもらえないかしら。慎二郎伯父さんに一言言っておかなくちゃいけないし、テレビも炬燵もつけっぱなし」

 こんな時だというのに、母さんの心配事はそれらしい。たぶん、姉ちゃんは部活のことで頭がいっぱいだろうな。

 「そうだ、携帯で連絡すればいいじゃない」

 姉ちゃんが、カバンからスマホを取り出した。ま、当然だろうけど圏外で使えない。姉ちゃんは一応電源を落とし、スマホをしまい込んだ。

 俺たちが、ああでもないこうでもないと騒いでいると、ノックの音がした後、若い女の子がしずしずと入ってきた。裾の長いドレスを着ているが、飾り気はなく、さっきの広間で見た煌びやかさはない。色も濃い茶色で、この時代からしたら、少し地味なのかもしれない。

 手には、お茶を乗せた銀色のトレーがある。たぶん、俺たちに淹れてくれたのだろう。お茶を飲む文化ってのは、やはりどこの世界にもあるようだ。

 俺が英語でお礼を言うと、彼女は少し首を傾げた。そういえば、英語が話せるのはロゼだけだったようだ。さっきの王様だとかいうおっさんが話していた言葉、たぶんあれがこの世界(もしくは国の)言語なのだろう。

 ということは、俺たちは、ロゼがいなければ(最低でも二週間は滞在しなくてはならない)この世界の、誰ともコミュニケーションを図ることはできないわけか。これはとても不便だ。

 俺はこの世界にもってきていたノートを手に取り、テーブルの上にカップを並べている彼女の前に広げた。

 彼女はきょとんと俺を見ている。とりあえず、俺たちを恐れている様子はない。俺はノートに、目の前にあるカップの絵を描いてみた。それを指さすと、彼女はしばらくぽかんとしていたが、やがて「アテ?」と言った。アテ。それはお茶のことを指しているのだろうか、それともカップのことを指しているのだろうか。

 俺はカップの絵の横に「アテ=お茶orカップ」と書き込み、今度は、さっきのタペストリーに描かれていた白い花を描いてみた。

 「エリーリ?」

 今度は、その横の赤い花を描いてみた。

 「サロ?」

 今度は黄色いの。

 「……ススキルナ!」

 この辺りになると、向こうも何をしたらいいのかわかったのか、俺が描き始めたら、すぐに答えてくれるようになった。クイズみたいな感覚でいるのだろう。

 そうして俺は、今度はペンでぐるぐると何度も円を描いた。できるだけ乱雑に。すると彼女は真剣にノートを見ながら「レア?」と呟いた。おそらく、英語の「What」に相当する言葉だと思う。

 俺は、今度は木の絵を描き、「レア?」と尋ねると、彼女は微笑んで「ロベルア」と答えてくれた。よかった、これである程度の意志は通じるかもしれない。

 俺は自分を指し「蒼太」と名乗り、彼女に「レア?」と尋ねると、彼女は笑いながら「ロー」と言った後、「セピア」と自分を指した。

 たぶんだけど、「ロー」とは、英語の「who」のことだと思う。憶測が多いのは仕方がない。そして、彼女の名前はセピアだ。

 俺はしばらく、目についたものを指しては「レア?」と尋ねた。彼女は気さくな性質なのか、快く答えてくれた。こうやって見ると、かなり若い。俺と同じくらいじゃないだろうか。茶色い髪を一つに束ねるだけの、簡素な髪型といい、おとなしめの格好といい、たぶん、侍女のような立場なのだろう。

 「蒼太、お前親の前でナンパしとるのか」

 「この状況でそんな真似ができるほど、俺は器用じゃない」

 メモを取りながら振り向くと、俺以外のみんながみんな、のんきに茶を啜っているのだ。普通、飲んで大丈夫かとか躊躇しないだろうか。


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