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結局、俺たちは当初の予定通り二週間滞在したバルゼレッタから、俺たちの世界へ帰ることとなった。
冬休みは丸々潰れてしまったが……宿題は今日一気にやるしかないか。
「部のみんな、ちゃんと練習していたでしょうね……」
姉ちゃんがブツブツと言っているのが聞こえた。姉ちゃんは、ある意味相当鍛錬積んだよな、今回。
「いやあ、すっかりお世話になってしまって」
父さんが、グレイさんとニコニコ笑いながら握手を交わしている。言葉は通じなくとも体育会系同士、気が合ったんだろうか。
それにしても、結局俺たちは一体何だったんだろうか。
勇者ではないことは確かだ。何しろ、俺たちより先に不完全ではあっても儀式は行われていたのだから。
ロゼの隠し事……それは、俺たちが勇者ではありえないこと。あざがないこともそうだが、俺たちは、というか俺は、ロゼの最初の「お願い」に素直に頷かなかった。それは、ありえないことなのだそうだ。
そう考えると、やっぱり勇者を呼び出すのってすごい危険だ。
その割にはうちの家族はさして抗うことなくホイホイ受けていたけどなあ。俺も難癖つけながらも、さして反対しなかったし。これはロゼに対して何となく親しみのようなものがあったからだ。もしかして、きちんとした儀式じゃなかった分、俺たちへの拘束力が薄まっていたのだろうか?
最初に来た広場に、俺たち家族とシロとクロ。ちゃぶ台。
その前に以前観た巫女服を着たロゼが、杖を持っている。遠くでは王様と王妃様。あと、たぶん身分が高いであろう人たちが数人。関係者でもあるグレイさんやセピア、マロネさんもいる。
ヴィオラの姿はない。あの人、きついけど美人だったからちょっと残念。今思えば黒幕と思って結構ひどい言葉をぶつけてしまった。一言謝りたかった……けど、それもおかしいか。
たぶん、今後ロゼとの関係も変わるのだろう。それを見ることができないのはちょっと残念だけど。
後ろで控えていたセピアがそっと近寄り俺の手をぎゅっと握った。
「ソウタ」
ちょっと目が潤んでいる。何と言うか、ちょっと困るシチュエーションだ。いや、俺としても、こういうのは悪くないんだが(むしろ歓迎する)、いかんせん、後ろでやたら目を輝かせている外野がいるのがものすごく気になる。
一方、ロゼはシロを抱っこしながら、じいちゃんとしきりに話し込んでいる。話し込む?
……言葉が通じないのにどうして?
「ちょっとじいちゃん」
俺が何か言うより先に、ロゼが杖を掲げた。その口元は、笑いをこらえるかのように歪んでいる。
「え?ロゼ、いつの間に日本語覚えたんだ?」
「蒼太ちゃん、ありがとうね」
ロゼは、流暢な日本語で俺に笑いかけた。
え?蒼太ちゃん?それは、妙に懐かしい響きだった。俺をずっと昔にそう呼んだ人がいたような。
「紫乃ちゃんも、本当にありがとうね。今度の大会、頑張って」
「みどりさん、いつも本当にありがとう」
「黄一郎。あまりみどりさんに迷惑かけるんじゃないよ」
「紅之介さん。もう一度会えて、本当に嬉しかった」
ロゼが次々と俺たちに感謝の言葉を告げる。けれど、俺たちはそれどころじゃなかった。
「ちょっ……」
「待って」
「この喋り方、まさか……」
「も、桃子ばあちゃん……?」
俺たちの質問に答えず、ロゼは杖を高々と振り上げた。
「みんな、ありがとう。どうか元気で」
その言葉を残して、ロゼが光に包まれた。
いや、包まれたのは俺たちか。最初に来た時と、同じ感覚がした。何もかもが急速に遠ざかる、あの不安で切ない感じ。
けれど、今はそれどころじゃない。
今更ながら気づいた。
ロゼは、ロゼはまさか。
そこで俺は、またもや光に包まれ、そして……。
「蒼太じゃないか。おお、紅乃介も黄一郎もみどりさんも紫乃ちゃんも」
目を開けると、目の前には、のんきに煎餅を食べている慎二郎伯父さんの姿があった。
「し、慎二郎伯父さん……?」
「おう。二週間お疲れさん」
人の家で煎餅を食べて寛ぐのは、いかがなものかと思うが。
いや、それは置いておいて。
俺は辺りを見渡した。俺の後ろには父さん、母さん、じいちゃん、姉ちゃん。足元には、クロとシロ。
ちょっと古くなったちゃぶ台と、立てつけの悪い引き戸が目に入った。庭に、父さんの健康サンダルが無造作に落ちているのも。
テレビは「おはようめちゃ朝」を映しており、父さんお気に入りの女子アナが、朝のお天気を告げている。東京は本日晴れ。久しぶりの洗濯日和です。
間違いない。ここは虹本家のお茶の間だ!
「一応留守番をしておこうと思ってな。それにしても、年末年始に大変だったなあ紅之介」
慎二郎伯父さんは、じいちゃんにそう言って笑った。
そんなことより、俺たちはさっき、こちらに帰る直前に知った、衝撃の真実に動揺していた。
ロゼはロゼはたぶんひょっとして、いや、おそらく、ロゼは……桃子ばあちゃんだ。
そういえば、ロゼは小さいころ前世の記憶があったんだっけ。前世と言えば、村長さんたちも前世の記憶があって、それは過去に日本人だった記憶で……。
今更だけど、前世?前世って何?え?前々前世から君を探してたの?
混乱してしまったが、バルゼレッタって……一体何だったんだ?
「慎二郎伯父さん、私たちが消えたことと、いきなり現れたことに驚かないの?」
「驚いたよ」
お茶をのんびり啜りながら言われても、ちっとも説得力がない。
「でも、あそこに送達の儀の魔方陣が浮かび上がったから、ああ、帰ってきたんだなって。ああ、みどりさんお邪魔していますよ。疲れたでしょう、よければこの土産の煎餅……」
「ちょっと待って」
伯父さんの言葉を遮り、俺は尋ねた。
「伯父さん、今、何て言った?」
「え?土産の煎餅?」
「そこじゃない!」
むしろ、今までの中で一番どうでもいい部分だ、それ。
「送達の儀?なんで伯父さんそんなこと知ってるの?一体……あ」
まさか。
十年前の勇者って、まさか。
十年前。そういえば、伯父さんが潜入捜査先で行方不明になったことがあった。あれも、二週間だった気が……。
「慎二郎、お前が十年前の勇者か?」
じいちゃんが訊くと、慎二郎伯父さんは、なぜだかピースサインを作って見せた。
「あの時は大変だったよ。連中に、マトリとばれてさ、もう応戦するしかないなと銃を構えた瞬間、呼び出されて。ま、おかげで助かったがね。しかも紅之介が大騒ぎしてくれたおかげで、俺が弾を使い果たしたこと追及されなかったもんね。いやあ、俺って運が良かった」
俺たちは脱力しながら、互いに顔を見合わせた。先代勇者が伯父さんとか、何それ。想像もしなかった。だって。
「勇者がじいさんとか、誰も思うわけないじゃないか」
「じいさんとは何だ。十年前だぞ」
「じいさんに限りなく近いオッサンって程度だろ」
「蒼太は反抗期か。まあいい。……で、やっぱり戦ったのか。今度はどんな奴だった?」
伯父さんがちょっと期待した目で俺たちを見た。
「いや、戦ったは戦ったんだけど。オルゴというか、でっかい熊だった」
「熊ぁ?俺の時は、角の生えた悪魔みたいな姿のオルゴだったんだけどなあ。ところで、異世界はどうだった?紅之介」
話を振られたじいちゃんは、ずっと黙りこくっていたのだけれど、慎二郎伯父さんをまじまじと見た後にこう言った。その顔は、凄く優しげだった。
「慎二郎。儂は……桃子に会ったよ」
こうして、虹本家の冬休みは終わったのだった。
ここで1部完結です。2部の投稿は次の連載が一段落ついてからになる予定です。




