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あの出来事から数日が経った。
結局、あのスマホが決め手となり、モーブは更迭されることになった。ただし、その事実を知る者は少数だ。
おおっぴらに捕らえなかったのは、そうすると、事実をいろんなところで公表しなければいけないからだ。
そりゃ、とてもじゃないけど言えないだろう。大スキャンダルだ。真実は闇に葬られる。
大人たちの都合で抑圧され、おかしくなったパープリン姫のせいで、命を落とした人や、人生を変わってしまった人々がいるという事実だけが、宙ぶらりんのままだ。
彼らに対して国から補償があると言ってはくれたが、命は帰ってこない。失われた腕も、戻ってくることはない。
ヴィオラは脅されていたとはいえ、勝手に儀式を行った罪がある。今後どうなるかはわからないが、少なくとも、今までの様にただ王女様やっていくことはない。ロゼと同じく巫女となるのかはわからないが。
モーブは表向き病気として、故郷に帰されることとなった。今後は一切、自由に動くことはできない。日本で言う、座敷牢のような場所に閉じ込められるそうだ。今後どうするかは、慎重に決められるらしい。
重く罰してくれと言いたいような、それでいて、きちんと心の病気を治すべきだとも言いたいような。
そんなことを考えつつ歩いていたら、中庭で王妃様に呼び止められた。
今日の彼女は薄青いドレスを纏っていた。小花の刺繍がさりげなく施された、上品なデザインだ。
「礼を言います、異界の勇者よ」
王妃様は、そんな風に俺を呼んだ。
俺は勇者じゃないし、感謝される覚えはない。むしろ恨まれてもおかしくはない。今までこの人我隠していたヴィオラの秘密を暴く手助けをしてしまったのだから。しかし彼女は続けた。
「あなた方が、早くに解決してくれたおかげで、人々は、これ以上無用な心労を抱えることなく、穏やかに過ごせるようになりました。一つの村を救ってくれました。バルゼレッタの、国民を守ってくださいました」
「あの」
失礼かもしれないが、俺は自分から思わず尋ねた。
「恨んではいらっしゃらないのですか」
「恨む……」
彼女は俺の言葉を繰り返し、やがて静かに微笑んだ。上品で、寂しそうな笑みだった。多くのものを諦め、血の涙を流した者しか浮かべられないような、そんな微笑みだった。
「恨むことなど、何も」
「でも、第一王女様は」
「わたくしは」
きっぱりとした口調で、彼女が言った。
「スケルツォの王女としてこの国に嫁ぎました。それはわたくしの運命であり、使命でもあります。確かに、時にさまざまな思いを抱きました。ですが、王族として生まれた以上、個人的な感情などより、大事なものがあります。それが、どれだけ理不尽だとしても」
王妃様の青い瞳は、どこまでもまっすぐだった。
「けれど、自分の娘には、同じ思いを味わわせたくなかった。個人の感情を優先させてしまった。それは、わたくしの罪。その結果、ヴィオラにも辛い思いをさせてしまった。あの子が、妹の第二王女に複雑な感情を抱いているのは知っていましたのに」
ヴィオラはロゼを嫌っていた。それは間違いない。でも、同時に妹として何かしらの感情も抱いていた。たった一人で、自分が逃れられた運命を背負おうとする小さな妹。
今思えば、モーブをロゼから遠ざけたのも、せっかくできた親友を奪ってやろうとしたのではなく、危険人物を遠ざけたのかもしれない。
だからこそ、彼女はあの場で妹を身を挺して守ったのではないだろうか。その彼女は、頑なにロゼとの面会を拒否しているらしい。
何とも不器用なことだ。母も娘も。
これからこの人はどうなるのだろう。表向き、ヴィオラの罪はなかったことになる。だから、母である王妃様に何かが起こることはない。
だけれど彼女が、この一件に責任を感じていることはわかるし、苦しんでいることもわかる。
そういった彼女の苦悩を、誰かが理解してあげられたらいいのに。
「明日お帰りになるのだとか。どうか、お気をつけて」
王妃様が、俺に深々とお辞儀をした。俺も何か返そうとしたが、宮廷の作法など何一つ知らない俺には、どうしようもない。
俺の慌てる姿に、少しだけ彼女が笑った。少女のような、邪気のない笑みだった。
しかし、すぐに王妃の顔に戻った彼女は、堂々と歩き出した。
凛とした佇まいで彼女は歩き出す。実に堂々と。
その後姿を見ていると、ふと視線を感じた。
「グレイさん」
「失礼しました」
彼がゆっくりとこちらへやってくる。もう肩の傷はだいぶいいようだ。
今日は日差しが強い。冬だというのに、陽光はぽかぽかと照りつけ、春の予感を感じさせてくれた。その光が、グレイさんの瞳にまともに当る。
「グレイさん」
俺は秘密を打ち明けるように、そっと囁いた。
「目に光が当たっていますよ」
「それは失礼」
彼は目を伏せ、苦笑した。
「お気づきになられましたか?」
俺も、気づいたのはたった今だ。グレイさんの瞳が、薄紅色に輝いていた。そうして、一度気付くといろいろ合点が入った。
「ああ、確かにピンクとは少し違う」
彼は困ったように笑い、日陰に入り込んだ。
「グレイさんの父親って、もしかして……いなかった?」
ほとんどのオルゴは攻撃を仕掛けてこない。その姿は千差万別で、中には人間と変わらないものもいる。
「……そうです。その父親とは私です。オルゴである身ゆえに、年を取るのが人より遥かに遅いのです」
「なぜ死んだことにしたのですか」
「十年前、もはや私の役目は終わったと思っていました。けれど、王太子殿下の夭折など、苦境に立たれていらっしゃると聞きました。せめて、異国でお辛い思いをされているあの方のお役に立ちたいとバルゼレッタに来ましたが、あの方は、既に私を必要とはしていらっしゃらなかったのです」
王妃のかつての婚約者。それをロゼは知らなかった。なぜなら公表されていなかったからだ。確かに、一国の王女が簡単に婚約破棄などできない。しかも、あちらの方が条件いいから(国にとってだけど)乗り換えますなんて。
だから、王妃様の婚約者というのは、ごくわずかな人間たちだけの秘密だったはずだ。
そして、それを知っているということは。
「十年前、もはや自分はここにいる意味がないと、この地を離れようと思いました。ですが、勇者殿には見抜かれていたのです。私が、ちっとも吹っ切れていないことを。彼は私に言いました。『十年待ってみなさい。十年経って、それでもまだ想いが変わっていないのなら、戻って、彼女のために戦えばいい。拗らせてしまったのだから、十年くらい我慢しなさい。十年経って、君の中で過去の思い出になっているのなら、思い切って自由に生きていけばいい』と」
何とも気の長い話に感じられるが、それもまた、長い寿命を持つオルゴだからなのだろうか。
「それって、王妃様は」
「ご存知です。ですが、誓って、彼女の王妃としての尊厳を傷つけるような真似はしていません」
尊厳……要するに、やましい関係じゃありません、ということか。そうだろうな。あの誇り高い王妃様と、この真面目なグレイさんとじゃ、不倫は無理だろうなあ。母さんがここにいたら、「旦那も浮気したんだろう!お前もやってやれ!」くらい言いそうだが。
「そんな大事なことを話さずにいました。ソウタ様には、大変申し訳……」
「あ、そういうのいらないんで。別に、グレイさんが悪いわけじゃないし」
彼が何か面倒なことを言う前に、俺は手で遮り、笑った。
「俺、人をかばって負傷するグレイさんは、すごいって思っていたんですよ。これからも、バルゼレッタで頑張ってください」
それだけ言うと、彼は驚いたように俺の顔をまじまじと見て、やがて微笑んだ。
爽やかな笑みだった。何と言うか、イケメンは何をやっても様になるもんだ。




