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一連の事件のあらましは、王の知ることとなった。
手当てを受け、ショックの和らいだヴィオラの証言から、事件の全貌が明らかになった。
今回のことを計画したのはヴィオラではなく、モーブ嬢だった。いや、ヴィオラが大いに介入したことや、予測できなかったいくつかのせいで、計画は大幅に変わってしまったが。
もともとパープリン娘の杜撰な計画なので、それはむしろ必然だったのだろう。
モーブはスケルツォの姫として何不自由なく育っていたが、巫女としての素質があると言われ、ここバルゼレッタに留学しに来た。
以前も聞いたが、スケルツォは巫女が少ない。王妃様が急遽バルゼレッタに嫁ぐことになった要因でもある。そのため、少しでも素質があるならとまだ幼いモーブをバルゼレッタに送ったはいいが、彼女は巫女になれなかった。大国の威信とやらがどれほどのものなのかは、現代日本を生きる俺にはわからないが、ローティーンの少女が背負うには、重すぎることだけはわかる。
追い詰められてゆくモーブの精神状態は、どんどん不安定になっていく。味方の少ない外国の中、どう頑張っても成果の上がらない自分。故郷からは、気遣うどころか催促するだけの手紙。応えられない自分。友人であるロゼは、モーブを置いて巫女になる。
ここでロゼを責めるのは筋違いだが、十やそこらの子供からすれば、ロゼが巫女になったのは裏切りにも等しいことだったのだろう。
そんな時、彼女は気が合わずに距離を置いていた(わからんでもない)いとこであるヴィオラが、巫女としての力を隠し持っていることに気付く。
前も聞いたが、王妃様はもともと巫女の存在自体に懐疑的なのだ。これは、なにも王妃様だけではない。自分たちの問題を、全く関係ない世界の人間に頼る(しかも誘拐まがいな方法で連れてきて)ということ自体おかしいと思う人間は割といる。俺たちの世界にこのシステムがあっても、恐らくそう思う人は多いだろう。というか、俺もそう思う。
そんな王妃様は、娘の能力を隠していた。もしヴィオラの才能が人に知られたら、バルゼレッタだけでなく、王妃様の祖国スケルツォも何かしらちょっかいをかけてくる可能性がある。
王妃様は、自分の娘が、かつての自分と同じように政治の駒にされることが耐えられなかったのだ。
しかしモーブからすれば、今自分が受けているこの理不尽な苦しみは、ヴィオラが秘密を公にしていれば避けられたかもしれないものだ。半ば正気を失っていたモーブは、この秘密を利用してヴィオラを脅し、巫女そのものを貶めようとしたのだ。
儀式を執り行ったのはヴィオラだが、手伝ったのはモーブだ。正式に巫女と認められていない巫女と、落第した巫女。魔物が呼び出されたのは、資格がないからか。それとも、モーブの望みを具現化したのか。
この時点でモーブの目的は正規の儀式の失敗。つまり、予定されていたロゼによる招聘の儀の失敗だ。そのために、ロゼより先に儀式を終わらせる必要があった。何が出てこようと、先に行ってしまえば、ロゼの儀式は失敗することが確定なのだから。
儀式は行ったが、出てきたのは魔物だった。持て余した魔物を捨てるのに利用したのが、例の問題を起こした騎士ではあるが、その際にモーブはこっそり、アーバの唾液を採取していた。呼び出されたものは、けして巫女に逆らえない。おとなしくしてろと一言告げれば、採取くらいわけない。アーバの唾液は、強力な毒を作る材料となるのだ。
おかげであの村はいい迷惑……どころじゃなかったけど。アーバを捨てる場所にあの村を選んだのは、とにかく遠くであることと、あのチンピラが個人的に恨みを持っていた村なのだそうだ。何でも、奴の家族が盗みを働いたせいで村から追い出されたとかなんとか。こんな話、あの村長さんたちには知らせられない。
あの毒を撒いたのは、モーブの指示だ。これは、ヴィオラも知らされなかったらしい。そりゃ、知ってたら止めただろう。
あの毒はすでにモーブ嬢の部屋から押収しているが、一体何に、いや、誰に使うつもりだったのか。
これが一連の真相だ。あのチンピラからも証言は取れたし、俺が録音してたあの会話。バルゼレッタ語だったのでほとんどわからなかった会話も、それを裏付けるものだった。
そう、驚くほどこの国の人は、あの録音をあっさり信じた。
モーブは目を覚ますと、最初はめそめそ泣きながら自分は何も知らないと王様の前でしゃあしゃあと言ってのけた。
「本当です、陛下。わたくし、わたくし何も知らないのです。ロゼ様が呼ぶからついてきただけ!それなのに、気絶させられて、目が覚めたら何もかもわたくしが悪いということにされて……ひどい」
世の中には、自由自在に涙を流せる人種というのが、一定数いると聞いたことがある。見事な演技を披露しながら、モーブは俺たちの前でか弱げに懇願した。その演技力たるや相当なものだ。ついさっき俺の目の前でボウガンを構えるあの修羅のような姿を見ていなかったら、俺も絶対に騙されていた。
「嘘だ、こいつが何もかも仕組んでいたんだ。さっきだって俺やロゼを殺そうとしたくせに」
俺がそう言うと、モーブは俺のことをいじめっ子でも見るかのように見て、くすんと鼻を鳴らした。
「ひどい、全部嘘です。わたくし本当に何も知らないんです。ヴィオラお姉さまが巫女の力を持っていたことだって、今知ったのですわ。大体、そんな大事なことを隠していらしたなんて、ヴィオラお姉さまこそ信用できないのではなくて?」
とうとうモーブが顔を覆って泣きじゃくった。隠れているところでは、舌を出しているのだろう。王様や周囲が、一瞬疑惑の目をヴィオラに向けたのだから。
母さんと姉さんなんか、会話が理解できないもんだから、小さな女の子がこんなに泣いてるってことだけで、すっかり同情しちゃっている。
じいちゃんと父さんは居たたまれないというように目をそらしている。大人ってずるい。
足元のクロとシロを見てみろよ、モーブに向かって低い唸り声をあげたり、毛を逆立ててシャーッと威嚇の声を上げているじゃないか。動物の方がよほど見る目がある。
ヴィオラが自分の能力を隠し、しかも、秘密裏に儀式を行い、本来の巫女であるロゼの儀式を邪魔したことは疑いようのない事実だ(本人も認めている)。しかし、それを脅したうえでさせたのが、幼いモーブであることは、にわかには信じがたい。ましてや普段の言動がある。
けど、いいかげん飽きてきた。いつまでもガキの茶番を見る気もない。俺はポケットに入れていたスマホを王様の前で掲げた。再生モードにすると、室内にさっきの俺たちの悲鳴やなんやらが響き渡った。
「これは俺たちの世界にある、音を記憶する道具。これにしっかり入っているんですよ。もうすぐなのでお静かにお願いしますよ」
形態を通して聞こえてきたのは、先ほどのモーブのかわいらしい声で紡がれた言葉。
モーブの顔がさっと青くなった。
「俺たちの世界には、こういう便利な道具があるんですよ」
注目を浴び、俺は得意げに言ったが、俺も、後で姉ちゃんに相当怒られた。人のスマホを勝手に使うなと。録音したことは褒められたが。あと、暗証番号は変えるように言っておいた。
「巫女なんか、いなくなればいい!」
自棄になったのか、モーブが突然叫んだ。
「そんなもの、この世界には必要ない!みんなみんないなくなればいいのよ!この国も!巫女も!勇者も!」
甲高い子供の泣き声が、部屋中に響き渡った。その時、俺の隣をピンク色の風が通り過ぎた。それはロゼだった。彼女は無言のまま、わめきながらなおも叫ぶモーブの頬を、渾身の力ではたいた。その手にべったりとついた姉の血は、もう乾きかけていた。
派手な音が、室内に響き渡った。
「何するのよ!淫売の娘が!」
再びビンタ。さらに何か言おうとする彼女の頬に、もう一度。
何と言うか、とても口を挟めないわ、これ。
結局、王様たちが我に返り止めるまで、ロゼは親友だった少女の顔を、さんざんに張り倒したのだった。




