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ロゼがいなくなったのは、俺たちが一息ついた時だった。
着替えに部屋に戻ると言った彼女(心配なので、セピアにもついていてもらった)が、なかなか戻ってこない。代わりに、セピアが血相変えて部屋に飛び込んできた。
「フィーリア・ロゼ・ミ・トロス!」
「セピア?」
バルゼレッタ語は、未だよくわからない俺だが、セピアの様子と、ロゼという部分に、彼女の身に何かが起きたということだけはわかった。
「ロゼの身に何か起きたんだな」
しまった、油断した。セピアがついているから大丈夫だろうなんて、つい考えてしまったが、とんでもなかった。
「どうしていなくなったんだ。誰かにさらわれたのか!?」
セピアが、何事か言い、頭を何かで覆う仕草をした。
言葉は半分くらいしか聞き取れないが、黒という単語と布という単語。そして顔を覆う……あのならず者のリーダーか!そういえば、頭目はまだ捕まっていないのだっけ。
「蒼ちゃん、ロゼがさらわれたの?」
俺が後ろを見ると、既に臨戦態勢に入っている家族がいた。みんな怒っている。この一連の事態を引き起こし、ロゼに危害を加えようとするあの人に。
「ロゼは必ず見つける!俺たちでロゼを助けるんだ!」
俺が言うと、父さんたちは当たり前だと言うように頷いた。
「だが、どこにいるんだ、ロゼちゃんは」
「ロゼはこの城の中だ。しかも、あの人の部屋のどこかだと思う。クロ、何とか見つけられないかな」
クロは警察犬の訓練も受けているため(落第したが)、匂いを辿って、見つけるのは得意だろう。
「できるぞ。そのためには、あの嬢ちゃんの私物がないとな」
じいちゃんが身を乗り出したが、そこで気づいた。
「私物……?」
「何でもいいぞ。よく使っているものならな。例えば、ハンカチとか……」
そういった類のものは、ロゼの部屋にしかないのだが。
「セピア」
ロゼの部屋を、俺は知らない、セピアは知っているだろうが、どうやっていえば連れて行ってもらえるだろうか。
「え~と、部屋は何て言うんだっけ……」
時間が惜しいというのに、どうもうまくいかない。
俺が一瞬迷った時、俺の横を、白いものが通り過ぎた。
「シロ?」
ニャアンと、一鳴きし、シロが尻尾をピンと立てて歩き出した。時折、きょろきょろとしている。まるで、何かを探しているかのように。
俺はあっと声を上げた。シロはロゼが大好きだったのだ。彼女の姿を探しているに違いない。
「みんな!シロに続くぞ!シロ、頼むぞ、ロゼの元へ連れて行ってくれ」
俺の言った言葉に反応してかどうかは知らないが、シロはスタスタと歩き出した。犬の嗅覚ほどではないが、猫の嗅覚もかなりいいはずだ。彼女を探してシロが歩き出す。
やはりというか、シロが立ち止まったのは、豪華で洗練されたエリアだった。王妃様や、第一、第二王女の部屋が近い。
ここまで来るのに、何人もの女官に止められた。セピアがその度に何か言い返していたし、何より、俺たちは、彼女たちからすればこの国を救った勇者だ。あまり強くは言えないようだ。
「セピア、グレイさんを」
俺が言うと、セピアは自分の名前と、グレイさんの名前に反応し、俺の言わんとしていることがわかったのだろう。こくんと頷くと、踵を返して走り出した。
あの人の部屋のドアは、当然鍵がかかっている。だが、シロはここから動かないし、クロも、もの言いたげな目で俺たちを見ている。俺たちがロゼを探していることを、クロも理解しているのだ。そして、この扉の向こうにロゼがいる。
「蒼太、どけ!」
じいちゃんが怒鳴り、抜刀した。
「じいちゃん!」
「殿中でござるが、致し方あるまい!」
「大丈夫だよ、じいちゃん。ここは江戸城じゃないから」
それに非常事態だ。きっと許してもらえるよ。
「お、そうか」
じいちゃんが刀を構え、えいやっと切り裂いた。見事な彫刻が施されたドアに、こんなことをするのは気が引けるが致し方ござらん。
空いた穴に、父さんがバットでガンガン打ち据え、穴を広げた。
広がった穴に俺は手を差し込み、中の鍵を開ける。よかった。鍵は内部からはただ横にスライドするだけの錠で、簡単に開けられた。
空いたドアから俺たちは部屋に侵入したが、これがまた何とも広い。
たぶんだけど、こういう高貴な女性の部屋は、寝室と寛ぐ部屋は分かれているはずだ。だが、今回はさらに隠し部屋があるのではないだろうか。
そう思っていたら、クロとシロが迷いなく奥へ進んだ。
奥には壁だけだ。この壁が少々凝ったもので、壁と、ちょうど同じ大きさの額縁に、見事な絵が描かれていた。
花畑がメインで、周りには噴水があり、綺麗な女神像が置いてある。背景に城がちらっと描かれているから、おそらくはどこかの城の中庭だろう。とにかくゴージャスで、瀟洒な庭だ。色とりどりの花の上で、蝶が何頭も(蝶は一頭、二頭と数えるのだ)飛んでいる。
それにしても、綺麗な枝だ。特にこの花、たぶんスミレかな?色鮮やかで立体感すらあって……あれ。
「これ、絵じゃないぞ」
絵の中で、スミレだけ浮き上がっていた。よく見ると、これだけ絵ではなく飾りだった。スミレは全部で三輪。赤いものと、紫のと、青いの。こういうの、映画で見たことあったなあ。
ちょうどラスト近くで、謎に迫りつつある時、秘密の部屋の入り口が見つかって……。
ふと気づいた。まさか、これが秘密の入り口?
そして、スミレと言えば……。
俺は、迷うことなく紫のスミレに触れた。スミレは動くようだ。恐る恐る回すと、絵が動いた。
「これ、取手なんだ。この絵は、ドアだったのか!」
俺が納得する間に、クロとシロが、さっさと入り込んでしまった。俺も慌てて後を追うが、俺が入った瞬間ドアが閉まってしまった。
「蒼太!」
母さんが大声で呼ぶ声がした後は、何も聞こえなかった。どうも、防音がしっかりされている空間のようだ。
バンバンとドアを叩いているが、開かない。
「秘密の扉だ!三つのスミレの、紫を回して!」
俺が言うが、ドアは一向に開かない。聞こえていないのか。
何とかこちらから開けようとするも、ドアはびくともしない。
ここも気になるが、先に行ってしまったクロとシロが気になる。それに、ロゼもここにいるかもしれないのだ。
「よし」
俺はゆっくりと歩き出した。
中は暗くて狭い通路だったが、俺は何とか突き進んだ。
ものすごく運がいいのだが、俺は、さっき姉ちゃんから預かったリュックをそのまま背負っていたのだ。
あのリュックの中は弓道着以外にもいろいろ入っていた。アーバとの戦いでほとんど使ってしまったが、スマホが残っている。
姉ちゃんのスマホは然圏外なので、電源を落としていたのだ。電源を付けると、よかった、まだ電池は残っている。これで明かりが確保できた。暗証番号は……自分の誕生日とか、本当にやめるように言わなくては。
仮にもうら若き乙女のスマホを勝手に弄るなんて、俺のポリシーからすれば到底許されない行為だが、今は非常事態だ。スマホのライトを頼りに、俺は進んだ。
「クロ、シロ」
二匹は立ち止まって、俺を待っているようだった。そこは小さなドアがある。どうやらこのドアの向こうはさらに隠し部屋になっているらしい。それにしても、何とも凝った作りだ。さすがはお城。こんなものまであるなんて。
俺はドアに手をかけ、ゆっくり開けた。中の様子がわからない以上、むやみに入るのは危険だ。
隙間から覗くとロゼがいた。両手を縛られ、床に座り込んでいる。そのロゼを抑え込んでいるのは男だ。見たことはないが、恐らくは、奴があのチンピラ集団の頭目とやらだろう。
ロゼは頬に小さく怪我をしていて、血が一筋流れていた。
あいつら!
俺は異様にむかむかしながら、さらに覗き見た。
ロゼの前に立っているのは女だ。
何か言っている。鈴の鳴るような声の女。
そうだ。
俺は、手にあるスマホを開き、録音モードにした。俺には、何を言っているのだかわからないが、これは立派な証拠になりうる。
録音モードにした携帯をポケットにしまうと、ちょうどポケットにペンが入っているのがわかった。今はこんなのあっても何の役にも立たない、くそ。
その時、クロが低い唸り声を上げた。ドアの向こうで、男がロゼにナイフを掲げたのだ。
「クロ!ゴー!」
俺が命ずるのと同時に、クロが弾丸のように飛び出した。続けて、シロも怒りの声を上げながら突進した。
クロは跳躍し、ナイフを持つ男に、見事な体当たりを仕掛けた。以前も言ったように、ドーベルマンの体当たりは相当なダメージを受ける。今日の頭目は、以前のように武装していない上に背後からの一撃だ、ダメージも相当だろう。
倒れた男に、さらにクロが襲い掛かる。シロはナイフを持つ男の手に思いきり爪を立て、悲鳴を上げる男の手から、俺はナイフを奪った。茫然とするあの人を牽制しつつ、ロゼの手を縛るロープを切る。よかった、顔の傷はそれほど酷くないし、それ以外で怪我をしたところはないようだ。
シロが甘えた声を出しながらロゼにじゃれついた。
ロゼは自分を縛っていたロープで、クロに押し倒されてもがいている男を縛り上げた。
「もう逃げられないぞ」
俺はナイフを向けながら、その人に言った。
「第一王女、ヴィオラ様」




