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「大体、あっちの偉そうな……いえ、立派な身なりの男性の周りには、強そうな人たちがたくさんいるじゃないですか。俺たちは、ごく普通の民間人ですよ。何もできません」
ごく普通かどうかは置いておいて、どう考えても、あのおっさんの周囲にいる、甲冑を着込んだ騎士(?)たちが、俺たちより使えないとは思えない。
なにしろ、じいちゃんも父さんも、現役の時はすごかったとしても、今では引退した身の上だ。
母さんは専業主婦、姉ちゃんと俺は高校生。特に俺なんか、見ての通りのヒョロヒョロのもやしっ子。この体育会系の家族の中で、唯一運動音痴な落ちこぼれだ。
「いいえ。オルゴの呪いに対抗できるのは、異界から来た勇者様だけなのです」
うわあ、一気にファンタジー色が濃厚になった。呪いだって。なんとまあ、非科学的な。
オルゴってのが何かはわからないが、話の流れからして、悪い奴なんだろう。正直、ここ最近ゲームもパズル系ばっかりで、こういう正統派RPGはあまりやってなかったんだよなあ。
ロゼの話をまとめると、この世界にはオルゴって生き物がいる。
オルゴは種族を指す言葉であり、この世界には、オルゴが何体かいる。
オルゴは呪いをかけることができ、厄介なことに、この世界の人間は、オルゴの呪いを受けると、原因不明の高熱や痛みで苦しんだ後に、衰弱して死んでしまうのだ。
まるで毒だ。
オルゴは基本的に人間たちに干渉してくることはないが、ごく稀に酷く攻撃的な奴がいて、呪いをかけてくる。そうなると、人間たちには手が出せなくなる。何しろ、オルゴの呪いを食らったら、例外なく衰弱して死んでしまうのだから。
その対抗策が、俺たちのような異世界の人間を呼ぶことだ。なぜだか異世界の人間は、この呪いに対して免疫でもあるのか、全く効かないらしい。
呼び出した異世界の人間を勇者と呼ぶのだそうだが、今回は問題が一つある。通常、勇者は一人だけなのだ。それなのに、今回は総勢五名+二匹。一体これはどういうことだと、後ろのおっさん、後で聞くとこの国の王様が慌てている、というわけだ。
「どなたが勇者様なのでしょう」
そんなこと、俺たちが訊きたい。
「文献では、『勇者が武器を掲げしその時、サルタティオは成立する』とあります」
サルタティオっていうのは、俺たちを呼び出した、この魔法(儀式?)のことだろう。たぶん。
おそらくだが、その魔法を遂行したのが、ここにいるロゼじゃないだろうか。杖持っているし。
「武器、ですか」
俺は振り返って家族を見回した。
あの時、俺たちがここに来る直前、じいちゃんは真剣の手入れをしていたし、父さんは庭で素振りをしていた。母さんはフライパンからハムを俺の皿に移し入れてくれていたし、姉ちゃんは学校へ行こうと、弓袋を持ち上げた。俺は、今も手に持っているノートに、期待の新人選手の情報を書こうとしていたところだった。
武器を掲げると言ったら……じいちゃんか?俺がじいちゃんに視線を向けると、ロゼが困ったように首を傾げた。まあ、こんな年寄りが勇者様となると、ちょっと無理がある。
バットも武器になるから父さんかも?弓道具持っているから、姉ちゃんの可能性もあるのか。フライパンが武器として扱われるとは思わないが、純粋に攻撃力の面で言えば、武器と言えなくもないかもしれない(ついでに防御力も高そうだ)。ということは、俺以外の面子は、勇者である可能性があるわけか。
「俺以外の誰かみたいです」
俺が言うと、ロゼは困惑したように俯いた。後ろでは、さっきの王様とやらが、焦れたように何か言っている。
ロゼは一度後ろへ下がり、王様に何事か告げた。王様や、その周りの人間の値踏みするような視線が妙に気に障る。「お前たちが本当に役に立つのか?」と言わんばかりの目だ。勝手に呼びつけておいて、それはない。こっちだって予定があるというのに。
しばらく後にロゼが戻ってきて、申し訳なさそうに告げた。
「ともかく部屋を提供しますから、今はお休みください、勇者様」
言われて気付いたが、俺たちが急にこの場に「呼び出され」てから、一時間ほど経っている。お互いに混乱しているし、状況すらよく理解できていない。一度、頭を冷やした方がよさそうだ。
俺は、せっかくの冬休みが奇妙な方向へ進んでいくのを、ひしひしと感じていた。