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「ところでこれ、やっぱりオルゴだったのかな」
陽が昇ってきたところで、俺は、アーバの死骸を丹念に調べた。
村長さんたちは、こいつを全部村のものにしていいと言われたので、ものすごく感謝してくれた。
毛皮も肉も、その牙も、多くを利用するつもりのようだ。こちらも、食料その他もろもろ、相当使わせてしまったので、そうしてくれると少しは罪悪感も和らぐ。
卵爆弾で使った卵は、母さんが責任もって(得意のフライパンで)卵焼きにした。村長さん宅の食卓は、しばらく卵焼きが続くだろう。
そうそう、村長さんといえば。
ものすごく驚くことだが、じいちゃんと仲良くなっていた。
「いつの間に」
「なあに、蒼太たちがあの家で待機しておる間、儂らはずっとあちらにおったじゃろう。その間に、いろいろ話しておったんじゃ」
「ふうん、そうか。……あれ?」
ちょっと待て。
「なんでじいちゃんが村長さんと話せるんだよ。言葉は?」
「ああ?」
じいちゃんは首を傾げ、今思い出したように「そういえばそうじゃな」と呟いた。
「いやあ、紅之介さん。いいお孫さんたちを持ったのう」
村長さんは、にこにこしながらやってきた。
「……日本語?」
そう、この村長さんは今、俺も多少の単語鹿把握していないバルゼレッタ語ではなく、慣れ親しんだ日本語で話しているのだ。
俺が驚いていると、村長さんは「ああ」と納得したように笑った。
「いやあ、実はですな、儂、前世の記憶があるのじゃが、前世は日本人だったんですよ」
「はあ?」
前世?
そういえば、この世界の人間は、前世の記憶があったりなかったりするとか、グレイさんが言っていたっけ。とはいえ予想外すぎる。
前世は俺たちのいる世界で、しかも日本だった。そんなことありうるのか?
「なんで最初から教えてくれなかったんですか」
「だって、あなたたち、日本語使ってなかったじゃないですか。服装もこの世界のものだし、国から来ていると言っていたし。まさか勇者様だなんて、その勇者様が日本人だなんて思いもしませんでしたわ。日本人っぽい顔だとは思いましたが」
確かに俺たちは言葉が通じないからと、村長さんたちの前では話したりしなかったが。会話は、主に俺とロゼ、グレイさんで英語だったし。英語くらい、気づいて欲しいが。
道理でこの家が和を感じる内装だったわけだ。
「あれ?ということは、フラットリーの村長も……」
「そうですよ。彼も儂と同じく前世の記憶を持つ者。しかも、前世は同じく日本人だったのです。何の因果かねえ」
村長さんの言葉に合わせたかのように、遠くから声がした。
大きな馬車と、フラットリー村の村長さんたちだ。
「じゃあ、オルゴの洞窟は……」
「いやあ、あれを言われた時、どうしようかと思いました」
村長さんが、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「確かにこの近くに洞窟はありますが、あれは儂と奴の、秘密の隠れ家なんですわ。子供の頃、あそこで、今は遠い日本の日々の話をしておったんです。時には、思い出したことを文章にしたり、絵にしたり。そういったものを見られるのは、何だか気まずい気がしてね」
「それで、オルゴの棲む洞窟なんて噂を流していたんですか」
なるほどね。しかし、こんな不思議なことが起きるものなのか。
俺たちが魔物退治をしたということより、遥かにすごいことじゃないだろうか。
生まれ変わりなんてものが、この世に存在することもびっくりだが、日本人がこの世界に転生するなんて。それも、二人も。
「あの馬車は、王家の!」
隣にいたロゼが、驚いて言った。
何と、あの馬車は王家の物のようだ。確かに紋章が描かれている。華美ではないが、頑丈そうだ。馬も、綺麗で毛並みもよく、すごくがっしりしている。王家の騎士団みたいなものだろうか。手綱を引いているのはマロネさんだ。俺たちに気付いた彼が、笑顔で手を振ってくれた。
馬車の隣を馬で並走していた騎士が、素早く馬から降り、ロゼの前に跪いた。
「ロゼ、この人何て?」
「『エスクード小隊長から、盗賊の襲撃を受けたと連絡が入りました故、馳せ参じた所存』だそうです」
「グレイさんが」
騎士の肩には、賢そうな鳩が乗っている。伝書鳩というわけか。グレイさんがそんなのを持っていたとか、全く気付かなかった。
「あの盗賊の残党も、頭目を除いて全て捕獲したようです。彼らは、どうもただの盗賊団じゃなかったみたいです」
ロゼが教えてくれた。その戦士が言うには、あの盗賊団は、もともとバルゼレッタ王都にいたならず者の集まりなのだそうだ。奴らはバルゼレッタ王都の住人だった。
ともかく、グレイさんの連絡を受けた騎士団は、その盗賊の特徴を頼りにこちらへ向かっていた。そこで捕まえたら、何と奴らはある物を持っていたのだ。
それは毒薬だ。
人が摂取すれば、死に至るほど強力なものだった。しかもそれは、どうやら使われた形跡があったらしい。
「それ、どんな毒?」
俺がロゼに尋ねると、彼女は険しい顔のまま答えてくれた。
「この毒を摂取した人間は、腹痛を訴え、数日間高熱を出し、意識が朦朧となってやがて……」
「ちょっと待て。それ、どこかで聞いたことがあるぞ」
俺が言うより先にロゼは頷いた。
「ええ。この村で数日前に起きた死亡事故。あれと、酷似しています」
「ということは、オルゴの呪いなんてものじゃなく毒殺?何のために?そもそも、症状が同じなら、何で毒の可能性を思いつかなかったんだよ」
「この毒は」
震える声で、ロゼが告げた。
「この毒は、今現在、どこにも存在しないものなのです」
「どこにも?」
「この毒は、スーチアという花からとれるものです。スーチアは滅多に育たない上、気候や土も、相当に気を配らなくては生長しないために、希少価値のあるものです。そして、ある動物の分泌液と混ぜ合わせないと毒性を持たない。そしてその動物は、もはや絶滅していると言われています。しかも、その毒性はそれほど長くはもたない。我が国にはもはや現存しないはずのです」
絶滅したと言われている動物。それは。
「もしかして、アーバ?」
言いにくそうに、ロゼが続けた。妙だ。何でこんなに言いにくそうなのだろう。
「あのアーバの瞳は黒でした。つまり、あの動物は、オルゴではありません」
そうだろう。奴がオルゴなら、こんな目に遭う前に俺たち以外の人間を呪い殺しているはずだ。
絶滅したはずのアーバ。
アーバの分泌液で、オルゴの呪いとよく似た症状を引き起こす毒が作られる。その毒を持ち、使ったと思われる盗賊団。
「まさか」
俺は嫌な予感がした。いや、まさか、まさかそこまで。
「この毒は、おそらくは川に流したことで薄まったのでしょう。直接摂取していたら、もっと多くの人々の命が失われていた」
ロゼは、視線を村の中央で倒れている魔物に向けた。国からやってきたという騎士たちが、その巨体に群がり、その大きさに感嘆の声を上げている。
「あの魔物は、オルゴではありませんでした。ですが……」
「何?」
「ですが……」
ロゼはものすごく言いづらいようだった。だが、意を決したように顔を上げた。
「申し訳ありませんソウタ様。わたくしは、ずっとあなた方に嘘をついていたのです」
ロゼのピンク色の瞳から、涙が一筋流れ落ちた。




