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虹本家の家族旅行  作者: うばたま
第三章 虹本家の魔物退治
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 村の中での俺たちの立ち位置だが。

 村長宅に、俺と姉ちゃんと母さん。ピーヌスさん(負傷した人ね)とロゼとセピアがいる。あ、あとシロも。

 ピーヌスさんは、動かすのも危険な状態なのと、彼の匂いを、あまり他に移さない方がいいということでこうなった。ただし二階に上げてはいる。それで限界だ。

 階段は小さいから、奴の体では上ってこられないだろうし、一応棚などで、階段への入り口は塞いでいる。人間なら隙間から通れる程度だから、気休めにしかならないが。外から上ることは、あの巨体から考えたらない……とも言えない。一応そうなった場合の対処も考えてはいるが、それより先にこの家の方がもたないかもしれない。

 村長さんとじいちゃん、父さんは村長宅の向かいの家、グレイさんとマロネさん、村の人たちがその隣の家でそれぞれ待機している。


 アーバが再びやってきたのは、一度目から三十分ほど経ってからだった。

 さっきより移動速度が速い。騙されたとわかって怒っているのかもしれないし、腹が減ってそれどころじゃないのかもしれない。冬はあまり食料がない。食べ物を探すのも相当苦労しているのだろう。

 「……おかしいな」

 熊は冬眠する生き物だ。時折冬眠しない、できないものもいるが(冬眠できなかった熊は、えてして凶暴なのだそうだ)。なぜ奴は冬眠しなかったのだろう。熊じゃなく、アーバという魔物だからかなと思ったが、ロゼやグレイさんの話では、アーバもまた、冬は活動をやめる……要するに、冬眠をするのだ。

 熊が冬眠できない場合というのは、体が大きすぎて、冬眠に適した穴を見つけられなかった場合や、冬眠するための栄養を、秋のうちにつけられなかった場合などがある。

 あのでかさを見る限り、後者はなさそうだが。

 そもそも、この辺りには熊、というかアーバはいなかったわけで、なぜいきなりこんな状態になっているんだ。やはり、奴がオルゴなのだろうか。

 しかしピーヌスさんは死んでいない。もし奴がオルゴで、ピーヌスさんを喰おうと思っているのだとしたら、確実に殺すために呪うのではないだろうか。オルゴの呪いは、この世界の人間の息の根を必ず止める。

 けど、今はこれ以上考えている時間はない。


 アーバは迷いなく村長宅の方向へ進んでいる。ピーヌスさんの匂いが一番強い場所がそこだからだろう。次に匂いが強いであろうピーヌスさん宅は危険なので、あの親子は別の家に避難してもらっている。

 足音が止まった。

 やはりここか。

 みんなで話し合って、それぞれの役割と配置を考えた。熊が村長宅じゃない場所に来た時は、また作戦も違っていたのだが、やはりこうなったか。

 俺はゆっくりと階下に降りた。危険なのは承知だがやるしかない。だが、やはり足が竦む。周りが女の人ばかりだから、あまり無様なことは言えないが、本当は今すぐにでも逃げ出したいところなのだ。

 何しろ俺は相当に弱い。喧嘩なんか、怖くてやったこともないくらいの人間なのだから。

 「ソウタ様」

 その時、ロゼが俺の裾を掴んだ。

 「ロゼ?」

 「大丈夫です。あなたは絶対に死にません。そして、絶対に負けてはいけません」

 ピンク色の瞳が、強くまっすぐに向けられた。なぜだろうか。彼女の目を見た瞬間、いや、あの言葉を受けた瞬間、俺は体の震えが止まるのを感じていた。

 妙な確信と、奇妙な優越感にも似た思いが体中を駆け巡った。

 俺は死なない。そして、俺は絶対に負けない。

 なぜなら、ロゼが俺は死なないと言い、負けてはいけないと命じたからだ。ロゼの言葉は、耳を通して俺の脳内に刺激となって流れ込んできた。

 俺は頷いた。それはまるで、高貴な姫君に従う騎士のように。

 「行ってくる」

 心配そうに俺を見る姉ちゃんを安心させるように笑い、俺は足を前に踏み出した。

 アーバは恐らく居間の窓から入ってくる。玄関のドアや他の窓にはバリケードを置いているし、何より、居間が一番匂いが強い。

 居間の窓が激しく軋んだ。何か固いものが、激しく打ち付ける音がした。俺は窓の前に立ち、水鉄砲を構える。チャンスは一回だ。補充用の唐辛子エキスはあるが、それを詰めるのを、たぶん奴は待ってくれない。

 その瞬間、轟音と共に窓が粉々に割られ、アーバの恐ろしい顔が突き出した。

 肉食獣は獲物を震え上がらせるために、顔が恐ろしい造りになっているというが納得だ。わずかに開いた口から、俺の腕くらい、すぐに噛み砕けそうな鋭い牙が覗いている、そこから生臭い、何とも言い難い嫌な匂いがした。動物園の匂いに少し似ている。が、あれよりもっときつい。俺の知らない、野生の獣の匂いだった。

 誰だよ、テディベアとか考えた奴。リラックマとか考えた奴。全く違うじゃないか。

 そんなカワイイものとはまるで縁のなさそうな凶悪な瞳で、射るように睨みつけながら、熊が吠えた。その額には白いあざがある。そんな細かいところまではっきりと見えた。

 普段の俺だったら、これだけで腰を抜かしていただろう。いやもしかしたら、ちびったかもしれない。いやもしかしたら、みっともなく泣き叫んだかもしれない。いやもしかしたら、現実逃避のために泡噴いて失神したかもしれない。いやもしかしたら……とまあ、情けない想像は置いておいて。

 この時の俺は、なぜかものすごく冷静だった。思考はやたらクリアになっており、危機的状況下にあるというのに、身の危険なんか一切心配していなかった。根拠のない自信が俺を包んでいた。

 大丈夫だ。

 こんな奴の咆哮なんか、ちっとも怖くない。こいつのこれは、俺を怖がらせようとしているための、ただのこけおどしに過ぎないんだ。

 そんなこけおどしをするのは、奴が俺を見極めようとしているからだ。これにビビるような小物なら弱いと判断される。その時はすぐさま襲って喰ってやろうと、俺を値踏みしている。

 弱さを気取られるな。

 一筋縄ではいかないと錯覚させろ。

 奴を騙してやる。

 そう思ったら、自分でも驚くほど神経が研ぎ澄まされているのがわかった。恐怖より、期待で胸が高鳴った。


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