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「先ほどは失礼しました」
隣のロゼが恥ずかしそうに言った。
「さっきの?」
「いかな理由があろうと、皆様の前で、あんな風に感情的に、私とグレイが争うべきではありませんでした」
「いや、別に」
そりゃちょっとは驚いたけど。どちらも真面目な性格だからこそ、ああなっただけだし、どっちの主張も間違ってはいなかった。
まあ、グレイさんの意見は、ちょっと感情的だなと個人的には思ったが。
「私は、もしかしたら、グレイの父親のことを思い出したのかもしれません」
ぽつりと、ロゼが言った。
「父親?」
「グレイの父親は、十年前に勇者様の護衛としてオルゴ討伐に向かい、そのまま帰らぬ人になったのです」
それは知らなかった。そんなこと、グレイさんは一言も言わなかったから、ただ過去に勇者の護衛をしたとしか言わなかったから、てっきり普通に帰ってきているのかと思っていた。
十年前ということは、先代の勇者か。
先代とか先々代とかでややこしいけど、先代勇者は十年前に招聘された人。
わかっていることは英語を話せる、もしくは英語圏の人で、銃らしき物を持っていた。勇者は武器を掲げた時に呼び出されるらしいので、恐らくその人の武器がそれだったんだろう。
先々代勇者は英語圏の人で、一度も帰還することなく、この世界にとどまった人。この世界で生き、ハンバーガーやホットドッグなんかをこの世界に伝え、英語を残した。グレイさんの名付け親と言っていたので、呼び出されたのはそれほど昔ではないみたいだ。
そのグレイさんだけど、よほど勇者に縁があるようだ。先代とも先々代とも、わずかではあるが関わりがあって、しかも今回は俺たち……勇者かどうかはわからないけど、俺たちの護衛として参加してくれている。
「どんな人だったの、グレイさんのお父さんは」
「私が子供の時でしたし、私は何かを聞いたことはないのですが……もともと外国の方でしたし。ただ、グレイに瓜二つだったそうです」
「外国の人?」
これは意外だ。何となくだが、グレイさんは愛国心が強そうな気がしていたから、バルゼレッタの人だとばかり思っていた。
「ええ。グレイの父親は、もともと外国の貴族でした。バルゼレッタには、遊学のために来ていたのです。腕の立つ人で、なぜか騎士団に入っていました。その頃来られた勇者様と非常に気が合ったようで、勇者様のたっての希望で、彼が護衛に就くことになりました」
ということは、お父さんも強かったんだろうな。護衛できるくらいだから、当たり前だけど。
それにしても、外国人でもこの国の騎士になれるんだ。そういうとこ、割と緩いのかもしれない。まあ、国同士が地続きだと、そういうのもあるかもしれない。島国の日本とは事情も違うか。
「勇者様とオルゴの戦いのさなか、彼が、その身を挺して勇者様を救ったと聞きました。皆が嘆きました。彼は人気があったから。だからでしょうか。二年前、グレイがこの地に来た時、皆驚きましたが、とても喜びました。あまりに生き写しだったので、彼が戻ってきたような気になったのです。あの時は、王妃様もことのほかお喜びになられていました」
「グレイさんは、ずっとこの国にいたわけじゃなかったんだ」
「ええ。私たちは、彼に子供がいたことすら知りませんでした。けれど、彼は外国人であろうと、我が国の英雄。喜んで迎え入れました。彼は母を亡くし、頼る者もおらずにこの国に流れ着いたのだそうです。ちょうどその頃、当時の近衛隊員が一人、不祥事を起こし免職処分になったので、そこの穴埋めのような形で近衛隊に入りました」
なるほど。それで、外国人であっても、国の兵士として雇い入れてもらえたのか。そして、その恩があるからこそ、グレイさんも忠誠心が人一倍強いわけだ。
日本でも帰化とか、そういうものもある。おそらくだけど、グレイさんも、もはやバルゼレッタの国民ということなのだと思う。
「そういえば、さっき王妃様が喜んだとか……」
ちょっと意外だ。いや、グレイさんから聞いてしまっているから、あの王妃様に対して、あまり悪い感情は抱いていない(抱けない)のだが、何というか、そんな風に人前で感情を出したりする人には、どうしても見えなかったのだ。
「ええ。グレイの父親は、かつて王妃様の故郷のスケルツォにも滞在していた時期があったので、よくご存じだったそうです」
「ああ、だからグレイさんも、王妃様のことをよく知っていたんだ。輿入れする前に、婚約者がいたとか」
「えっ」
作業をする手を止め、ロゼが俺の顔をまじまじと見た。
「手が止まっているよロゼ」
「あ、申し訳ありません。ですが、王妃様に婚約者がいらしたのですか?」
ロゼはどうやら知らなかったらしい。考えたら、王族なんだから、結婚が決まる前とはいえ、実は他に婚約者がいましたとか表立って言わないか。外聞が悪いと言うか何と言うか。
「私は王妃様のことをほとんど知らないのです。その、私などが関わるのは……お、恐れ多いですし」
恐れ多いというより、愛人の子が正妻と仲良くなるのもまずなかろう。
もしかして、まずいことを言ってしまっただろうか。




