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虹本家の家族旅行  作者: うばたま
第二章 虹本家の冒険
20/35

 その村についたのは、昼過ぎのことだった。

 ここで問題が一つ。

 村まであと少しというところで、馬が怪我をしてしまったのだ。蹄の先端で硬い石を踏んでしまったらしい。俺もよくは知らないのだが、グレイさんによると、蹄底で内出血を起こしているそうだ。足場が悪かったために、そういうことが起きてしまったのだ。

 幸い大したことはないようだが、痛みがあるからあまり早くは走れないし、できればきちんと手当をしてやりたい。そういうわけで、負傷した馬をかばいながらゆっくり進んだせいで、少々到着したのが遅れてしまった。

 そうしてたどり着いた村の名前はマントゥールといい、隣のフラットリーよりも、幾分小さい村だった。

 ロゼの話では、数人が呪いをかけられて倒れているとのことだが、そのせいか、村人たちは、突然きた俺たちを、すごく警戒していた。

 グレイさんが国から調査に来たと明かし、王家のサインを見せても、しばらくはなかなか信用してくれなかったほどだ。

 村長からの書状を見せてようやく出迎えられたのだ。やはり、あの村長は親切だ。こうなることもわかっていたのだろう。

 それで肝心の呪いなのだが、どうも、村人たちはオルゴの呪いとは思っていないらしい。

 話を聞くと、ことの起こりは数日前。

 ある一家が、腹痛を訴え医者が呼ばれた。腹痛はどんどん激しくなってゆき、熱が出始め、意識が朦朧となるものだった。その後、複数の家の人間が同じような症状を訴え、そのうちの三人が亡くなった。

 こういうことは、以前もあったそうなのだ。

 「ん?三人が……ってことは、全員ではない?」

 確か、オルゴの呪いはかけられれば必ず死に至るんじゃなかったか?

 確認すると、どうもそういうわけではないらしい。同じ症状を訴えながらも、なんとか快復した人もいるとのことだ。このあたり、情報が正確じゃないみたい。考えたら、電話やメールがあるわけではないから、正確な情報が短時間で伝わらないのも不思議じゃない。

 「話を聞いていると、食中毒みたいだな」

 「あ、蒼ちゃんもそう思った?」

 亡くなった方は、三歳、十一歳、そして六十八歳。食中毒とか毒だった場合、死に至るのは、大抵免疫力の低い子供や、体力の少ないお年寄りだ。

 疫病も考えられるが、この村はあまり疫病で苦しんだ過去がなく、それを疑う者はまだいないようだ。

 「どうして?昔話とかだと、疫病とか相当流行っていたんでしょう」

 「疫病は港町から始まることが多いんだ。外部からやってきて、それが蔓延することが多い。山に囲まれた町に起きるんだったら、その前に港に近い町から順に起こる」

 そして何よりも、村が今最も気にかけているのは、隣村でも聞いた、アーバのことだったのだ。

 昨日から、三人の樵が山に行ったまま帰ってこないのだとか。最近大きなアーバの噂も聞くし、村人たちも気が気じゃないようだ。

 「そういえば、オルゴが近くに住んでいるとか」

 「本当かはわかりません。ここから少し離れた場所に、昔からある洞窟があるのですが、そこにいると言われているようです」

 その時オルゴという単語に、村長が顔を上げた。続いて、グレイさんに何か言っている。どうも、質問しているようだ。

 その後グレイさんが答えると、村長は声を上げて笑い出した。

 「何て言っているんですか?彼は」

 「それが……。『この近くの洞窟に、オルゴが棲んでいるという噂を聞いたのですが』と言ったら、『そんなものは迷信だよ。確かに昔からそんな噂はあるがね。あの洞窟にはそんなものはない。あんたたち、そのためだけにわざわざ来たのかね?』と……」

 村長は、さも面白いものを見るかのように、俺たちを見た。

 「どうする?こんな風に言われているけど、とりあえずそこに行ってみる?」

 俺が言うと、ロゼは少々渋ったが、グレイさんが頷いた。

 「ここまで来た以上は、それしかないでしょうね。わたしも護衛としてついていきます」

 「でも、呪いをかけられたら、グレイさんたちは死んじゃうんでしょう」

 「もとより覚悟の上です」

 キリッと言われてしまったが、何となく、俺は、たとえその洞窟に本物のオルゴがいても、どうもこの件とは無関係な気がしないでもないのだが。

 村長さん宅は、フラットリー村の村長さん宅と同じく、かなり広かった。あそこと同じく宿屋を経営していたらしい。木目調の床に、真っ白な壁。家具も木製のものが多く、どこか和に通ずるものがある。

 親友同士だと似てくるものなのか。

 俺たちが出されたお茶を飲んでいると、突然ドアが激しく開けられた。

 すごい勢いで入ってきた男は、何かを必死でまくしたてた。あまりの騒々しさに、村長から叱責されてもまだ慌てた様子で叫んでいる。

その中に、何度も「アーバ」という単語が入っていた。ということは、件のアーバという魔物が出たのか。

 村長が血相変えて立ち上がる。

 それと同時に、数人の男たちがどやどやと室内に入ってきた。

 「きゃっ!」

 姉ちゃんが小さく悲鳴を上げた。男たちは怪我人を運んでいたのだが、その怪我人の傷が、怪我なんてかわいいものじゃなかった。重傷だ。

 その人は、体中が傷だらけ、血だらけの酷い有様だった。あちこちに切り裂かれた跡があったが、一番酷いのは右腕、正確には()()()()()()()()()。そこは、肩の部分から先が、ごっそりとなくなっていた。

 運んでいる男のうち二人も、無傷ではなかった。どこかしらに傷を負っていた。背中をやられたらしき男の人の傷を見て、俺は思わず息をのんだ。はっきりとわかる三本の線。それは動物の……それも、とびきり大きくて、凶悪な獣の鉤爪によるものだった。

 「どうしたんですか」

 「アーバが出たらしい。帰ってこないと言われていた樵たちが、傷だらけで帰ってきたようです」

 グレイさんはそう言うと、腰に下げた剣の柄を握った。

 怪我人の治療が始まった。セピアとグレイさんは、応急処置程度は慣れているために、手伝いに残ることとなった。言葉もろくに通じない俺たちはむしろ邪魔なので、二階に上がらせてもらうことにする。

 割り当てられた部屋は四つあったが、さっきの酸鼻をきわめる光景に、ばらばらになりたくないという思いの方が強かった。一家全員とロゼ(+二匹)で、居た堪れないまま、一つに固まっている。

 階下では、男たちの怒号や悲鳴が聞こえてくる。そのたびに、姉ちゃんがびくりと身を竦め、母さんが落ち着かせようと抱きしめた。

 しばらくみんな無言だったけれど、ふと思い立った俺は、ノートを取り出した。

 「ロゼ。アーバってどんな姿なの?こんな感じ?」

 俺が、ノートの熊の絵を描いてみせると、横から姉ちゃんが覗きこんだ。

 「蒼ちゃん、絵が上手い」

 姉ちゃんは未だ青ざめてはいたが、少しでも気が紛れたのか、笑みを浮かべて見せた。

 「蒼太は美術も成績よかったからな」

 「お上手ですね。おそらくですが、ソウタ様の世界では『bear』と呼ばれている動物と外見は酷似しているようです。知能は一般的な獣並みでさして賢くはありませんが、獰猛な性格の上に、巨体でありながら素早く、主に大型の動物を獲物としますが、時には人間も襲うことがあります。しかし数年前からアーバの毛皮が珍重されるようになり、多くの冒険者が狩りはじめ、この国では数年前に絶滅したとされていました。それでなくとも、人を襲えるほど大型のものは、この国ではそういなかったのですが……」

 やっぱり熊に似た生物なのか。だとしたら最悪だ。

 「大変だ」

 俺は背筋を冷たい汗が流れるのを感じた。恐怖の実感が、ゆっくり、ゆっくりと忍び寄ってきている。

 「どうかしたの?」

 「もし、あの人たちが熊と戦って、仕留めることができなかった場合」

 声が震えているのがわかる。ペンを持つ手も、同じくガタガタ震えていた。

 過去に読んだいくつかの事件や、熊の生態、習性。それらを繋ぎ合わせると、いやでも最悪の結論が導き出されるのだ。もし、アーバが姿かたちだけでなく、習性も似ていたとしたら

 「アーバは、ここに来るかもしれない」

 俺は熊を知らない。大きな熊はテレビか、あるいは、動物園で頑丈な檻に囲まれた姿を見たことがある程度だ。

 大自然の中自由に行き来できる野生の熊の存在は、俺にとって遥か遠く、現実かどうかもわからないほど不確かなのだ。それでも、その凶悪さは知識として知っている。それが来る。

 静まり返った部屋に、俺のしゃがれた声が、やたら響いた。

 「それなら」

 たっぷり間を置いた後、じいちゃんが静かに言った。

 「みんなでどうするか考えようか」

 「考える?何を?」

 姉ちゃんが、今にも泣きそうな顔で立ちあがった。

 「あの傷見たでしょ。あんな強そうな男の人でも敵わないのよ。逃げるしかないじゃない」

 「逃げるってどこへ?」

 「どこでもいいわよ。紫乃の言う通り。どこでもいいから、とにかく逃げましょう」

  母さんが、とうとう泣き出した姉ちゃんを、もう一度抱きしめた。

 「無理だと思う」

 俺は情けないことに、未だ震えている。

 「逃げるとすれば、この村を出なくちゃいけない。俺たちは土地勘もない上に、もうすぐ日が暮れる。そんな状況で、熊がうろうろしているような場所に行くのは自殺行為だ」

 しかも馬が一頭負傷している。二頭用の馬車を一頭で引かせることはできないし、できても、そう早くは進めないだろう。つまりアーバに遭ったら終わりだ。

 「じゃあ、籠城は?」

 そう言ったのは、父さんだった。

 「戸締りをしていても、入ってくるものなのか、熊は」

 「たぶんね。それと、ここが重要なんだけど、さっきの怪我人は、右腕がなかった。もし、その右腕が食べられたのなら、熊にとって、あの人は食料なんだ。熊は、一度自分のものだと認識したら、ものすごく執着する。その場合、匂いをたどってここに来る」

 だから、本当はこの家から離れた方がいい。熊が執着するのは自分の獲物。つまり、さっき傷を負った彼だ。もし奴がここに来て、彼を自分の住処に運ぶとする。しばらくは、奴の注意は目の前にいる()()に行くだろうが、それを食べ終えてしまえば。

 人間を、単なる食料としか思わなくなった怪物の出来上がりだ。そいつが次に狙うものは何か。()()がたっぷりある、この村ではないか。

 つまり、奴が今日来た場合、目当ての獲物を奪い、奴のねぐらに運んだ直後に村を離れれば、俺たちは助かるのか?いや、それだって、熊が俺たちの存在に気づけば、襲われる可能性は高い。

 以前本で読んだことがあるが、熊に遭遇した場合、大抵は熊が逃げることが多いの。が、稀にその熊が好戦的だった場合がある。子連れで気が立っている母熊とか、冬眠する穴を見つけられなかった熊とか。

 その場合、一番の打開策は、戦うことだそうだ。

 ただし殺すわけではない。追っ払って、後から通報するのが一般的だ。相手が悪すぎてそうそう殺すことはできない。だが、この場合どこに?どこに助けを求めたら、助かるんだ?誰が助けてくれるんだ?

 「もし、巨大な熊……いえ、アーバが、誰の手にも負えなかったらどうする?」

 俺がロゼに尋ねると、彼女は蒼白な顔で首を振った。

 「その場合、国が調査しますが、緊急性がある場合、討伐隊を送り込むでしょう。ただし、知らせるには早馬を使っても、半日以上はかかります」

 となると、今日や明日に助かる見込みはない。それまでにアーバが来れば……。

 もし、今来たらどうする?逃げるか、戦うか、あるいは死んだ振りでもするか。

こちらの戦力といえばグレイさんだけだ。負傷したマロネさんには戦闘は無理だろうし、うちの家族だってそうだ。

 そんなもの、無理に決まっている。


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