7
翌日、俺たちは例のオルゴが出たといわれる村に向かうことになった。
昨日はいろいろ聞いてしまったが、気持ちは切り替えていかないといけない。何といっても、俺たちの今後がかかっているのだから。
マロネさんの傷はあまりよくないらしいが、それでも彼は馭者としてついてきてくれるそうだ。またあの連中に襲われたりしないといいが。
そういえば、村長さんはすごく親切で、お弁当まで持たせてくれたのだ。おまけに、タールフもいくつか分けてくれた。結構貴重な果物だろうにと思っていたら、意外やタールフは、この村でよく栽培している果物らしい。
そしてもう一つ。隣村への書状も渡してくれた。何でも、隣村の村長とは幼馴染の関係で、今でも交流があるのだそうだ。
「あちらはこの村以上に排他的な上、今はいろいろ騒ぎがあるようだから、疑り深いと思うので」
そう言っていたが、王家の委任状を持ってきた人間を、そうまで疑うものだろうか。
隣村は、山一つ越えたところにある。
馬車に揺られながら、昨日みたいにぼんやりとではなく、少し気を張って過ごすことになった。いつ襲われるかわからないからな。
今日は日差しが強いせいか、グレイさんは少し元気がないようだ。俯いているのは、日射病ではないと思うが。
セピアはマロネさんの隣に座り、マロネさんの補助と、周囲を注意深く警戒している。
俺たち、というか俺以外も、武器を手元に置き、いつでも飛び出せるようにしている。
そういえば、当初聞かされていたのだが、勇者は武器を掲げた時に呼ばれるようなのだ。誰が勇者で、武器は何だ?
昨日の戦闘を見る限り、俺以外は全員、持ってきていた武器(?)を上手いこと使っていた。誰が勇者でもおかしくはなさそうだ。
「以前の勇者はどんな武器を持っていたんだろう?」
ふと思った疑問を口にすると、ロゼが答えてくれた。
「以前来られた勇者様は、変わった形をした、黒い短剣をお持ちでした。勇者様が敵に短剣を向けたその瞬間、炎が飛び出す。そういった、魔法のような短剣だったと聞きます」
短剣?向けた瞬間炎が飛び出す?……銃だろうか。
そういえば、その前の勇者は英語圏の人だったっけ。銃を所持できる国なら、銃を携帯していることもありえたかもしれない。
「すごいのを持っていたんだな。どんな人だった?」
「それが……」
ロゼは、そこまでいった後、困ったように俯いた。
「実は、私はあまり覚えていないのです」
そういえば、前の勇者が来たのは十年前。ロゼは三歳か、四歳か。そりゃ、ろくに覚えていないだろう。
「巫女としての修業を始めたばかりの頃でした。確か、招聘の儀にも送達の儀にも、立ち会っていたはずなのですが」
聞くところによると、当時の巫女はかなりの高齢で、未だ新米どころか、修行もろくにしていなかったロゼが手助けしなくてはいけないほどだったらしい。
それがあまりにハードだったのか、終わった後ロゼがぶっ倒れ、そのまま昏々と眠り、結果、勇者がいた時期の記憶が、すっぽりと抜けてしまったのだそうだ。
「巫女って本当に大変なんだなあ」
「蒼太」
俺とロゼが話していると、じいちゃんが珍しく話しかけてきた。
「いったい何の話をしておる」
「それがさ……」
これは珍しい。じいちゃんは、基本的に人の話に興味がない。もともと口数が多いわけでもないし、自分からべらべらしゃべるタイプじゃないのだ。こちらに来てからは、特にそうだ。それが、自分からこうやって話をすることは、凄く珍しい。
昨日ロゼが泣いているところを見て、庇護欲でも掻き立てられたのだろうか。まあ、孫より幼い娘が、あんなふうに泣いていたら、気に掛けるよな。
「前に来た勇者は、どうも銃みたいなのを持っていたみたい」
「ふうむ。どこの国の人だったのだろうな」
銃と聞けば、口を挟まずにはいられない、元組織犯罪対策第五課一係長。
「アメリカとか、カナダとかじゃない?」
「どうかな。どちらも、映画みたいに銃を持っているわけじゃないぞ。入手するにしても、許可やらライセンスやら、いろいろ難しいらしいからな。むしろ簡単に入手できるのはブラジルやフィリピンの方が多い」
さすが、元組織犯罪……ってもういいか。グレイさんの話によると、気さくな人だったらしい。つまり、それなりに会話があったってことだ。ということは、英語が通じる、もしくは英語圏の人ということになる。
そこまで話していて気付いたが、ロゼの様子がどうもおかしい。そわそわしているような、それでいてびくびくしているような。じいちゃんが来た瞬間に、俺の後ろに移動したりして。じいちゃんを敬遠しているようだ。
嫌っているというわけではないようだ。その証拠に、ちらちらとやたらじいちゃんを見ているし、その表情に嫌悪は微塵も感じられない。
昨日のことがあるから、照れているのかもしれない。
じいちゃんはそんなロゼに気付くことなく、俺たちに話しかけている。退屈しているのか、それとも異常事態ばかり続いているから、それなりに心配してくれるのかはわからないが。
ともかく、おかげで俺たちはそれほど思い悩む暇もなく山を登った。途中、誰かが襲ってくることはなかった。
ただ一度だけ、妙なことがあった。馬車の中で、クロがやたら低く唸り声を上げたのだ。見ると、ロゼの膝の上で寝ていたシロも、顔だけ上げ、目を見開いていた。
「どうしたクロ」
じいちゃんが落ち着かせようと軽く撫でると、クロはやがて唸り声を止め、おとなしく座り込んだ。シロも、再びロゼの膝の上で寝息をたてはじめた。馬車は止まることなく進んでいる。
「一体どうしたんだろう」
父さんと母さんも首を傾げている。
「どうかされましたか」
グレイさんが、わざわざ馬車に身を寄せて尋ねてくれたが、俺たちにもよくわからない。
「え~と……大丈夫です、たぶん」
「もしかしたら、この辺りに猿か猪でもいるんじゃないの」
姉ちゃんが座り込んだクロを軽く撫でながら言った。
「こんな山の中だもの。そんなのがいても変じゃないわ」
言われてみればそうか。村では、アーバとかいう厄介な魔物がいるかもしれないという噂があった。昨日の襲撃事件以降、どうしても人間ばかり警戒してしまうが、野生動物だって危険なのだ。
「野生動物か。そういえば、さっきの村で教えてもらったけど、この辺りに大きな、割と凶悪な魔物がいるかもしれないんだって。アーバとかいう名前の。俺が聞いたところ、どうも熊みたいなんだ」
「そうなの?怖いわねえ」
今まで俺たちの会話を聞いていた母さんが、手元のフライパンを引き寄せた。このフライパンなら、男を気絶させることはできても、熊は倒せそうもない。
父さんのノックでも、姉ちゃんの弓矢でも倒すのは難しいだろうなあ。何しろ、あいつら短銃程度ではびくともしないらしい。ライフルとか、精度のいいものでないと通用しないと聞いたことがある。
「熊は怖いからな」
じいちゃんは腕組をしながら、そっと外の景色に目をやった。
「昔、山にハイキングに行った時、熊に遭ったことがあったのう」
「え?そうなの?」
「それは初耳だ」
父さんすら、この話は知らなかったらしい。
じいちゃんとばあちゃんは、若い頃は山に行くことが趣味だったと聞いたことがある。その時の話か。
テレビでも、花咲く森の道で熊さんに出逢ったって話は毎年聞く。大概は何事もなく終わるらしいが、それでも、稀に恐ろしい事件に進展することもあるわけで。
「儂と桃子が若い頃の話よ。ま、その時は、儂の気迫で熊公を追っ払ってやったがのう、わっはっは」
「ブハッ」
隣から、誰かが噴き出す声がしたので、俺はぎょっとした。今のはロゼか?
ロゼが俺の隣で咳き込んでいる。
「ロゼ、大丈夫か?」
俺が声をかけると、ロゼは大丈夫とばかりに何度も頷いた。
「じいちゃんが変なこと言うから、ロゼが噎せちゃたんじゃないの」
「変なこととは何だ。儂は事実を言ったまでだ」
ロゼはなおも咳き込んでいる。その小さな肩が、小刻みに震えている。一体どうしたんだろう。




