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「ロゼの場合、あの意地悪王妃や意地悪王女がいるから、余計に苦労したのかもな……」
俺がしみじみと言うと、グレイさんは、少し困ったように頬を掻いた。あ、まずかったか。いくらなんでも王妃様の悪口を言ってしまうのはよくなかったかな。
「王妃様ですが……」
少しだけ言い淀みつつも、グレイさんは続けた。
「あの方もお気の毒な方なのです。大国スケルツォの王女として生まれ、もともとの婚約者との婚礼の日を待ちわびていらしたのに」
「え?」
グレイさんの口調は、わかりやす過ぎるくらいの王妃様への同情があった。
「もちろん、ロゼ様への冷たいお言葉などは、わたしもいかがなものかとは思いますが……。ヴィオラ様など、せっかくできたお友達まで引き離すようなことを」
「え、なにそれ」
初耳だ。グレイさんは言い過ぎたと目を逸らしていたが、俺もちょっと気になっちゃって、身を乗り出して食いついた。
「もしかして、ヴィオラの隣にいた、あのモーブとかいう女の子ですか」
グレイさんはしまったなあ、なんて顔をしていたが、俺が何度も尋ねると、しぶしぶ教えてくれた。俺は割としつこいところがあるのだ。
「モーブ様は、直系ではありませんがスケルツォの姫君で、ヴィオラ様とはいとこの関係です。彼女は巫女の素質があるということで、数年前スケルツォからこのバルゼレッタに、巫女修行のため留学に来られたのです。当時巫女候補だったロゼ様とはことのほか仲良くされていて、いつも一緒にいたのですが、ある日を境にそれもなくなりました」
俺は、あの控えめでいつも困ったような顔をしている小さな女の子の顔を思い出していた。彼女は年齢からしてもヴィオラよりもロゼに近そうだった。
ある日を境にロゼと関わらなくなったという彼女だが、今はいつでもヴィオラの隣にいる。いつもかはわからないが、俺が知る限りはそうだ。女子のいじめでよく聞く話ではある。あの子と仲良くしちゃダメとか、そういうの。レベルは低いけど、あの王女様はやりそうだ。
モーブ嬢がスケルツォの姫なら、同じスケルツォの出で、いとこでもあるヴィオラに従うのは仕方がない……のかもしれない。
いろいろドロドロしたものがあるもんだ。俺は初めてモーブ嬢に会った時、ロゼがいつになくそっけない口調で彼女の名前を教えてくれたのを思い出していた。あれは、自分を裏切った友達に対する複雑な心境があったからなのか。
モーブ嬢の話も気になったが、俺としては、その直前に聞いた王妃様に婚約者がいたことも驚きだ。
考えてみれば、俺はロゼの視点でしか、王妃様を見ていなかった。普通に考えて、旦那の愛人の子に、ニッコリ笑ってやれる女の人はそういない。
グレイさんから聞いた話によれば、王妃様はここから遥か南、大国スケルツォのお姫様だった。上には何人かの兄弟姉妹がいたようで、彼女は比較的自由に育てられた。そんな中、彼女はある外国の貴族の男と恋に落ちる。彼女の恋は実り、将来を誓い合う。
ところがだ。
その頃、スケルツォの若き巫女が突然の病で死んだ。巫女という存在は、前も言ったように非常に稀有な存在で、当時のスケルツォには一人しかいなかったのだ。
そんな中、国内でオルゴの呪い騒ぎが起きた。誰それが呪いをかけられたとか、そういった感じの。その騒ぎ自体は結局間違いだったようだが、そのために、スケルツォ国王はいつでも勇者を招聘できる巫女の必要性を強く感じたのだ。
そこで目を付けたのが、小国だが、巫女が多く生まれ、当時も巫女を抱えていたバルゼレッタ。今のバルゼレッタ王、当時は第一王子だった彼の元へ、誰か王女を嫁がせたらいいのではと考えたのだ。これは俺も初めて知ったのだが、バルゼレッタ王家には巫女が生まれることが多い。
バルゼレッタとしても、大国との繋がりはぜひとも持っておきたい。それが姻戚関係ならなおさらだ。
ここで問題なのは、未婚で、第一王子に嫁げるだけの年頃の王女が、ちょうど一人しかいなかったことだ。
泣いて嫌がる王女だったが、政治を前に、個人の感情、それも恋愛感情など何の役にも立たないことは自明の理だ。
そうして王妃様は、泣く泣く婚約者との別れを余儀なくされ、バルゼレッタに嫁いだ。そういった事情で嫁げば、そりゃ、バルゼレッタにいい感情は持たないかもしれない。
その数年後、彼女は懐妊。第一王女と第一王子を産むことになる。双子だったそうだ。
俺も初めて知ったが、ヴィオラには双子の兄がいたらしい。あのヴィオラの双子の兄で、王妃様の息子とくれば、きっと美形なんだろう。
だがしかし。
残念なことに、第一王子の方は身体が生まれつき弱かったのか、生まれて間もなく夭折してしまったらしい。
それでも一応世継ぎを(バルゼレッタは女性も王位を持つことができる)産んだわけだが、そこであることが起きる。
城に旅芸人の一座がやってきたのだ。小国であるバルゼレッタは、王室もそれほど格式ばっていない。気さくな王はもともとにぎやかなものが大好きだったらしく、快く受け入れた。
そして。
その中にいた一座の娘と恋に落ちた。娘は女の子を産み……ようするに、ロゼの母親だ。
そして生まれた第二王女は、巫女の可能性を秘めたピンクの瞳だったのだ。
少し前に生まれたヴィオラ王女には、巫女の素質はないと判断された矢先のことだった。
俺は男だから完全には想像できないのだろうが、それでも、この一連の出来事における彼女の悲しみや屈辱たるや、察するに余りある。ロゼを嫌うわけだ。あの王が、王妃様に遠慮するわけだ。
一国の王ともなれば、側室がいることは仕方のないことかもしれない。子孫を残すことは、彼らの責務の一つだからだ。しかし、これはなあ。
母さんや姉ちゃんに話せば、烈火の如く怒るだろう。怒り狂って、王様のところに抗議に行くところまで想像できる。そして母さんが、もし王妃様の立場だったら。……絶対父さんを半殺しに(あるいは完璧に殺害)し、俺と姉ちゃんを連れ、慰謝料もろもろぶんどって離婚だろう。
王妃様にはそんな選択肢はなかった。彼女にできることは、ひたすら耐え忍び、毅然としていることだ。味方が圧倒的に少ない外国で。
俺としては聞きたくなかったなというのが本音だった。今や俺にとって、いや、俺たちにとって、ロゼという存在は、仲間であると同時に、守ってやらなくてはいけない身内のようなものになりつつある。
そんなロゼのことを憎む人間がいるのはよくないことではあるが、その心情はものすごく理解できるのだ。
ロゼが王妃様に何かしたわけでもないし、彼女が悪いことなんか、何一つない。仮に王妃様がロゼに何か仕掛けたら、それは止めなくてはいけない。だけど、責めることは果たしてできるだろうか。
俺にはわからない。




