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ロゼは泣き疲れたのか、じいちゃんの胸で眠ってしまっていた。よほど気を張っていたのだろう。考えてみたら、ロゼはまだ十三歳なのだ。
あの恐ろしい状況で、それでも気丈に戦っていたのが、むしろ奇跡だ。
そのロゼを馬車に乗せ、そのまま寝かせておくことにした。眠るロゼの横に、シロがぴったりと身をくっつけている。俺と同じく何の役にも立たないが、湯たんぽの代わりにはなるだろう。
外では、セピアがマロネさんの傷を見ている。この中では、彼が一番負傷している。特に酷いのが、右腕の傷だ。
セピアが水を取り出し、傷口を洗い出した。
「あ、そうだ。いいもの持っていたんだ」
姉ちゃんがそう言って、馬車からリュックを取り出した。通学に利用して、いつもは弓道着を入れているが、他にもいろいろ入っていたらしい。
「これこれ」
姉ちゃんが取り出したのは、傷用スプレーだった。確かに消毒になるな。
姉ちゃんは、傷を洗い終えたマロネさんの腕に、傷スプレーをかけた。かなりしみるタイプなので、彼はぎょっとしたように腕を引かせたたが、姉ちゃんの笑みに、これが悪いものではないとわかったのか、何も言わなかった。その腕に、セピアが布を巻きつけ、きつく縛った。他にも傷はあったが、これ以外は、そこまで酷くない。よく見たら、セピアも、グレイさんも、小さな擦り傷は作っていた。
「姉ちゃん、いいもの持っていたんだな」
「いつ怪我するかわからないからね。それより、弓しまうからこれ持ってて」
そう言って渡されたリュックは、口が全開だ。何と言うか、曲りなりとも女子高生なんだから、もうちょっと慎みがあってもいいと思う。
おかげで、開けっ放しのリュックの中がバッチリ見えた。中には弓道着の他に、スマホと、絆創膏、それと制汗スプレーが入っていた。黄色の缶だから、たぶんレモンとかシトラス系のやつ。あと、小さめのコンパクトミラー。姉ちゃんもこういうの持ち歩いているんだ。ちょっと意外……と思ったのは内緒。
「先ほどは助かりました」
グレイさんが、剣を収めながらゆっくりとこっちへやってきた。
「変わった弓矢とは思っていましたが、実に素晴らしい」
そう言って、彼は姉ちゃんの弓袋をしげしげと見た。
「何て言ったの、この人?」
グレイさんの言葉は英語だったので、姉ちゃんには通じなかったのだ。
「いい弓矢ですねって。おかげで助かりましたってさ」
俺が言うと、姉ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。姉ちゃんの弓道具は、この夏に買ったばかりなのだ。それまではもらいものを使っていたのだが、体に合わなくなったとかで、一年生の時からバイトで貯めた金で買ったものだ。弓道具はそれなりに高く、一式揃えるのに結構かかっていたようだから、褒められると嬉しいのだろう。
「それより、セピアもロゼも強かったんですね」
俺は、未だマロネさんの傷を見ているセピアをちらりと見た。
「ああ。彼女の一族は昔から王家に仕えていましたから」
それ以上グレイさんは何も言わなかったけど、何となくわかった気がする。
ドラマや映画とかでもあるが、戦乱の時代にはよく、諜報活動をする部下を傍に置くってことがある。普段は侍女や庭師として仕えているが、いざとなれば危険な任務に就き、時には敵に刃を向け……。
日本っぽく言えば「忍び」といったところか。
セピアの兄であるマロネさんも、ただの馭者というわけではなかったのだろう。だから、あの人数相手でも、負傷しつつも渡り合えたわけだ。
「それに、ロゼ様は巫女でもあらせられる。時には、こうしてよからぬことを考える者もおりますゆえに、常日頃から、身を守る術を学ばれておられたのです」
なるほど、つまり護身術の延長みたいなものか。
「お母さん、何やっているの」
姉ちゃんが、歩き回る母さんに声をかけた。
「さっきの果物拾っているのよ。紫乃も手伝いなさい」
母さんは一人のんきに、さっきの地獄の千本ノックに使ったタールフを拾っている。父さんのあの鋭い一撃に、中が割れてしまったのもある。いかに固い殻でも、さすがにあの一撃で割れてしまったのか。
「のんきだなあ。ま、いい武器になったから、また使えるかも」
「そういえば」
グレイさんが、思い出したように呟いた。
「武器と言えば、あの紅乃介殿の剣……。美しくも素晴らしいものでしたな」
「ああ、刀ですか」
「カタナ?」
聞きなれない単語に、グレイさんが首を傾げた。
まるで、海外の人が初めて日本文化に触れたかのようだ。間違ってはいないけれど。
「俺たちがいる世界に、昔からある剣です」
そういえば、グレイさんが持っている剣は、刃も分厚く、大きくて強そうだが、切れ味が鋭いようには見えなかった。
どこかで聞いたことがあるが、ヨーロッパの剣は、「斬る」よりも、「叩き割る」、「叩き潰す」ことの方が多いらしい。それに対して、日本刀は「斬る」が前面に出ている。
外国人が、日本刀を気に入るのも、その辺から来ているのだろう。逆に、日本人はゲームの影響もあって、西洋の剣に憧れる傾向があるけれど。
「それより、この人たちどうします?」
この人たちとは、セピアが縛りつけた男と、じいちゃんが気絶させた男だ。俺が尋ねると、グレイさんは顔をしかめた。
「ただの盗賊集団だったらいいのですが」
はたして、そうだろうか?
「この辺の盗賊っていうのは、顔を隠すものなのですか?」
それは別におかしなことではない。俺たちの世界でも、大抵の強盗は顔を隠す。防犯カメラに顔が映ろうものなら、まず捕まってしまうからだ。最近では、顔だけでなく歩き方でも特定できるらしいから、強盗ってのはかなりリスキーな仕事なのだろう。
「中には、使う者もいるでしょうが……」
つまりは、覆面は少数派なわけだ。それに、人気のない街道で待ち伏せするのは、まあわかるとして、グレイさんのような、鎧を着込んで大層な剣を持っている、いかにも強そうな護衛がいる馬車を狙うだろうか。人数がかなりいるから、それもありえたのかもしれないが……。
大体において、強盗ってのは、人目につかない夜に行動することが多いと思う。
違う方向から考えてみよう。もしこいつらが、俺たちの正体を知っていて、襲い掛かってきたと仮定する。その目的とは、一体何だ?
敵であるオルゴに関係する奴らか?それとも、勇者の存在が邪魔な誰かか?
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。男たちからは後でじっくり目的を聞き出すとして、早めに目的地に着かなければいけない。陽が落ちると、またしても強盗だとか、盗賊だとかが来る可能性が高くなる。
傷の手当てが済んだところで、俺たちは再び馬車に乗り込んだ。馬たちに怪我はなかったのは幸いだった。




