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虹本家の家族旅行  作者: うばたま
第二章 虹本家の冒険
14/35

 馬車は、街道に入っていた。田舎なので、あまり人の出入りはないようだが、ここを過ぎると、目的地はすぐ近くだということだ。

 馬車に揺られながら、俺たちが何かするわけでもなくぼーっとしていると、突然馬のいななきが聞こえた。いななき自体は、昼休憩のときにも聞いたが、今回のはちょっと違う。もっと切羽詰まった、恐怖を感じるいななきだ。

 外でグレイさんの短い声が聞こえると同時に、ロゼが俺たちに向かって「Lie down!」と叫んだ。伏せろってことだ。俺は慌ててきょとんとしている親父たちに「伏せろってさ」と声をかけ、身を伏せた。

 俺たちが伏せたとほぼ同時に、頭上を何かが横切った。

 「矢が!」

 姉ちゃんが甲高い悲鳴を上げた。矢?矢ってことは、弓道の?そうじゃなかった。もっとごついもの。布を突き破って侵入し、骨組みの部分に突き刺さっているそれは、もっと凶悪なものだった。

 鋭い鏃は、あの鉄線をくぐり抜け、丈夫な骨組みに、深々と食い込んでいた。姉ちゃんが使うものとは全く違う、人を殺すことに特化した凶器だ。もしこれが俺たちの誰かに当たっていれば、部位によっては、命を落としていただろう。

 この異常事態に、クロがけたたましく吠えた。

 それに呼応するかのように、ひゅんひゅんと、何かが風を切る音がした。幌の部分に、矢が次々と突き刺さる。ほとんどはあの鉄線で引っかかっているようだが、さっきのようにくぐり抜ける場合もあるから油断はできない。伏せていなかったら、そのうちの一本くらいは食らっていたかもしれない。

 しばらく矢が飛んできたが、次第に人の怒鳴り声と、地鳴りのようなものが聞こえてきた。続いて、金属同士がぶつかる、硬質な音がした。

 戦いが始まったのだと俺が気付いたのは、その時だった。間抜けなことに、俺はそれまで、事態がいまいち飲み込めていなかったのだ。

 ロゼがセピアに短く何か指示し、隠し持っていた短剣を抜き(そんなもの持っていたのか)、表に出た。さっきの矢で破れた幌から外の景色がちらりと見えた。

 外では、グレイさんが剣を抜いて、男たちと戦っていた。

 男たちは俺が見た限りでも五、六人はいる。全員黒装束で、顔は覆面を被っているために、全くわからない。

 外の喧騒がさらに激しくなった。どうも、向こうの援軍が来たらしい。馬が暴れ、馬車が大きく揺れた。

 「大変!」

 母さんが両手を頬にあてて叫んだ。じいちゃんは刀を取り出している。いや、さすがにこの状況で戦闘に参加は無理な気がする。

 その時、外から男性の悲鳴が聞こえてきた。位置からして、あれはマロネさんじゃないだろうか。

 「マロネ!」

 セピアが悲痛な叫び声を上げるが、それと同時に、男が幌をめくり、馬車に入ってきた。

 悲鳴を上げる姉ちゃんの横にいたセピアが、素早くスカートをまくりあげた。その行動の意味が分からず、一瞬ぎょっとしたが、彼女のふくらはぎの外側には、革のケースがベルトで括りつけられていたのだ。そして、ケースにはナイフが数本収まっていた。

 セピアはそれらを目にもとまらぬ動作で抜き取り、一本を男に投げつけた。同時に男に向かって突進する。相手はナイフを素早く叩き落とし、自分に向かってくる彼女の鋭い一撃を剣で受け止め、押し返した。その衝撃に、セピアが体勢を大きく崩す。

 奴の持つ剣は細身だったが、切っ先は鋭そうだ。剣とナイフだったら、さすがにナイフでは、分が悪い。しかも、狭い馬車内ではまともに動くこともできないのだ。

 大変だと思った時、俺の後ろから黒い何かが、弾丸のように飛び出してきた。

 クロだった。クロは低いうなり声を上げ、男に突進した。

 ドーベルマンの武器は言うまでもなく牙ではあるが、それに勝るとも劣らぬものが、スピードだ。もともと力と素早さに特化するよう改良されている犬種なのだ。その体当たりは相当なダメージで、人によっては失神するほどだ。その男は失神こそしなかったものの、後ろに倒れ込んだ。

 セピアにばかり集中していて、クロに気付かなかった男は、あまりの衝撃にうめき声を上げた。

 そりゃ痛いだろう。クロは警察犬の訓練を受けているのだ(落第したが)。いつもおいしいご飯を持ってきてくれていたセピアのピンチに奮起したのだろう。

 「クロ、ステイ!」

 母さんの鋭い命令に、男に再び襲い掛かろうとしたクロの動きが止まった。

 「スマッシュ!」

 母さんの声と同時に、起き上がろうとした男の顔に、フライパンが見事に決まった。ものすごくいい音がした。

 母さんのフライパンは鉄製だ。何年か前に、鉄製フライパンで作るレシピ集と一緒に買って、すっかり気に入った逸品だ。どうやら攻撃力の面でも逸品だったようだ。

 男は鎖帷子と思しき鎧をつけて武装していたが、顔はただ覆面を被っていたにすぎなかったので、このフライパン・アタックは相当に効いただろう。おまけに母さんは、昔インターハイ出場までしたテニスプレイヤーだ。

 ひっくり返って白目をむいた男を、セピアが縛り上げた。

 外ではまだ戦闘が続いている。

 馬車の外では、ロゼたちが、この黒ずくめの襲撃者たちに苦戦を強いられていた。

 「もう我慢ならん!」

 じいちゃんが刀を掴んで立ち上がり、俺たちの制止も聞かずに飛び出した。その背中を、クロが追いかける。

 「親父!」

 父さんがバットを持って飛び出し、姉ちゃんも母さんも次々に飛び出した。勝手な行動をする俺たちにセピアは一瞬迷ったようだが、すぐにナイフを構えて飛び出した。

 襲撃してきたのは、なんてこった、八人もいた。前方にいるのは五人。グレンさんとマロネさんがそれぞれ二体ずつ相手し、一人をロゼが対峙していたようだ。そして離れた場所に三人。

 ロゼは、大柄な男と鍔迫り合いをしているところだった。

 じいちゃんは鋭い気合いの声を上げ、刀を抜き放った。

 「貴様ら!うら若きおなごに何をしておる恥を知れ!虹本紅之介、助太刀いたす!」

 常に手入れを欠かさなかった先祖伝来(とじいちゃんが言い張っている)の刀が、陽光を受けきらりと輝き、ロゼに集中していた男の腹を打った。

 勝負は一瞬だった。男の体がぐらりと傾き、鈍い音と共にゆっくりと倒れた。

 「峰打ちじゃ。死にはせん」

 渋く決めたじいちゃんの横で、ロゼが呆然とじいちゃんを見上げていた。さっきから気になっていたが、じいちゃんの口調がどこか時代劇っぽい。

 一方、父さんと母さんは、血だらけになりながらも、なおも剣を握って戦うマロネさんの援護に入っていた。

 「お父さん!」

 母さんは、いつの間に持ち出したのか、タールフの実を父さんに向かって投げた。

 「ショート!」

 カアン!

 いい音と共に、ボール……じゃなかった、タールフが、マロネさんに斬りかかっていた黒装束の男の胸に当たった。

 「次!セカンド!」

 ノックか。そういえば、父さんは今でも、後輩の選手たちに頼まれて、たまに地獄の千本ノック(本当に千本じゃないとは思うが)をしてやると聞いたことがある。

 引退したとはいえ、元強打者の評判の弾丸ライナーを、避けるのは難しいだろう。

 父さんの打球は実に正確で、的確に相手チーム……じゃなかった、敵に当てていった。被弾した男たちは、一人は息ができないのか、胸元を押さえてうずくまり、もう一人は気の毒に頭に当たったせいで、ふらふらと倒れこんだ。危険球だ。

 厄介な二人組を何とかしようと、男が一人襲い掛かってきたが、それを横から飛びかかり、当て身を食らわせたのはセピアだった。

 「蒼太!ボールもっと持ってきて!」

 母さんの呼び声に、俺は慌てて荷物袋から残ったタールフを持ってきた。断じてボールではない。

 グレイさんは、さすが小隊長なだけあって、善戦していたようだ。目立った傷はない。だが、二対一だったのが、後から一人加わって、三対一になっている。さすがにそれではきつい。

 そんなグレイさんに襲い掛かる男の足に、クロが素早く食いついた。

 「ぐわ!」

 ほとばしるような悲鳴を上げながら、男がのけぞった。クロは素早く男から離れ、今度は体勢を崩した男に、得意の体当たりを仕掛ける。

 警察学校では、基本的に相手を殺すような戦い方は教えないため、このような戦法なのだ。クロが本気で噛んだら、男の足は喰いちぎられるかもしれない。

 その間に、体勢を整えたグレイさんは、残った二人と切り結んだ。

 その時、離れた場所から、黒ずくめの男がこちらに向かってボウガンを構えているのが見えた。しまった、まだ一人いた。

 「はっ!」

 姉ちゃんが鋭く気合の入った声と共に、構えていた弓を引いた。放った矢は綺麗に直進し、ボウガンを構える男の腕に突き刺さった。

 もともとクラブで使うような矢だから殺傷力はないにしても、それでもかなりの痛みを与える程度の威力はある。弓道の矢が、刺さって大怪我をしたという事件はたまに聞いたことがある。矢が当たった男は、腕を押さえながら走り去った。

その頃には、父さんと母さんの地獄の千本ノックを食らった男たちや、グレイさんと対峙していた男たち、クロにいいようにあしらわれていた男が、すたこら逃げ出し始めていた。

 俺たちの元には、馬車の中で縛り上げられた男と、じいちゃんの峰打ちで気絶した男がいる。

 つまり、気が付いたら、俺たちは(俺は何もしていないけれど)九人もいた武装集団を、やっつけてしまっていたのだ。

 勝った。

 俺たちは安堵の笑みを浮かべた。

 「大丈夫かの、嬢ちゃん」

 じいちゃんが、未だ放心状態のロゼに手を貸してやった。その途端、ロゼの大きな瞳にみるみる涙がたまり、とうとう彼女はじいちゃんに抱き付いてわんわん泣いてしまったのだ。

 若い娘に抱き付かれて、じいちゃんは困惑しているようだった。俺たちも、ちょっと驚いた。さっきまで、ロゼは圧倒的に数で勝る男たちに、一歩も引くことなく戦っていたのだから。

 人気のない街道に、ロゼの嗚咽が長いこと響き渡った。

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