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虹本家の家族旅行  作者: うばたま
第一章 虹本家の朝
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 次の日、グレイさんは俺たちの部屋に顔を出しに来た。といっても、彼は彼でいろいろ忙しいらしく、一言二言話すだけで終わったが。

 手土産の焼き菓子がよほど気に入ったようで、姉ちゃんは上機嫌だ。姉ちゃんは、甘いものに目がないのだ。

 セピアも交えてお茶を飲んでいると、かなり和やかだ。誘った時、最初は彼女も遠慮していたが、甘いお菓子の誘惑は相当なものだったらしく、気づけば一緒に寛ぎつつお菓子を摘まんでいる。

 甘いものが好きな者同士だからか、同年代の同性同士だからか、姉ちゃんとセピアは、言葉も通じない割には結構仲良くなっている。学校でも友達多いもんな、姉ちゃん。……俺と違って。

 俺たちがお茶を飲んでいるところへ、ロゼが来た。さすがに王女様の前でこんなに寛いでいるところを見せられないのか、セピアは慌てて立ち上がった。

 そんな彼女に目もくれず、ロゼは俺に「オルゴの情報が入りました」と告げた。

 「正確には、バルゼレッタを襲っているオルゴの情報ですが」

 家族は、彼女の言っていることは理解できないようだったが、それでも、いつもと違う緊張感を感じていたようだ。

 考えたら、俺はこのオルゴという生き物の情報や、ここに至るまでの経緯というのを、まだろくに知らないのだ。

 「オルゴは国の南端、小さな村にいる可能性があります」

 ロゼの話をまとめると、一つの小さな村で、ある騒ぎがあったのが発端だった。

 村人の数人が原因不明の高熱に倒れ、そして死に至ったのだ。当初はオルゴの呪いとは誰も思わなかった。なぜなら、それらが数日の間に起きたものだったからだ。オルゴの呪いだったならこうはならない。もっと長い月日をかけて苦しむはずだ。だから、当初は流行病の類と思われた。

 しかしその直後に、王室に向けて手紙が届けられた。

 『あの村の死者はオルゴの呪いによるものだ。これは始まりだ。オルゴの呪いで、次々に人は死ぬ。この国は滅びる』

 なんか怪文書みたいだ。しかも、あまり出来のよくない。

 とはいえ、確かに人が死んだ。原因不明の高熱で、徐々に体力は削られ、やがて力尽きる。治す手立ては見つからなかった。まるでオルゴの呪いのように。オルゴの呪いは強力で、誰にもどうしようもない。

 この辺りで、勇者招聘の話があがったわけだ。そこで出てくるのが、この国の巫女でもあるロゼ。彼女の力で、俺たちが呼ばれたというわけだ。

 この国には、オルゴと呼ばれる生き物は数十体ほどいるようだが、基本彼らは人間に関わろうとしない。関わらないから、どこにいるかもわからない。積極的に攻撃しない代わりに、協力もしない。オルゴ同士でも、ほとんど交流を持たないそうだ。だから、同族が人間に迷惑をかけたところで、俺たちは関係がありません、知りませんってスタンスなのだそうだ。

 つまり、この国にいるオルゴのうち、どいつがこんな呪いをかけたかわからないままだから事態は難航している。

 そして今日、またもや怪文書が届いたのだ。

 『オルゴの呪いはまたもや降りかかる。再びオルゴの呪いで人が死ぬ。巫女の力が未熟なばかりに、オルゴは多くの国民を殺す』

 未熟というのは、本来一人の勇者を呼び出すはずが、一家丸ごと、しかも誰が勇者かわからない、なんてことになっているからか?そもそも、どうしてこれを送った奴は、「巫女の力が未熟」なんて書いたんだ?儀式がいつもと違う結果になったことを知らなければ、こんな事書けないはずじゃないか?

 巫女というのはかなり特殊で、当たり前だけど、誰もがなれるわけじゃないし、その能力は遺伝するわけでもない。

 条件として大前提なのは、王族の血を引いている女性であるということ。なぜかはわからないが、例の儀式を行えるのは、王族の血を引く者しか成功できないらしい。

 巫女になれるかどうかは、大抵子供の頃にわかる。つまり、一種の才能みたいなものだな。それと、並大抵じゃない努力も必要なのだそうだ。才能ありと認められたら、巫女の修業が始まる。

 過去の巫女たちの知識を学び、精神力を鍛えられるのだ。俺たちの世界の言語と思われていた英語も必須となる。また、肉体の鍛錬も。何でも、招聘の儀(サルタティオ)は、そうとうの体力が必要になるからとのことだ。

 そんな大変な巫女だが、この国には今現在巫女は一人しかいない。候補は何人かいるようだけど、正式に認められているのは一人だ。それくらい珍しい存在なのだそうだ。過去に、巫女が不在のままだった年もあるくらいだから相当だろう。

 そういう貴重な存在の割には、どうもロゼの立場はそれほどよくないように見える。この前の第一王女にも嫌味言われていたみたいだし。最初に来た時のあの広間でもそうだ。王様はやたら怒っていたし、ロゼは恐縮していたように見えた。

 話を戻すとして、昨日、南にある小さな村で、再び原因不明の死者が出た。それは予告されたオルゴの新たな攻撃かもしれない。そしてその村の近くには、古くからオルゴが棲みついていると言われる洞窟がある。奴はそこにいるのではないか。

 何というか、情報のほとんどが伝聞と憶測ばっかりで、正直これで動こうとはあまり思えない。これが刑事ドラマだったら、逮捕状発行はおろか、任意同行ですら無理だ。

 けれどここでああだこうだ言っていてもどうしようもない。既にグレイさんは旅の支度を整えているらしい。俺たちには馬車が用意され、世話係としてセピアも同行するとのことだ。当然ロゼも来る。

 旅の支度と言っても、何も持ってきていない俺たちはあまりすることがない。明日まですることはないのかと思っていたが、ロゼに言われて、王様にお会いしなくてはいけなくなった。しかも、代表として俺だけ。言葉が通じるのが俺だけという理由なのだが。

 あの人苦手なんだけどなあ。

 不満そうなのが顔に出ていたのか、ロゼが苦笑した。

 「父は、本当はもっと皆さんとお話ししたかったのです。ですが、あの場ではああするより他なかったのです」

 ちょっと意外だったが、実際に小さめのサロンに呼ばれた時、王様の顔は、以前とは比べ物にならないほど穏やかだった。

 サロンは王様の私室というわけではないらしいが、数人で談笑するにはなかなかいい場所だった。さりげなく置かれた調度品は、最初にいた広間のものとは違いかなり素朴な造りだ。生けられている花も控えめで落ち着いた雰囲気を与える。

 地味な色のソファ(でもふっかふか)に座った王様が、ぽつりぽつりと言った。

 「あの時は失礼な態度を取って悪かった、と言っています」

 王様の横でロゼが笑った。どうやら通訳を務めてくれるつもりのようだ。

 こうやってみたら、王様は割ときさくなおっさんだった。この前の広間でのあの傲慢不遜な態度は、本当に立場上仕方がなかったのだろう。

 それにしても、国の一大事に勇者を呼ぶってのは、まあわかる。でも、その勇者に対してあまり友好的な態度を取れないというのは、ちょっとわからない。そりゃ一国の王が、あんまり低姿勢になるのもどうかとは思うが、もうちょっと、ゲームによくあるように「よくぞきた!さあ、この宝箱を開けるがいい!」くらいのフレンドリーさはあってもいいと思うのだ。

 俺がふと思った疑問を述べると、ロゼは少し困った顔をした。

 「実は、王妃様が、招聘の儀(サルタティオ)に対して懐疑的でいらっしゃって……」

 話を聞くと、この国の王妃はある大国の王女だったらしい。このバルゼレッタは、大陸の中の一国に過ぎず、しかも割と小国なのだ。小国だけれど、昔からバルゼレッタには多くの巫女が生まれ、困難を乗り越えてきた(乗り越えたのは、俺たちの世界の誰かのおかげなんだけど)。だからこそ、侵略されることもなくいられた。オルゴは世界のあちこちにいる。もし彼らが牙を剥いた時、助けになるのは、巫女が呼んだ勇者しかいないわけだから。

 王妃様はバルゼレッタよりも遥かに大きい国の王女様だった。その国に比べたら、バルゼレッタはちっぽけな田舎の、野暮でつまらない国だとか。このサロンを見たら何となくわかる。素朴で俺は好きだが、悪く言ったら田舎っぽい。豪華さや威厳のようなものは感じられない。

 「この国の城とか、すごく優雅な造りなのは、もしかして」

 「王妃様が来られてからだいぶ改築したのです。それまでは、調度品を飾ることもあまりなかったとか」

 やっぱり。中世のフランスでもそういった話を聞いたことがある。

 一五三三年、イタリアのカトリーヌ・ド・メディシスがフランスに嫁いでくるまで、宮廷では手づかみで食事するなど、マナーがなっていなかった。それを改善させたり、故郷から持ち込んだ料理で、メニューの幅を広げたりして、フランス宮廷料理を洗練したものに変えたとか。

 ここの国の王妃様も、そういったこの国の貢献者だったのだ。ひょっとすると、城内のあのキンキラな調度品は王妃様が持ってきたものか。大国のお姫様、しかもバルゼレッタに洗練した文化を持ち込んだ功労者とあっては、無碍にはできまい。

 なんで王妃様が異世界人を嫌うのかはわからないが。


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