包摂
「おじさん、だれ?」
久々に遊びに来た秘密基地には、見知らぬ男がくつろいでいた。
「もしかして、コウジくんか?」
いや、なんで知ってるの?
俺はなんだか怖くなってその場から走って逃げ出した。
「ちょま、ちょま、ね」
半分キムタクみたいな喋り方しやがって。何だっていうのか。
「コウジくん? でしょ?」
「そうですけど」
怖い。なんで知ってるの。ていうかそのエロ本俺のだし。まぁ捨てたやつだけど。
「この秘密基地、借りてるんだ。あの……誰だっけ、あの、コウジくんの友達だよ、あの」
ああ、アイツか。お人好しなんだから本当に。
「とりあえずこれでお風呂入ってきなよ」
そう言って500円玉をおじさんに渡すと、おじさんはそれを持って走り去っていった。
しばらく待っていたけど、なかなか帰ってこなかった。待っても待っても帰ってこない。
もう帰ってこないのかと思っていた時、おじさんが帰ってきた。せっかく体はキレイになったのに、服はそのままだから臭いもそのまま。
「コウジくん、ありがとう。久しぶりに気持ちが良いよ」
「そりゃ良かったです」
その臭いは流石に俺にとっては気持ちが良いとは言えないけど。
「コウジくんは何? 帰省してきたの?」
「まぁ、そうですけど」
なんで分かるんだよ。まぁ今の季節みんなそうか。
「良いよね。帰る家があるって。おじさん無いもんね。そういうの」
え、何?
俺の家に潜り込もうとしてる?
流石にそれは無理だよ?
だから。
「じゃあ、この秘密基地、おじさんの実家にすればいいよ」
「え、いいの?」
良いというより、もう、そうしてほしい。おじさんの臭いが草木の生臭さと混ざって張り付いてしまっているから。
「別に」
俺ももしかしたら、アイツに似てお人好しなのかもしれない。
「ありがとう」
ヒゲもきれいに剃ってさっぱりしているおじさんの笑顔はキラキラしていた。
なのに、そのキラキラした笑顔が、今度はどんどん赤くなって、涙で濡れた。
「やっぱり土手だもんな。花粉症がきついわな」
変な言い訳しやがって。きっと不器用なんだな、この人。
そんな不器用なおじさんに、なぜかあの頃のアイツの影が重なった。
アイツのいない秘密基地は、もうあの頃の秘密基地ではない。
錆びた自転車に錆びた雑草が覆い茂って、萎れた花の上に新たな緑々しい名もない草花がこれでもか、とのしかかっている。それはどこか、あの頃の俺やアイツをそっと隠してくれる優しさのようなもので、脆いかさぶたのようでもある。
秘密基地は、秘密のままで。
土手はまた、あの日の俺やアイツのような存在を包摂してくれる存在で。
黄土色になって干からびた秘密基地と、くつろぐおじさんに、あえて無言でサヨナラをした。
今度は俺が、誰かにとっての土手になれるように。




