今日のわんころ
鎖を解いて散歩紐につなぎ直し、嬉しくなって暴れまわるわんころに引こずられるように歩く息子はちょっぴり寂しげな表情をしている。明日帰省しなければならないことをこの子は知っている。だから、今年のわんころの散歩は今日で最後なのだと自覚しているのだ。
毎年夏休みはおじいちゃんの家に必ず行って、数日間泊まることになっている。息子の楽しみはもちろんわんころと一緒に遊ぶことで、わんころと遊べるようになってからは、うちの両親は相手してくれないとちょっとしょんぼりしている。
息子はいわばわんころと一緒に成長してきた。一緒に遊び一緒に寝て一緒に散歩して、時には一緒に食べたりもした。今では息子のほうが大きくなってしまったが、ほんの数年前までは息子がわんころに埋まっていたような気さえする。
そんなわんころと一緒に散歩し始めた息子を後ろからそっとついていく。わんころはいつもの散歩コースから全く外れることなく、まるで毎日のルーティーンだというように息子を引っ張って回る。頼もしい限りである。トボトボと歩いていく息子は可愛らしいがどこか哀愁が漂っている。
休憩にしようか、と板チョコの切れ端を差し出すと息子は顎を上げて素直にあーんとしてきた。わんころはいつもの場所でいつもどおりにマーキング。ストイックささえ感じられる。
近くの土手まで差し掛かると、広々とした川辺の景色に吸い込まれそうになる。昼下がりの土手道を三人でゆっくり歩いていく。ここを縹川沿いにぐるっと回ればお散歩は終わる。つまり、土手道についたということは半分過ぎてしまったということである。それをわかっている息子の表情は徐々に暗くなっていく。
瞬きもせずせっせとこなしていくわんころの引っ張る力が弱まってきた。息子の足が止まったのだ。
「かあちゃん」
「ん? つかれた?」
「かえりたくなぁぁ」
とうとう道端で泣き出してしまった。
どんどん湧き出てくる涙がふんわりと出っ張っている息子の頬を伝っていく。慌ててハンカチを取り出そうとしたが、私より先にわんころが動いた。わんころは息子の頬を優しくなめてあげている。塩味のわからないわんころにとっては湧き水だと思っているのだろうか、それとも息子の感情を察して慰めているのだろうか。どちらにしても微笑ましい光景で、私は思わずスマホを取り出して写真を撮った。
泣き終わった息子に向かって、わんころはへっへっへと見つめている。
「ほら、また会えるから大丈夫だよって言ってくれてるよ。また会おうねって」
「うう、またいっしょに、さんぽしようね」
「うん、えらいえらい」
帰ろっか、と言ったのは私ではなくわんころの方だったかもしれない。私が息子の頭をなでてやっている最中に、わんころはもう歩きだしていた。ルーティーンの邪魔してごめんね。
緑々と生い茂っていた土手沿いの草は、いつの間にかところどころクリーム色になっていた。




