球拾い
縹川高校のグラウンドは狭く、放課後は複数の部活動が奪い合うように使うので、練習場所の確保は大変である。そこで我が縹川高校硬式野球部は、今年度から河川敷グラウンドの一部を正式に使用することになった。もちろんフェンスは本塁側にしかないので、ボールが川に落ちる可能性もあるし、グラウンド脇の深い草むらの中に入れば見つけることは至難の業である。
そしてその草むらにボールが入ってしまった。1年生が球拾い担当なので、数人のもやしみたいな新入生がそこに潜り込んでいった。
俺にも1年生の頃はもちろんあった。野球部員にとっては通過儀礼のようなものである。あの頃は毎日が必死で、どんな事をしていたのかほとんど思い出せない。少ない記憶の中でも残っているものといえば、やはり球拾いの時に草むらに潜り込んでいったことだった。
チクチクするし、中は蒸し暑いしで最悪の気分。しかも見つかるまで帰って来られない地獄。しかしそれは練習をサボるための良い機会でもあった。
ある暑い日、確か夏休みで合宿をしていた時、先輩が打った特大のホームランが草むらの中に入っていって、それを拾いに行くハメになった。とにかく遠くまで飛んだ事しか分からないので奥へ奥へと進んでいくと、その先から別の足音が聞こえてきた。汚い格好のおじさんだった。
おじさんはびっくりすることもなく、無言でポケットからボールを取り出し、俺に差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
おじさんはそのまま何も言わずにまた草むらの中に消えていった。
さて困ったことにもうボールが見つかってしまった。せっかく今日はもう草むらの中で過ごそうかと画策していたのに、ありがた迷惑だと思った。だが同時にそれは無言のエールでもあると思った。汚い格好のおじさんが、早く練習に戻れと言っているような気がした。
思いのほか早くボールを持って帰ってきたからか、監督も先輩もやる気があるととても褒めて下さり、それから先輩達と一緒に練習に参加しても良いことになった。これが俺の高校野球生活を一気に変えたのだ。
同級生の中では1番早く背番号を頂き、試合にも1番多く出場させてもらえた。あの汚い格好のおじさんには頭が上がらない思いだ。いつか会えたら感謝したいと思っている。
今日もいつも通りにメニューをこなしていく。打撃練習の時には調子もよく、打球を飛ばせるだけ飛ばした。下級生には悪いが、まだまだ俺のポジションは譲れない。草むらの中に何人も送り込んでやった。
すると、すぐに1人の新入生が帰ってきた。きょとんとした顔で、ボールをカゴまで持って行っている。もしかして……。
俺は何も言わず、深々と草むらに礼をした。




