土筆
犬の糞が捨てられている場所の土筆は大きく育っているんだ。栄養があるからね。
母親からそう聞いて以来、土筆摘みに行く気にならなかったが、今は別。米を買ってしまって、もうおかずが買えないくらいだ。
久しぶりに土手まで来ると、授業中なのか近くの高校はとても静かで、時々吹く南風が草むらをサラサラと撫でている。
土筆は佃煮にすれば美味しいおかずになる。幼い頃に母とよく夕方に摘みに来て、その日の晩ごはんの足しにしていた。無料で手に入るおかずは当時お小遣いをもらい始めた僕にとっては夢の食材だった。
当時を思い出して土手を階段から下まで降りて、しゃがみ込む。小さいが意外とたくさんある。今日は久々にお腹いっぱいになれそうだ。溜め込んでおいたコンビニ袋はこういうときに役に立つ。土筆を袋いっぱいに詰め込んで、帰路につく。
土筆の佃煮。柔らかくなって、吸い込んだ醤油が墨汁みたいに含まれていて、そのまま白米の上に文字がかけそうなほど。もやしの炒め物のように多めに取ってそのまま口に運ぶ。味もいけるしお腹もいっぱいになる。土手にはまだまだ生えていたから、また明日も摘みに行こう。
ここで僕はふと気がついた。排泄物は養分として土筆に貢献し、それを食べている自分に貢献している。
自分も土筆のように、誰かにとって有意義な人間にならないといけない。仕事はしているけれどもこんな暮らしは日本経済にいい影響を与えていないし、自分がこの世の中でどれほど役になっているのかもわからない。この世界に存在していてもいい人間になりたい。ここから這い上がらないと、僕は一生このままいてもいなくても変わらない存在になってしまう。まさか土筆から何かを学ぶとは思わなかった。このどん底にいる僕を、土筆は救ってくれた。僕も土筆のようになりたい!
こうして僕はお腹がいっぱいになったおかげかすっかりポジティブになって、良い気分で仕事の残りを深夜まで続けた。
次の日、会社に希望退職募集の通知が来ていた。
そこには僕の名前が載っていた。
僕にとって会社に貢献するということは、土筆のように摘まれることだった。いや、土筆は僕に役に立った。でも僕は犬の糞と同じ、排泄物だった。
それからそんなに遠くない未来、僕は土筆と一緒に土手で生活し始めた。




