結婚報告
三月も半ばになって外の日差しは暖かく気持ちがいい。
つぼみをつけ始めた木々が生い茂る街道を二人の女性が歩いていた。
「ねえ、千秋は将来どうするの?」
「将来? どうしようかね」
そう言い終わると桐野千秋は手にしていたコーラを飲む。
「私は大学終わったらどんな仕事をしようか悩んでる」
大学3年生、就職活動が始まる。
「確かに悩むよね。でもさ人生なんてなるようになる。そんなに悲観することもないよ」
千秋の右手が由巳の左手をぎゅっと握った。
「千秋?」
急に手を握られ驚く。
「まあ、大学いってない私が言うのもあれだけど一年やってみて見つかったらそれはそれでいい。
無理だったらこのままずっとうちにいればいいよ」
その言葉を聞いて由巳は千秋のほうを見る。
「うちの親さ、いつも由巳ちゃん手伝ってくれて助かるって言ってるよ。
このままずっといればいいのにってさ。
まあ娘のあたしがあんまり仕事手伝ってないせいもあるけどそれはそれ。
もし挑戦してダメだったり、何も出なかったら最後の最後は是非桐野ベーカリーにどうぞ!」
「うん……そうだね」
千秋は握っていた右手を離した。
握られた手の感触がなくなった瞬間、ふとこの人はすごく遠くにいってしまうんじゃないかと感じ、思わず「千秋!!」と叫んだ。
千秋は先を歩いていた。自分との距離は3歩ほど。
そんな彼女が急にくるりと体を返し、大きく深呼吸をして話した。
「あのね、由巳に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「……何?」
姿勢を正した千秋は目をしっかりと見つめ話を続けた。
「私ね、結婚するんだ」
「けっこん……」
突然の告白に由巳の頭はついていけなかった。
千秋は続ける。
「ちょっと年上の料理をする人なんだけどね」
「そっか……」
まだまだ自分達には遠い話題だと思っていたことが現実となって現れた。
人のいない並木歩道で二人は向かい合って立っている。
静寂が包み込む。
目を閉じて由巳は深呼吸をした。
これって良い事なんだよね。何を自分悲観してるんだろう。
バカみたい大事な大事な友達のめでたいことじゃない。
心の中でひとしきりに叫んでから目を開け、千秋を見つめた。
そして精一杯の思いを込めて由巳は伝えた。
「ちあき、けっこんおめでとう!」
目からは涙がこぼれていた。
「おいおい泣くなって。おおげさな」
ジャケットのポケットの中からハンカチを取り出し彼女に差し出す
受け取った由巳はそのまま涙を拭う。
続けて千秋はスマホを取り出し、画面をなぞってから
「この人、大見睦さんっていうの。相手のうちも食べ物屋さんやっててさ。食堂なんだけど」
調理鍋を持ってキリっとしたポーズをとってる男性の写真。
「へえ」
涙はもう消え、由巳は借りたハンカチを返した。
「どう、落ち着いた?」
「うん、もう大丈夫。ごめんね、千秋」
「いいってば。急にこんな話をしたもの。私こそゴメン」
二人は顔を見合わせた。
互いの顔が何故かおかしく思えて一緒に笑った。