お手紙
鼻水が止まらないので初投稿です。
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小谷と佐々木が図書館に向かっている頃…。
亜細亜連邦の州都「中京(旧名:尾張)」の一角に佇んでいる大きな屋敷の二階にある書斎では様々な国家の情報が記された書類が幾つも並べられている。
『稚内における極東サディカリスト結社の名簿リスト』
『西欧教一派による南阪神デパート放火事件の首謀者一覧』
『釜山躍進社幹部による金塊強奪事件と関連施設の調査報告書』など…どれも亜細亜連邦の深部に関わるものばかりだ。
その書斎には高級なアンティーク家具がずらりと並んでおり、いくつもの重要書類と睨めっこをしながら冷めてしまった珈琲を飲んでいる男がいた。
座っている紳士の名に相応しい顔立ちをしている初老の男は、速達便で届いた手紙を見ている。
手紙を呼んでいると、思わず飲んでいた珈琲が気管に入って思いっきりむせてしまう。
その手紙の内容はかなり衝撃的であった。
【●防諜目的で作られた宿の二階に突然未来からきたと名乗る青年4名が部屋の一室ごと現れた】
【●青年たちは高度な電算機器を所持しており、様々な情報を大量に保存できるようだ】
【●電算機能だけではなく映像媒体を保存でき、保存するのにフィルムを使っていない】
【●彼らは獣人種や亜人種がいない別世界から来たと言っていたが、リーダー格の青年はゲルマン・コミューンについてある程度の情報を知っている様子であった。今後更なる調査を進める】
「…信じ難いが…エリスがそう言っておったのか…あの娘の報告じゃ、嘘ではないだろう…」
そう呟いた男は書斎を出ると、書斎のドアを開けて一階に降りる。
一階には男と同じぐらいに年を取った獣人種の老婦人がキッチンのテーブルの上を雑巾で拭いていた。
男に気が付くと笑顔で男に言う。
二人は夫婦であり、エリスの両親だ。
男はかつてプロセイン帝国で物好き男爵と呼ばれていた元貴族だ。
獣人種との結婚が種族階級の違いで出来なかった時代に、堂々と教会で獣人種の女性との結婚式を挙げた人でもある。本名はヘルマン・フォン・グリッツナー。
プロセイン帝国がゲルマン・コミューンによって倒された際に妻のエリカ、娘夫婦と共にプロセイン帝国を着の身着のままで脱出し亜細亜連邦に亡命した苦労人でもある。
そして現在は彼の優れた手腕によって亜細亜連邦政府内務省の『第八調査室』と呼ばれている部署の責任者だ。
第八調査室の仕事は主に国内の反体制派勢力や労働者組合等の共産・ファシスト系勢力への監視と防諜を扱っている。
「あら、貴方様…ちょうどお茶の時間になるのでお呼びしようとしておりましたのよ」
「ありがとうエリカ、今日のお茶は緑茶かね?」
「はい、静岡産の最上級茶葉を使っておりますわ。それとお菓子は南朴亭の金平糖です」
「おお、いいねぇ…あのサクサク感がたまらないんだ。ささっ、頂くとしよう」
エリカは金平糖の入った小皿と湯呑いっぱいに入っているお茶を男の前に差し出す。
ヘルマンは礼を言ってからゆっくりと金平糖から口の中に入れる。
ゆっくりとできるお茶の時間は二人とも有意義に使う。
お茶を堪能した後にヘルマンはエリスが送ってきた手紙をエリカに見せる。
「エリカ、これをみてどう思うかね?」
「そうですわね…エリスが言っていることが本当でしたら是非とも最優先に青年たちを保護するべきですわね、別世界という単語がかなり気がかりですが…あの宿に入ることが出来るのはごく一部の身元が限られた人でしか入れない筈ですわ、それを易々と入ってきたばかりでなく部屋ごと入れ替えるようにやって来るなんて常識の観点からしたら有り得ない話ですわ貴方様」
「だな、あの宿は普通の人間が入ってきたら『本日は予約が一杯で宿泊の受け付けはできません』と断るように指導されているんだ。エリスが勝手に青年たちを入れるなんてことはまずしないだろう。信じ難いが…エリスの言っていることは本当かもしれないぞ、一階や地下室ならまだしも二階に堂々と部屋ごと入れ替える…それもシェリーが掃除したばかりの部屋を5分足らずで内装ごと替えるなんてのは凄腕の諜報部でも無理だな…精々壁を砕くのが精一杯だ。」
「…では、この情報は上層部にお伝えしますか?」
「だな…突拍子もない話だから上層部も困惑するかもしれないが、報告を怠るわけにもいかないからな。先にこの手紙の内容を上に報告し終えたら、夜行列車で横浜に向かうとしよう。私が直にその青年たちを見てみたいからな…エリカ、私は上層部に報告書を書くからその間に夜行列車の切符を買ってきてくれないか?」
「わかりました、では情報部に連絡を入れた後にお支度を致しますわ」
小皿と湯呑を台所の流しで洗い終えたエリカは財布を持って切符を買いに家を出た。
ヘルマンも上層部に提出する書類に青年たちに関する報告書をタイプライターを使って一気に書きあげる、その報告書のタイトルは【龍風の宿に変異あり】
…その報告書は後に第一級機密情報として厳重な保護を受けることになるのは、まだ先の話である。